嫌悪、アルパ・マリの配信


『は~い! どうもこんアルパ~!! みんな大好きアルパ・マリちゃんだよ~っ!!』


 ハイテンションな挨拶と、ご機嫌なBGM。

 それにマッチした明るく可愛らしい壁紙を背景にリスナーたちへと挨拶する少女は、浮かべた笑顔を絶やさぬままオープニングトークを始める。


『まず最初にね~、昨日のことで嫌な思いをした人、ごめんなさい! ちょっと強引過ぎたかな~って、私も反省してます!』


【マリちゃんは悪くないよ。芽衣たそも驚いてただけだと思うし、また誘ってあげてね!】

【俺もマリちゃんと芽衣ちゃんのコラボ観たい! こっちからアクション起こせば、いつかはわかってくれるよ!】


『うん、そうだよね! 私も羊坂芽衣ちゃんと連絡取ってるから、牧草農家のみんなにいい報告出来るように頑張るね~!!』


 配信を観ているリスナーたちにそう言いつつ、更に明るい笑顔を見せる少女こと、アルパ・マリ。

 余談ではあるが、彼女は自分のファンたちを牧草農家と呼んでいるらしい。

 Vtuber界隈にとっては自分のファンに特有の名前を付けるというのはよくあることで、そのVtuberのファンの中には与えられた呼び名をSNSのアカウントなどで自称する者も多いのだが……まあ、この話はこの辺りで終わりにしておこう。


 本日の正午、自分が薫子たちと打ち合わせを行っている最中に放送されたアルパ・マリの配信アーカイブを観る零は、さらりと昨日の騒動についての謝罪と今後の展望を発表する彼女のやり口にある種の関心を抱いている真っ最中だった。


「ほへぇ~、こっちもこっちで雰囲気作りが上手いな~。明るいムードをこれでもかって具合に作り出してやがるよ」


 背景、BGM、語り口、そのどれもがマリの明るい声にマッチしており、相乗効果となって更に陽気な雰囲気を作り出すことに成功している。

 よくマーケティングし、他の配信を観て勉強して、こういった空気を作り出しているのだろうな……と、マリの配信の作り方に感心した零は、取れ高部分だけを視聴すべくシーケンスバーを操作し、コメント欄に表示されているオススメの部分を見るべく時間を移動させていった。


 生配信はその名の通りのライブ感があるが、後から配信を観る時には面白さが凝縮された部分を一目で観れるというのが助かるなと、忙しい社会人にとってはありがたい利点を思いながら操作を続ける零。

 ……まあ、自分は社会人といれるかどうか微妙なラインであり、時間にもたっぷりと余裕があるのだが……という悲しい考えを振り払った彼は、まずはコメント欄にあった【芽衣たその良さを語るマリちゃん】という表示に記された時間へと飛んだ。


『芽衣ちゃんの良いところ? そりゃあ全部でしょ!! あのおどおどした感じとか、一生懸命頑張って配信してるのが伝わってくる雰囲気とか、最高だよね!? あんな可愛い妹が欲しかったな~と、マリちゃんは芽衣ちゃんのデビュー時から思っちゃったりしちゃったりしてます、はい!!』


 表示されている時間にシーケンスバーを移動してみれば、大きな声で羊坂芽衣の魅力を語るマリの姿が映し出された。

 やはり彼女も他の羊坂リスナー同様、芽衣というか中の人である有栖の小動物感に保護欲をそそられたのだなと、性別問わずに人を魅了する有栖の可愛らしさに零もまた笑みを浮かべる。


 人が好きなものを語る姿というのは、実に良いものだ。

 別段、語られているものに興味がなくとも、話す人物の笑顔や弾む声に耳を傾ければこちらも楽しくなるし、新たな趣味と出会える可能性もある。


 それが明るい性格をしたマリの語りならば尚更の話で、零も暫くは芽衣の良さを語る彼女の話に耳を傾けていたのだが――


『……だからさ、蛇道枢だっけ? あの男性Vtuberと絡むって聞いた時、すっごい複雑な気分だったんだよね』


 ――急に、配信の……いや、アルパ・マリの雰囲気が変わり、これまでの明るい声色から吐き捨てるように言葉を発するようになったその温度差に、アーカイブを見ていた零が驚きに眉をひそめる。


 明らかに、その声色からは蛇道枢への嫌悪感が伝わってきていた。

 先の言葉の中で複雑な気分だと言葉を濁した部分も、普通に嫌な気分だったと聞こえてくるように思えるような語り口へと変化したマリは、同調するリスナーたちを相手に持論を展開し、蛇道枢へのアンチコメントを口にする。


『だってさ、考えてみてよ。あの人見知りしてる弱々しい感じの芽衣ちゃんがさ、いきなり異性と2人きりでコラボだなんておかしいじゃん。絶対に事務所か蛇道本人から圧力かかって、無理にコラボさせられそうになったんだよ!』


【俺もそう思う。芽衣ちゃんの性格考えると自発的にコラボしようとしたとは思えないよ】

【普通に裏で絡みがある2人だとは思えないしね】

【CRE8が蛇道枢の炎上を鎮火させるために芽衣ちゃんに尻拭いさせようとしたとしか考えられない】


『でしょ!? その後、流石にみんなの反応を見て事務所側がヤバいと思ったのか配信の中止が決定されたから良かったけどさ~! 下手したら、芽衣ちゃんの大事な大事な初コラボの相手があいつになってたってヤバくない!? ってか、事務所が発表したあの理由も絶対嘘だよ。普通に炎上が怖くてやめさせたんでしょ。勝手な理屈で芽衣ちゃん振り回しておいて、マジ最悪って感じだよね』


 段々と……嫌な雰囲気になってきた。

 マリ自身も、その話を聞き、彼女に同調する牧草農家たちも、蛇道枢へのヘイトが止まらなくなっている。


 配信中に寄せられていたコメントにも過激な内容が含まれるようになっており、既に終わった放送とはいえ、その攻撃性を向けられている張本人である零がひやひやとした気分でアーカイブを視聴していけば、マリの口から発せられる罵詈雑言が彼の心を抉ってきた。


『てかさ~、あいつなんでCRE8に所属してるわけ? 何かとんでもない特技があるわけじゃないし、めっちゃイケボってわけでもないじゃん。居ても居なくてもいいどころか、居て不安要素にしかならない男だよね?』


【マジ邪魔だよ。推しのVtuberがあいつに手出しされたりしたらって考えると、ぶち〇したくなる】 

【なんで男性Vをデビューさせたのか? CRE8の社長の考えがわからんわ】

【百合の間に挟まる奴は死刑! 太古からそう決まってんだよね!!】


『そうそう! 百合の間に挟まろうとする奴は死刑! 私と芽衣ちゃんの間に挟まる蛇道も、牧草農家のみんなに蹴られて死んじまえって感じだよね!』


 ……流石に、これは言い過ぎなのではないであろうか?

 言われている張本人である零もそうだが、この熱狂の渦に乗り切れないリスナーたちはこの配信を観てどう思うだろうということを、マリたちは考えないのだろうか?


 殺害予告や同業者の批判を平然と口に出来る配信主やそのファンに対する嫌悪感というものを感じる零は、先程とは逆の感情を胸に抱いている。


 人が、自分の嫌いなものを語る時というのはとても嫌な気持ちになるものだ。

 聞いてる本人はただただ気分が悪くなるだけだし、万が一にも批判されているものがその人物にとって好きなものであった場合、悲しく辛い思いをしなければならなくなってしまう。


 だからこそ、人はそういった話を出来るだけ話さないようにするものなのだが……一部だけ、例外が適用される場面も存在している。

 その物を、人間を、嫌う人々が集まった時。つまりは、アンチのみが集結した場面。

 そこでなら好きに自分の嫌いなものを侮辱してもいい、幾らでも毒を吐いて構わない。


 この状況から察するに、アルパ・マリと牧草農家の総意としては、『蛇道枢は悪である』という考えで一致しているのだろう。

 アンチ同士が集まって嫌いな相手を貶すだけならば、好きにどうぞといった感じではあるが……こういった動画サイトを用いた配信の中で堂々とそれを行ってしまうことに対しては不快感を禁じ得ない。


 仮に、この配信を何も知らない人間が観たのならどう思うのだろうか? ということを想像していないマリたちの言動には、流石に零も難色を示していた。


「……まあ、個人勢だしな。このくらい過激なことを言っても大丈夫っちゃ大丈夫なのか」


 零たちのような事務所に所属している企業勢Vtuberと違って、個人で活動しているマリのようなタレントは、比較的過激なことをしやすい。

 企業の中で明確に定められているコンプライアンスを守らなければならない企業勢Vと違って、個人勢は各自の判断でそのライン引きをすることが出来るからだ。


 無論、その言動によって炎上する場合もあるし、配信サイト側からBANされる可能性だって十分にあり得るため、何をしてもいいというわけではないが、この程度のアンチ発言ならば問題ないといえば問題ないのかもしれない。


 さりとて、この発言が後々に何らかの拍子に発掘され、大きな活動を行おうとしているマリの足を引っ張ることになるかもしれないが……それも自己責任という奴だ。


 少なくとも、こんな罵詈雑言を浴びせられている零が、彼女に忠告する義理はない。

 これ以上アーカイブを視聴しても嫌な気分になるだけであろうし、もう十分にアルパ・マリというVtuberの特色は掴めた。

 今後、関わりが生み出されるとも思えない相手の情報を得るために、無理をする必要もないだろう。


『あ~、でも惜しかったな~! 上手くいけば、芽衣ちゃんのコラボ処女も奪えたかもしれないのに~! ……あ、今のなし! ここだけの話にしておいてね!! 頼むよ!? 牧草農家っ!!』


 マリが同性ならではの下ネタを披露すれば、リスナーこと牧草農家からはネットスラングで笑い声を意味する【www】の文字や【はい、炎上】といった軽いコメントが返ってきた。

 無論、そういう雰囲気の集団なのだから問題はないといえばないのだが……この発言が許されて、自分が燃やされるというのも変な話だと、笑う気力もなくした零がマリの配信アーカイブを閉じる。


 有栖がこの配信を観たら、もっとコラボする気がなくなるんだろうな~、などと思いつつ、罵詈雑言を浴びせられたことで暗くなった気分を晴らすために、零は軽く午後の散歩に出かけるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る