第2話 父に会う 

昔、ある山村にボロを纏った見すぼらしい男が訪れた。その眼光は鋭く村人は関わり合いになることを厭って誰も近づこうとしなかったが、木賃宿を営む老人は親切心から声をかけた。既に日は暮れかかり、ボロを纏った男が向かおうとしている峠道は危ないから、夜が明けてからにした方が良い、と語った。

ボロを纏った男は老人に頭を下げ、自分は一文無しなので馬小屋で良いから一晩軒先を貸してくれるとありがたい、と丁寧に述べた。

木賃宿の老人は、ボロを纏った男の物言いの丁寧さを気に入り、この季節に馬小屋では寒かろう、今日は泊り客が誰もおらんから泊まってゆきなされ、銭が無いなら、代わりにこの年寄りの話し相手になってくれないか、と引き入れた。

ボロを纏った男はまた丁寧に頭を下げ、老人に感謝した。

その夜、炭火を囲みながら、老人はボロを纏った男の話を聞いた。

自分はある男を探している。この辺りで炭焼きをしていると伝え聞いているが、ご存知ないか。

話を聞いた老人は、峠道の先にマタギが独りで隠遁していたことを思い出した。

「峠の先の街道から外れた場所に炭焼き小屋を建てて、炭を売りに来るマタギがおる。ここしばらくは見ておらんで、どっかに流れていきよったか知れんが・・・」

ボロを纏った男はとにかく尋ねてみようと言い、老人に感謝した。

あくる朝、ボロを纏った男は木賃宿の老人に礼を述べ、峠に向かった。

峠道から少し外れたところに、果たして木賃宿の老人から聞いた通りの場所に炭焼き小屋があった。

草が生い茂り、長い間誰も行き来する者がいないかのようであった。炭焼き小屋の戸口に立つと、中には初老の男が立っている。初老の男はボロを纏った男を見るなり、満面の笑みを浮かべて小屋に招き入れた。

初老の男はボロを纏った男の手を握り、よくぞ来てくれた、と喜んだが、ボロを纏った男はその手を振りはらってこういった。

「お前になぞ会いたくはなかった。お前は母を自分を捨てた唾棄すべき奴だ。母はお前を恨んで死んだ。お前のせいで母と自分は貧しさに苦しんだ。お前にはせめて母の墓を建てる金を払わせないと気が済まない。さあ今すぐ黙ってあり金を全て出せ」

初老の男は顔を一瞬曇らせたが、すぐ笑顔に戻り、わかった、しばし待てといい床下から幾ばくかの銀貨を取り出した。

「これが全てだ。少なくてすまない」

ボロを纏った男は無造作に銀貨をもぎ取り、立ち去ろうとした。

初老の男はボロを纏った男に、最後にもう一度顔をよく見せてくれ、と請うたが、ボロを纏った男は、お前の顔など二度と見たくない、と振り返らずに吐き捨て立ち去った。


峠から戻ったボロを纏った男は木賃宿の主人に礼を言おうと宿に立ち寄った。

木賃宿の老人はボロを纏った男の姿を見るなり、駆け寄ってきてこう言った。

「いや、無駄足を踏ませて申し訳なかった。村の者に聞いたら、あの炭焼き小屋のマタギはもう何年も前に死んでおったそうじゃ」

ボロを纏った男は怪訝な表情でこう述べた。

「そんなはずはない。自分は今しがた炭焼き小屋でその男と会って来たのだ」

すると何人かの村人も訝しけに「いや、確かに炭焼き小屋のマタギは一昨年の春に病で死んでおる。わしも埋葬を手伝ったんじゃけ間違いねえ」と。

ボロを纏った男は不審に思い、再び峠の炭焼き小屋に向かった。

峠道から外れ、草深い道なき道を行くと、先ほど尋ねた炭焼き小屋があった。しかし、先ほどと違い、屋根は破れ、戸は外れ、人が住んでいる気配は無かった。

中を覗くと床は穴だらけで砂や埃に塗れており、とても人が住んでいたとは思えない。

ただ一つ、先刻訪れた際に父が銀貨を取り出した床だけ、たった今剥がしたかのように砂も埃もない床板が残されていた。

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