失態、からの身代わり戦法
【え? マジ? あいついるの?】
『えっ? 蛇道さんいらっしゃるんですか? 配信、観てくれてたんだ……』
「は……? えっ? なんでバレたんだ!?」
不意に流れた自分の存在を察知したコメントを目にした零は、一気に空気が不穏になっていく芽衣の配信の様子に焦り始める。
手にしていたマウスを動かし、コメント欄を遡ってみれば、そこには【おl、m】などという謎の文言だけが記された自分のコメントが残されているではないか。
「げっ!? 俺、いつの間にかタイプしてたのかよ!? うわ、誤爆った~っ!!」
どうやら、零は自分で気付かない内にキーボードに触れており、それをコメントとして投稿してしまっていたらしい。
物思いに耽っていたせいでまるで気が付かなかったが、存在を検知されるという失態を犯した彼に向け、リスナーとマリがこぞって非難の声を投げつけ始めた。
【なに? もしかして蛇道って芽衣たそのファンなの? 最悪なんだけど……】
【コラボ配信も下心があって持ち掛けたんじゃねえの? ゴミだな、マジで】
【未練がましく配信追ってんじゃねえよ、ネットストーカー!!】
『あ、いや、待って! ストップ! リスナーの皆さんもマリさんも、落ち着いてください!』
【芽衣ちゃんが擁護する必要ないよ。みんなも無視しよ、無視無視!!】
【んだんだ。これで芽衣ちゃんが炎上なんかしたら洒落にならんわ】
【ってかさっきより低評価増えてんじゃん!? お前のせいだぞ、蛇道!!】
『わわ、あわわわわ……!! ととと、とにかく落ち着いて! 蛇道さんは何も悪いことしてないんだから、誹謗中傷するようなコメントは止めてくださ~い!!』
今にも泣き出しそうな芽衣……というより、有栖の声を聞いた零は、激しく胸を突く罪悪感に頭を抱えてしまった。
有栖のパニックを引き起こす最後のダメ押しを自分がしてしまったと、完全なる自分の失態を責める彼であったが……ふと、そこであることに気が付く。
(入江さん、さっきより声出てねえか……? 狼狽してた時より、今の方がしゃっきりしてるっつーか……)
そこまで考えた零は、はっとした顔を上げると共に今も必死にリスナーたちを抑えようとしている芽衣の姿にある確信を抱く。
そうだ、今、確かに彼女はパニック状態になっているかもしれないが、同時に明確なやるべきことを見つけ出せたことでそのことに全神経を集中することが出来ているのだ。
コメントと配信は熱狂に包まれているが、それが自分たちにとっての敵である蛇道枢を排除しようとする形で彼らの意志を統一させている。
自分ではなく、他人に向けられた矛先を何とかしようと努力している今の芽衣は、なにをどうすればいいのかがわからなかったマリの登場時よりも明確な意思を持って行動することが出来ていた。
流れとしては、こっちの方がマシかもしれない。
確かにこの配信は荒れるかもしれないが、全ての原因は蛇道枢にあるとリスナーたちは思ってくれるだろう。
であるならば……既に炎上で燃えカス状態になっている自分が、羊坂芽衣の引き際を作ることが出来るかもしれないと、そう考えた零はこの騒ぎを終息させるため、短い謝罪の文章をコメントした。
【配信を荒らすような真似をしてしまい、申し訳ありません。すぐに消えさせていただきます】
【同情の誘い受けウザい。消えるならとっとと消えろ】
【お前がいると芽衣ちゃんの配信が汚れる】
【そのままCRE8からも消えてくれ】
『あっ! じゃ、蛇道さん? その、えっと……配信観に来てくれたのに、私のせいですいませんでした! 私は全然気にしていないので、また遊びに来てくださいね!!』
【芽衣たそ天使すぎ】
【芽衣ちゃんに謝らせてんじゃねえよ、クソ蛇!】
【低評価めっちゃ増えた! 全部蛇道のせいだ!!】
謝罪コメントを投稿した後、今度は誤爆をしないようにマウスとキーボードに注意を払いながら、配信を見守り続ける零。
自分への罵詈雑言が流れるコメント欄を眺めながら、どうかこれで上手いこと纏まってくれと祈る彼の前で、羊坂芽衣が大きな溜息を漏らしてから口を開く。
『……あんまり、こういうのは良くないと思います。蛇道さんも私の配信を楽しんでくれていたのに、酷い言葉を投げかけて追い出すのは駄目ですよ』
【ごめん、流石に言い過ぎた。だが後悔はしていない!】
【空気嫁。流石に自重しろ】
【俺も蛇道は嫌いだけど、別に今回は何も悪いことしてなくないか? 芽衣ちゃん悲しませて、何も悪いことしてない奴をボロクソに言って、それが本当に正しいと羊坂リスナーは思ってるわけ?】
【↑長文乙。お前蛇道だろ?】
少しずつ鎮火していくようで、そうでもなさそうなコメント欄では、今回の騒動について開き直る者や蛇道枢を擁護する者との言い争いが起き始めていた。
自分の不注意のせいでこんな事態になって申し訳ないという思いと、この局面を存分に利用してほしいという有栖への願いを入り混じらせながら事の成り行きを見守っていた零は、次に羊坂芽衣が発した言葉を聞いてほっと安堵の溜息を漏らす。
『……ごめんなさい。今日はもうこれ以上お喋りする気分になれないので、配信を終わりにしますね。私が上手く状況をコントロール出来なかったせいで皆さんに嫌な思いをさせてしまい、すいませんでした』
謝罪の言葉を残して配信を終えた芽衣へと、リスナーたちが労いと終わりの挨拶をコメントしていく。
その流れを確認した上で画面を閉じた零は、幾ばくかの安堵と焦燥を込めた溜息を吐き出した。
これで、良い。間違いなく状況は最悪だが、リスナーたちの怒りの矛先は羊坂芽衣ではなく蛇道枢に向けられるだろう。
芽衣は配信を壊された被害者で、蛇道枢はその犯人。
またしても自分は炎上するだろうが、有栖への被害は最大限まで軽減出来たはずだ。
もしもあのまま自分がコメントをしていなかったら、マリやリスナーたちの勢いの勢いに押された有栖はコラボ配信を了解していたかもしれない。
それを2期生コラボが羊坂芽衣の初のコラボ配信となることを楽しみにしているファンたちが知ったら、それこそ彼女が炎上しかねない。
それに、無理に人見知りの有栖を面識のない同業者と絡ませれば、それもそれで問題になるかもしれないし……考えようによっては、これで良かったと言えるだろう。
……などと、悲しい自己弁護をしたところで、自分の不注意で有栖に迷惑をかけてしまったことは紛れもない事実だ。
これに関しては納得の炎上理由だし、言い逃れは出来ないだろう。
取り合えずTwitterに謝罪のコメントを投稿した後、再び訪れるであろう炎上に対して大きな溜息を吐いた零は、何もかもを忘れてベッドへと飛び込んだ。
どうせ翌朝にはいつも通りの誹謗中傷やら殺害予告やら引退を求めるアンチコメントが至る所から寄せられているんだろうな……と、考えながら、彼は意識を手放して夢の世界へと旅立つ。
が、しかし……この時の零が見逃しているものがあった。
それは、芽衣の配信に枢が登場した瞬間、あるいは彼が謝罪のコメントを残してから芽衣が配信を切るまでの間に起きた現象。
【CRE8】の忌み子として嫌われているはずの彼が出てきてから消えるまでの間に、何故だか高評価の数が増えたのである。
それは増えた低評価の数に比べたら微々たる量ではあるが、決して勘違いとはいえない数でもあった。
それが意味することを、眠りに就いた零は知らない。知る由もない。
だが、この瞬間から……彼と蛇道枢を取り巻く雰囲気は、少しずつ変わり始めていた。
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