予想外、炎上せず


「あはははは……ものの見事に炎上してやがるよな、やっぱり……」


 翌早朝、早寝早起きを体現した零が恐る恐るTwitterを開いてみれば、昨晩の謝罪ツイートに対して予想通りの中傷リプライが寄せられていた。

 とっとと引退しろだの、コラボ打ち切りになったからって芽衣をストーキングするなだの、お前のせいで配信が台無しになっただの、好き勝手に言われているアカウントを見て、うんざりとした溜息を吐く零。


 羊坂芽衣こと有栖からの気にしていないからまた遊びに来てほしいというフォローも虚しく感じられる中、アンチからのコメントを見ていても気が滅入るだけだと判断した彼は、何か楽しい話題を見つけようとTwitterのトレンド欄へと移動したのだが――


「げっ、こっちにも俺の名前がある……」


 ――残念ながら、蛇道枢の名前がそこにも載っていることに気が付き、再び溜息を吐く羽目になってしまった。


 配信の主であった羊坂芽衣よりも高い位置にある自分の名前にうんざりとしつつも、やはり気になってしまうのかその欄をタップしてしまう零。

 どうせまた罵詈雑言を浴びせられてるんだろうな……と考えながらスマートフォンの画面を見つめていた彼であったが、短い読み込みの後に表示されたツイートを見て、目を丸くした。


【昨日の羊坂芽衣の配信観てたけど、あそこのリスナーマジでキモイな。何も悪いことしてない相手をただ嫌いだからって理由であそこまで叩けるの、普通に引くわ】


 そんな、どちらかといえば蛇道枢の側に立っている発言に対して、数千を超えるいいねとリツイートが寄せられている。

 驚き、そのツイートのリプライを確認してみれば、どちらかといえばこれまた賛否両論のコメントの内、ツイート主に同調するリプライに多くのいいねが寄せられている様が目に映った。


【芽衣ちゃんに悪いところはないけど、リスナーが酷くて配信観る気なくす。強いて上げるなら、そういうリスナーの暴走を止められない部分は嫌いっていうか嫌なところかも】

【蛇道枢のせいで配信が滅茶苦茶になったって言ってる奴いるけど、アルパ・マリが来た時点で芽衣ちゃんの配信特有のゆったりとした雰囲気は壊れてたでしょ。私はあの時点で観るの止めたし、何だったら低評価も押した】

【事務所が2期生コラボのためにそれ以前のコラボを禁止をしたって明言してるのにも関わらずそれを無視したアルパ・マリ→賞賛と共に迎え入れられる。

事務所の発言の弊害を受けて企画が倒れた被害者の1人であり、ただ配信を観に来てただけの蛇道枢→メチャクチャに叩かれてファンたちから悪者扱い。

 やっぱVtuber好きな奴って頭おかしいわ】


 ぱっと見でも目に入るそういった意見に多くの肯定が寄せられていることに驚いた零が他のツイートも確認してみれば、今回の騒動について語る人々の中で、蛇道枢を擁護する意見が多く見受けられた。

 勿論、批判の意見も多く噴出してはいるが、中にはこんな意見を述べる者もいるくらいだ。


【っていうか蛇道枢、あのコメントわざとやったんじゃねえの? 明らかに羊坂芽衣はアルパに対してどう返事していいかわかんなくて困ってたし、自分が登場することでその空気をぶっ壊そうとしたとしか思えないんだよなぁ】

【それ俺も思った。誤爆で注目を集めて、リスナーたちの注目を集めて、しっかり謝罪しつつさっと退く。あんまり長居せず、最適な行動だけで芽衣ちゃんに配信を終わらせる機会を作ったようにしか思えない】

【アルパ・マリとのコラボが邪魔されたって蛇道枢を叩く奴いるけどさ、普通に考えて、羊坂芽衣がコラボを承諾したら、他の2期生やそのファンだっていい思いしないし、断っても向こうのファンがブチ切れるの目に見えてるじゃん。むしろ余計な荒波立てないようにフォローしてくれた蛇道に感謝しとくべきだろ】


 こんな風に、怪我の功名ともいえる自分の行動を深読みし、当たらずとも遠からずといったコメントがTwitter上に出回っている様子を見た零は、少し考えた後にダイレクトメッセージを確認してみた。

 すると、そこにはいつもの暴言メッセージに紛れて、有栖こと羊坂芽衣をフォローしてくれたことに対する感謝のメッセージが送られてきており、もう1度改めて隅々まで自分の謝罪ツイートを確認みれば、そこにも蛇道枢への感謝と謝罪の言葉が綴られているではないか。


【これまで意味もなく嫌ってました。変な目で見ててごめんなさい】

【こういうメッセージ送るの初めてですけど、芽衣ちゃんのファンとして2つ。同じ芽衣ちゃんリスナーがごめんなさい。それと、芽衣ちゃんを助けてくれてありがとう】

【最初はお前のせいで! って思ってたけど、時間をおいて冷静になったらむしろ芽衣ちゃんにとってはあなたの存在が助けになってたってことに気付きました。放送中に酷い言葉を投げかけて、本当にごめんなさい】


「いや、え? ま、マジ……?」


 てっきりまた大炎上をかますと思っていた零は、予想外の喜ばしい展開に唖然とした表情を浮かべ、ぽかんとしている。

 Vtuberとなって初めて、ここまで暖かい言葉をファンから貰った彼は、ふと目に付いた1つの文章を注視し、息を飲んだ。


【あのフォローが出来たのは蛇道枢だけだった。炎上してるあなただからこその行動に、僕は敬意を表します】


 デビューしてまだ間もない有栖には、あの状況下で頼れる人物は非常に限られていた。

 狼狽する羊坂芽衣を救うためにはリスナーやアルパ・マリの注意を他に逸らし、芽衣自身が落ち着くための状況を整える必要があった。


 現実リアルで有栖と顔見知りだった零だからこそ、仮想空間バーチャルで活動し、炎上しているからこそあの場の注意を引き付けられた蛇道枢だからこそ、ああして自分以外に被害を齎さずにあの場を収束出来たのだと、そう褒め称えるコメントや感謝の言葉はこれだけに留まらない。


 偶然の産物ではあるが……炎上しているということも、場合によっては大きな武器になり得るということを学んだ零は、予想外の幸運に喜んだらいいのか笑えばいいのかわからなくなってしまっている。

 だが、しかし……自分の行動を、その真意を理解し、賞賛してもらえるということへの嬉しさを知った彼は、小さく鼻を鳴らした後に苦笑を浮かべながら言った。


「まったく……貶したり褒めたり、Vtuberのファンってマジでめんどくせえ……」


 口ではそう言いながら、何処か嬉しそうな声を出した彼は、薫子への相談のために部屋を出て、社員寮の近くにある【CRE8】事務所に向かう。

 鼻歌を歌いながら歩く彼が上機嫌なのは、誰の目から見ても明らかであった。


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