空想寓話集

蟻島

第1話 死者の裁判に立ち会った僧の話

昔、あるところに貧しい者たちを受け入れ救済していた敬虔な僧がいた。ある日、一人の老婆が亡くなった。その老婆はかつて幼な子を連れて僧に助けを求め寺に住み懸命に下働きをし住んでいた者だった。幼な子は成長すると何処かに旅立ち行方は知れなかった。僧は亡き老婆を哀れに思い、丁重に弔った。

葬儀から幾日か過ぎた日の夜半、僧は何者かに呼ばれて寺の裏手にある竹林に歩み行った。

ふと気づくと僧の目の前に見覚えのない威厳のある立派な屋敷があり、廷吏が丁重に僧を出迎えた。

僧が迎え入れられたのは法廷であり、被告席には数日前に亡くなった老婆が俯きながら立っていた。判事は僧に対して言った。「検事はこの者に50年間の地獄での刑を求めている。しかし、弁護側の証人がいない。お前には弁護側証人を頼みたい」

僧は快諾し、寺に来てからの老婆が大変勤勉に働き、懸命に幼な子を育て慈しんできたことを訴え、寺に来る以前は夫の暴力に耐えかねて子を連れ命からがら寺まで逃げて来た不幸な境遇を語り、たとえ何らかの罪を犯したとしても50年もの間地獄で苦しまねばならないとは思えない。どうか慈悲の心を持って救ってやってほしいと。

判事は僧の証言を全て聞いたのちにこう言った。「うむ、この女が寺で長年勤勉に働いたことはよくわかった。しかしな、寺に来る前のことはお前の言っていることとは違う。夫の男とは口論はあったが暴力はなかった。女は男のことが嫌いになり、それで子を連れて逃げたのだ。女は子に自分の味方になって欲しくて、男のことを暴力を振るう悪党で自分は常に苦しめられたと子に教え込んだのだ。子を連れ去られた男は半狂乱になって子と女を探し回った。家を捨て名を捨てて子を20年間探し続けたあと、男はようやく会えた我が子に刺し殺された。女から何度も悪党だと聞かされた子は父である男を恨み憎んでいた。男を殺した後、子は男が自分を大事に思って探し回っていたことを知り、自責の念に苛まれ30年後自ら命を絶った。それで50年の刑なのだ」

僧は判事の説明を黙って聞いていた。そして自らの不明を恥じた。

「実はな。最初、わしは弁護側証人を子に頼んだのだ。しかし、子はそれを拒んだのだ。哀れなことだ。子も女も男も」

目が覚めると僧は自らの寺にいた。僧は老婆の墓に並べて子と男の墓を建て祈りを捧げた。

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