相談、アルパ・マリについて
「阿久津さん! 昨日はすいませんでした! それで、その、大丈夫でしたか……?」
「ん、ああ、入江さん。気にしないで大丈夫っすよ。なんかいい感じに物事が転がってるんで」
事務所でスタッフとの打ち合わせを終え、談話室で休憩を取っていた零は、ばったりと出くわした有栖の心配を笑い飛ばすと、その証拠として自分のチャンネルを表示したスマートフォンを彼女へと見せつけ、言う。
「ほら、見てくださいよ。チャンネル登録者数4000名、昨日と比べて1000人も増えてるんすよ? Twitterでも俺を擁護してくれる人が多いし、何か今までで一番優遇されてる時期かもしんないっすね!!」
朗らかに笑い、昨晩の一件をまるで気にしていないということを行動で証明してみせる零。
その様子を見て安堵した有栖は、ようやく緊張が解けたといった具合の笑みを浮かべると、それでも申し訳なさそうに零へと謝罪の言葉を述べた。
「ごめんなさい。私がきちんと対応出来なかったせいで、配信を楽しんでいた阿久津さんに尻拭いさせることになってしまって……きっぱりコラボを断って、リスナーの皆さんにも注意出来ていれば、わざわざ阿久津さんが出てくる必要もなかったのに……」
「いやぁ、そもそもあれ俺の不注意から出た誤爆コメントですし、そんな気にすることないっすよ。誰かが言ってましたけど、炎上してる俺だから上手く丸め込めたって意見もありましたしね」
「それでも……やっぱり、申し訳ないです。配信主は私なんだから、そういった部分はきちんとしないと……!!」
自分自身の不甲斐なさに拳を震わせ、自らを叱責するように言葉を言い聞かせる有栖。
自分を追い詰めるような彼女の様子に危機感を覚えた零は、強引に話題を切り替え、有栖の意識を逸らすことを試みた。
「あ~……そういえば、昨日の配信で同業者さん来てましたよね? ほら、あのアルパカとかなんとかっていう――」
個人勢Vtuber、アルパ・マリ。
アルパカとラマを彷彿とさせる白い体毛と薄ピンク色のロングヘアーが特徴の彼女は、ふわっとした雰囲気の羊坂芽衣とは違ってやや活動的な印象を覚える見た目をしている。
その積極性やVtuber活動に対するアグレッシブさが短期間で5桁を超えるチャンネル登録者を得た秘訣なのだろうと思いつつ、コラボの誘いを行ったその人物への話題を振ってみれば、誘われている側の人間である有栖は困ったような表情を浮かべて、こう答えた。
「アルパ・マリさん、ですね。実は、配信前からもコラボのお誘いがあったんです。その時は返答に悩んで放置しちゃったんですけど、そのせいで配信でアピールしに来たんでしょうか……?」
「かもしれないですね……ちなみに、今は何か連絡とか来てるんですか?」
「はい。あの配信後に改めてコラボのお誘いがありました。それについては、2期生コラボの前に他のVtuberさんとコラボするのは避けたい、って意思表示をしたんですけど……」
「けど? どうしたんです?」
「……2期生コラボが終わった後ならいいのかって、食い下がられちゃって。正直、どう返事をしたらいいのかわからなくて……」
怯えのような感情を滲ませた有栖が、か細い声で零へと語る。
その表情が、声が、言葉にはしていないものの有栖自身のアルパ・マリとのコラボを避けたいという意思を物語っていた。
「嫌なんですか? その、アルパってVtuberとコラボするの? 俺の時みたいに炎上する危険はないですし、リスナーたちもコラボを望んでたみたいですけど……」
「……すいません。あんまり乗り気じゃないです」
「それってもしかして俺のせいですか? 間接的に炎上に巻き込んじゃいましたし、そのせいで気まずさとか拒否感がある、とか……?」
「いえ、いいえ! 阿久津さんは関係ないです! ただ、その……あんな風にぐいぐい来る人って、どうにも苦手で……」
昨日の配信中、自分が蛇道枢として羊坂芽衣とアルパ・マリの間に介入したせいで、彼女とコラボすることに何らかの悪影響を及ぼしてしまったのか? という零の質問に対して、有栖は慌てたように大きく首を振ると自分の正直な想いを伝える。
その答えと、嘘を言ってはいなさそうな雰囲気に安堵しつつ、零は新たな質問を彼女へと投げかけた。
「でも、入江さんは俺の時は結構コラボに前向きでしたよね? 異性より同性の方が接しやすいと思うんですけど、どうしてアルパ・マリと2人でコラボすることを避けるんですか?」
「それは、その……」
びくりと、有栖が小さい体を震わせて、零の言葉に反応を見せる。
その瞬間、零は彼女が自分には言えない事情を抱えていることを察した。
詳しい事情はわからないし、詮索するつもりもない。だが、有栖が抱えているその何かが、彼女にアルパ・マリとのコラボを避けさせているのだろう。
自分とマリとでは違う部分が多過ぎる。
現実で顔見知りかどうか、同じVtuber事務所に所属しているか個人勢か、根幹的な部分でいえば、男性と女性という性別の差すらも存在しているのだ。
その中の何かが、有栖にマリと関わることを拒否させている。
彼女の言う通り、向こうが積極的な性格をしていることも怯えを感じさせる要因なのだろうが、最も大きな問題点はそこではないのだろうと、零は思った。
「言えないなら、無理に言う必要ないですよ。ただやっぱ、やりたくないことをやるのは止めておいた方がいいと俺は思いますね」
「そう……ですね。こんな気持ちのままコラボしてもお相手にご迷惑でしょうし、はっきりと断る意思を表示しなきゃ駄目ですよね……」
「真っ直ぐに断るのが難しいなら、俺をダシにしてもいいですよ。昨日の事件のこともあるし、今はあなたと関わることは避けたい……っていえば、向こうも納得するんじゃないですかね?」
「でも、それでアルパさんのファンや彼女自身に阿久津さんが目の敵にされたら――」
「ああ、別にいいですよ。今更敵が10000人くらい増えたところで大した差はないですし……常に燃え盛ってる俺にとって中傷コメントなんて、毎朝届けられる新聞みたいなものですからね」
あっさりと自分に敵意が向けられるような行動を容認し、再び自分を犠牲にするような行動を取る零。
彼の対応に少し申し訳なさそうな顔をした後……有栖は、きっぱりとその申し出を断った。
「……やっぱり駄目です。これ以上、阿久津さんにご迷惑をおかけしたくないですから……取り合えず、今は2期生コラボに集中したいから他の方とのコラボ企画を進めることは出来ない、って言ってみます。それで考えるための時間を稼いで、2期生コラボが終わるまでの間にどうするかを改めて決めるつもりです」
「そうですか……入江さんがそう決めたなら、それが一番ですよ。でも、困ったことがあったらすぐに薫子さんに相談してくださいね? 俺にも出来ることがあったら、何でも言ってください。何が出来るかはわからないですけど」
「ふふふ……! ありがとうございます。阿久津さんと話せたお陰で元気出ました。お互い、頑張りましょうね」
ぐっ、と上げた両腕を曲げてマッスルポーズを取った有栖が、優しい笑みを浮かべながら言う。
嘘が吐けない性格をしている彼女がそう言うのならば、本当に元気が出たのだろうと……自分の言葉で彼女を勇気付けられたことを喜ばしく思いながら、零もまた頷くと話を切り上げた。
「それじゃあ、俺はこれで。今夜も配信ですよね? 時間が空いたら観に行くんで、頑張ってください!」
「はい! ……今度は頑張ってみるんで、コメントも遠慮せずにしてくださいね」
「ははは、考えておきます」
飲み終えたお茶のペットボトルをゴミ箱に捨てつつ、曖昧な返事を返す零。
有栖の言葉は嬉しいが、余計な騒動を招かないようにするためにもコメントは止めておいた方がいいだろう。
そう、結論付けた彼は、最後に有栖に手を振ると談話室を後にした。
今晩、羊坂芽衣の配信を観る時にはコメントの誤爆に気を付けないとな……などと考えながら歩く彼の背を見送った有栖は、少し穏やかになった心のままに小さな笑みを浮かべていたのだが――
「っ……!?」
ぶるりと、上着のポケットの中で仕事用のスマートフォンが振動する感覚に気が付いた彼女の顔からその笑みが消える。
恐る恐るスマートフォンを取り出し、画面を点灯させた彼女は、そこに映る文字を目にしてみるみるうちに険しい表情を浮かべていった。
【アルパ・マリ(個人勢Vtuber!! チャンネル登録ヨロ!!)さんからメッセージが届いています】
またか、と思いつつも向こうは純粋な好意を向けているだけだと自分に言い聞かせ、そのメッセージを開く有栖。
予想通り、コラボ配信の誘いを粘り強く……ここまでくるとしつこいと言った方が正しいかもしれない……行うマリからの連絡に小さく溜息を吐いた有栖は、先程零に告げた通りの文面で、その誘いに対する断りの返事を彼女へと送り返すのであった。
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