第8話 美少女NPCと一人【❄】

「村には・・・いない」


 村の端から端まで探したが、シノハの姿はどこにも無かった。もしかして、先に街の方へ向かったのだろうか? いや、そんな事は絶対にない、あったとしてもそれを信じる事ができなかった。


「あとは森・・・」


 シノハと一緒に特訓したあの森――こことは別の街へと続く。

 もしかしたら、一人で特訓しているのかもしれない。昨日は私ばかりの特訓でしかなかったから。


「行ってみよう」


 一人で森に行くのは初めてだ。不安や恐怖、それは当然付きまとってくる筈なのに。

 私は全然怖くなんてなかった…だってそれは。

 シノハを失う事と比較したら、何てことないのだから。



 〇



 昨日で散々見慣れた森の風景、だけどどこか物足りなさを感じる。


『来たぞ!』

『よくやったな』


 シノハの声が無い。私を呼んでくれる声がない。一人私の足音だけが響く。

 周囲に人の影こそ見えはするが、そこにシノハの姿はなかった。


「…どこ、いったんだろう」

『ピキ?』

『ピキィーーー!』

「!」


 私の足音に反応したのか、草木からスライムが二匹こちら目掛けて突進する。

 尻尾が硬直し驚きこそしたが、特訓した私の敵ではない。


「【火玉ファイアーボール】! ・・・からのっ、えいっ!!」

『ピキッ!?』『ピッ・・・キュゥ~・・・』

『スライムは21のダメージを受けた!』『スライムは倒れた!』

『スライムは12のダメージを受けた!』『スライムは倒れた!』


 火玉を片方に放ち、その隙に近づいたもう片方を短剣で袈裟斬りにする。スライム程度ならまだこれで対処がついた。

 これも全てシノハとの特訓で得た賜物だった。魔力だけでなく、攻撃力も少しずつ上がっていた様で、少しほっとした。

 当時の私には考えられない程の成長である。


「もっと奥探さなきゃ」


 道なりの進み、さらに奥地へと進む。魔法の特訓をした広場へとやってくる。

 ここ付近まで来ると、モンスターの量も次第に多くなってくる。が、今は私とは違う人達が強くなるために戦っている為私の方にモンスターが来ることは少なかった。

 近づいて来よう物なら、火玉を当てればいいだけの話なのだが、それでも大量に来られてしまってはさすがに対処のしようがない。シノハがいない時に死んでしまっては、今探しているのも全て無意味になってしまう。


「ここにもいない・・・」


 先へ続く一本道はもう一つの街へと繋がっている。が、私は引き返して、道が整備されていない方の森へと走る。

 街へは絶対に行っていない、だって一緒に強くなるって約束したから。

 ボロボロだった私に、そう優しく声をかけてくれたから。


 〇



 森の奥地へと行くと、何やら看板のような物が見えてきた。


『ここから先、危険区域。レベル30以下のプレイヤーは命が惜しければ引き返せ!』


 何やらこの先が危険だという事を警告する看板である。今の私は、先ほどシノハを探しているときに1つレベルが上がって、6になっている。看板のレベル30とは24も差が開いている。

 それでも、シノハがこの先にいないという確証もない。前よりは私も強くなっているんだ。

 危なくなったら、直ぐに引き返せばいい。

 私はその危険地帯へと駆け出し、周囲を見渡す。


「シノハ! どこ!?」


 はぁ、はぁ、と息を切らし、その危険地帯を右往左往する。モンスターの気配も感じるが、今はそんな事どうでも良かった。

 危険地帯に入ってから数分、危険地帯の開けた場所へとたどり着く。そこで私は目の前の大きな物を目の当たりにしてハッと我に返る。

 開けた草原の中心部…そこにはかなりのデカさを誇る虎が眠りについていた、その身体の上にはクロウタイガー LV40という文字、明らかに私が倒せるような相手ではない。


「・・・慎重に」


 こそっと忍び足でその場をやり過ごそうとする、が危険地帯程整備されてない草原もないと断言できる程生い茂っており、少し動いただけでも音を立ててしまう。

 実はこういう系の場所では暗殺者が修得できるスキルの【隠れ脚】があれば音を消す事ができるのだが、今のユキがそれを知る事も無く、ましてや修得している筈もない。

 ガサッ、足と草木が擦れ音が鳴る――その瞬間、眠りこけていたクロウタイガーが静かに目を覚ました。


「っ」

『グ、グアァァアアア!!!』


 その咆哮、怒り、どれをとっても全てが森にいたモンスターと格段に違っていた。その声を聞いただけで、足が震えあがり、周囲の草木も揺れ、千切れる。

 今戦っても叶う相手ではない、そんなのはわかりきっている。でも、こっちだって死ぬわけにはいかない。


「【魔力増強】!」

『グアァアァァ!』

「ファイア・・・!?」


 こちらに詠唱させる隙を与えない程の素早い速さと爪による斬撃。横目掛けて飛び跳ね、間一髪でその攻撃を回避する、私の長い髪が少し触れただけでプツンと切れたのを感じ、身の毛がよだつ。触れたら待っているのは確実に死だ。それに、地面に身体を打っただけでも、痛みが走る。そう、それだけでHPも減るのだ。

 彼女はプレイヤーじゃない、NPCだ。故に死んだ後、復活するのかどうかすらも分からないし、そもそもプレイヤーが死んだ後に復活するという事も彼女は知らない。


「早い・・・」

『グルルルルルルル…。グアァァアアァア!』

「っ!!」


 痛みで回避することもできない、かといってこの速度では詠唱すらも間に合う筈がない。

 クロウタイガーの爪が眼前にまで迫り、とっさに顔をすくめる。


『グアッ・・・!』

「・・・え?」


 少し待てども私に放たれた爪は届かなかった。静かに目を開くと、そこにはクロウタイガーの爪を受けとめる一人の男がいた。


「お前…あのNPCか? いや、んなこたどうでもいい、なんでこんな所にいやがるっ!」

『グァ・・・。グルルルル』

「えっ、えっと」


 男は剣を前方に突き放し、クロウタイガーを弾き飛ばす。それにより、クロウタイガーの怒る矛先も男の方に移った。

 あのNPC・・・という事は、私の事を知っている人? でも、なぜだろうか。


(レベル6…聞いた話では5だったが、自力で上げたのか。にしてもなんでこんなところに)


 そう、彼は例の掲示板の『名無しの冒険者』であった。

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