第244話「姉妹の再会」

「ん、ここは……」


 目が覚めたラセツは、簡易テントの固い床ではなく、身体に負担をかけない上質な布団の中にいた。

 ……ああ、なんて温かいんだろう。

 ポカポカと、身も心も温まる久しい心地よさに、身体が起きることを拒絶するが。


「いえ……いえいえ、眠ってなどいられません。一体なにが、起きてるのか確認しないと」


 強い意志で睡魔をねじ伏せ、ラセツはゆっくりと、重たい身体を起こす。

 頭の中はボンヤリしているけど、一目でここが生まれ住んだ城の中、それも自分の部屋だと気付いた。


「なんで、城に……私は……っ」


 まったく状況がわからない。

 まさかこれは夢なのか。帰りたいと願った自身の心が見せている、儚い幻影なのか。

 ここから出て、確認しなければ。


「あ、ぐぅ!?」


 膝を折り曲げ、起き上がろうとする。

 するとたちまち全身に鋭い痛みが駆け巡り、たまらずラセツはうめいた。


 痛い。痛い痛い痛すぎる! あまりにも痛すぎて、この場から動けない!?

 まるで限界以上に酷使したみたいに、全身が悲鳴を上げている。


「はぁはぁ……え、ちょっと待ってください。痛み……身体の感覚が、戻ってる?」


 ふと、ラセツは気付いた。

 大災厄に取り憑かれた影響で、身体の感覚をほとんど失っていたはず。

 手足の動きは指先までしっかり感じられるし、部屋の中を満たすスズランの香りも嗅ぎ取れる。


 触覚や嗅覚だけではない。味覚と聴覚もちゃんと戻っていた。

 やはりここは夢の中なのか。

 いや、でもこのリアルな痛みは、けして幻覚や夢なんかではない。

 拷問のような激痛が、紛れもない現実であることを、ラセツに教えてくれる。


「……たしか私は、ウリエル様の封印を解いた後、取り憑いていた〈暴食の大災厄〉に抵抗しきれなくなって」


 思い出そうとするけど、そこから先の記憶が曖昧で、はっきり思い出せない。

 あの後に一体、何が起きたのか。


 もう一つ分かることは、あんなにも身体をむしばんでいた邪悪な存在が、完全に消滅していること。

 つまり誰かが〈暴食の大災厄〉を切り離し、そして倒したのだ。


「大災厄を倒す、この世でそんな大偉業を成すことができる存在は……」


 懸命に自分の記憶を辿り。

 ふと、枕もとにある姉の写真を見て、ラセツは闇にのまれる寸前の光景を思い出す。


「あ……」


 それは純白に輝き、六枚の翼を持つ大天使と、巻き込まない為に突き放した姉の姿。

 死ぬ間際に自身の願望が生み出した、都合の良い幻覚かと思っていたが。


「まさか……」


 ラセツが答えにたどり着いた直後。

 ───ガラガラ、と部屋の閉ざされていた障子しょうじが、ゆっくり開いた。


 振り向いた部屋の入口には、最後に会った時より、少し大人の雰囲気を纏ったセツナが立っていた。


 王族の証である、金色の目が合う。

 目の前にいるのは、何度も見ていた幻覚ではない。紛れもない本物のセツナだと、ラセツは一目で分かった。


「あ、姉う……っ」


 姉を呼ぼうとしたラセツは思い直し、すぐさま口をつぐんだ。

 自らの意思ではないが、実の父親を手に掛けた上に、姉を頼らず単独で指輪の封印を解く旅に出てしまった。


 沢山の心配と迷惑をかけた。

 挙句の果て、指輪の封印を解いたところで力尽き、大災厄に飲まれそうになった。


 今こうして生きているのは、自分を諦めずに追い掛けてくれた姉と、天使長の力を宿し数多の国を救った英雄のおかげなのだ。

 こんな情けない自分が、今まで通り彼女に接する資格はない。


 罪悪感で胸の内がいっぱいになり、ラセツは唇を噛み顔を伏せる。

 謝罪をしなければいけないのに、頭の中が真っ白で口を動かすこともできなかった。


 気まずい沈黙が、この場を支配する。

 緊張のあまり指一本すら動かせない中、耐えられなくなったセツナが、弾かれたように駆け出す。


「ラセツ!」


「っ!?」


 叩かれる事を覚悟して身構えると、セツナは広げた両手を背中に回し、力強くラセツを抱き寄せた。


「ああ、無事に目覚めてくれて良かった!」


「姉、上……どうして私を、お叱りにならないんですか……」


「……バカ者が。一週間以上も眠っていた妹がようやく目を覚ましたのに、いきなり叱る姉がどこにいる」


「す、すみません。私はそんなに長く、眠っていたんですね……」


「ああ、そうだ。もしもラセツが開放した〈琥珀の指輪〉の力がなければ、今頃は亡くなっていたかもしれない」


 それだけではない、とセツナは話を続け。


「指輪の力で、うちらは誰一人欠けることなく、大災厄を打ち倒すことができた。ラセツの頑張りがなければ、恐らくは沢山の被害が出ていたと思う」


「ああ……私の行いは、ムダではなかったんですね」


「結果だけを見たら、そうだな。……ただ、うちに助けを求めず、独断専行で死にかけたことだけは絶対に許さないぞ!」


「ひぃん!?」


 不意に離れたセツナは、両手で強くラセツの頬をつまみ、左右に力いっぱい引き伸ばす。

 痛い、痛いけれど。忘れていた懐かしい感覚に、嬉しさが勝り熱い涙が溢れる。


 そして頬をつねるセツナも、この数週間で募らせていた、妹を案じる思いが溢れ。

 真珠のようなしずくが、頬を伝って床にシミをつくる。


「……おまえは、この世界に……たった一人しかいない大切な妹だ。頼むから、うちを一人にしないでくれ」


「あにぇ、うぇ……」


 不意に頬が指から開放され、ラセツはセツナに力いっぱい抱きしめられた。

 激痛に襲われるが、今は身体よりも心の方が何倍も、何百倍も痛かった。


「バカ、このバカ者が……」


「ごめんなさい、ごめんなさい姉上……父上、母上、沢山の人に迷惑をかけて、ごめんなさい……っ」


 謝罪をすることしかできないラセツを、セツナは胸に受け止める。

 こうしてラセツは無事に帰還し、国王も復帰した鬼国には、再び平和が戻った。



◆   ◆   ◆



 数日後、鬼国で盛大な祭が開催されたが。

 そこに今回の立役者である英雄の姿は、どこにもなかった。

 セツナの告白を断り、新たな戦場に旅立った白銀の少女は、天上に戻りエルと相対する。


「〈四聖の指輪物語〉を全部終わらせたよ」


『……そうですか。ということは全部、思い出したんですね』


 神里市で最も大きな墓地。

 その中にある上條家と刻まれた墓の前で、ソラは複雑な面持ちで告げた。


「ああ、全部思い出したよ。おまえは……いや、キミの本当の名前は」





 ──上條かみじょう未来みらい







 告げると同時、墓誌ぼしに浮かび上がったのは隠蔽いんぺいされていた亡き姉の名。



「姉さん、なんで……」



『ふふふ、本当は明かすつもりは無かったんですけど、こうなっては仕方ありません。全て話してあげますよ。

 十年前に死んだ私が生き返り、こうしてここにいる理由。そしてこれから、大好きな弟の為に世界を是正ぜせいする計画も』



 かくして四聖の指輪物語は終わり。



 遂に人類は聖別の時を迎える。



 第四章──完

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