第242話「セツナとシオ」

「よほど疲れていたんだな。短時間にアレだけの猛攻をしのいでいたのだから、無理もないか……」


 揺れる馬車の中、セツナは疲労で仮眠を取るソラとクロを眺める。

 他のメンバーは休憩する為に、一度天上に帰還している。残っているのはソラとクロと、隣で起きているシオの三人だけだった。


 クエストで敵の進行をずっと食い止めていた六人、その活躍によって自分はダメージを一つも受けることなく終える事ができた。


 通常の試練ならばモンスターが沢山攻めてくるだけなのだが、今回の相手は一筋縄ひとすじなわではいかない闇の信仰者達。

 確実に歴代巫女の中で一番の強敵、並の実力者達なら失敗は必至だったはずだ。


 そんな苦境をソラ達は、連携を取って確かな実力で跳ね返した。

 更には各国で白銀と肩を並べる程に高名な〈剣聖〉が、窮地きゅうちにやってくるとは。


 隣で眠る銀髪少女を見る。

 彼女はパートナーに寄り掛かられて、


「クロさん、クロさん目のハイライトががが……」


 ──と真っ青になってうなされていた。


「こうやって寝ている姿を見ると、さっきまでの勇ましい姿が嘘みたいだな」


 力なく笑い、右手をそっと伸ばす。

 頬に軽く触れたら、ソラは夢の中で何かあったのかビクッと身体を大きく震わせた。


 内容を聞いている限りでは、何やら嫉妬で闇落ちしたクロに酷い目に合わされているようだが。

 それだけソラの中で、彼女の存在が大きいという事なのだろう。


 クロも同じくらいソラを思っていることが、普段の距離感を見ていれば分かる。

 微笑ましいな、セツナは二人を眺めながら小さな声で呟いた。


「……で、シオ殿は眠らなくて良いのか?」


「私は悪魔が出てくるまで、セツナ姫の側で待機していたからね。前線と支援と頑張ってたお兄ちゃん達にくらべたら、負担はそこまでないのよ」


「あの怪物の攻撃をしのいでいただけでも、大仕事だと思うのだが……」


 目を閉じていても巫女の力で戦況を把握していたセツナは、どんな戦いだったのか事細かく知っている。

 古の大悪魔が出てきた時は、最悪ここで全滅することすら覚悟していたが、彼等は劣勢の中でも諦めなかった。


 グレシルという名は、セツナも座学で教師から教わったことがある。

 太古にあった世界各国と魔王軍の大戦で、光国と双璧をなす冥国〈ヘルヘイム〉の大戦力を三分の一も削った怪物。


 魔王シャイターンの封印によって力は大きく弱体化したが、それでも大災厄クラスのステータスは有する。

 味方を守るため奴の攻撃を受け続ける負担は、相当大きかったはず。

 その事を伝えるけど、彼女は首を横に振った。


「ううん、シノ姉に助けられちゃったからね。私もまだまだ未熟者だって、すっごく思い知らされちゃったわ」


「あの方は流石に規格外だと思うぞ……」


「そうなんだけどね、でもシノ姉にいつも助けられてばかりだと良くないじゃない。自分の身くらい、自分で守れるようにならないと」


「自分の身は自分で……か」


「そういえばセツナ姫は、滝行中はなにかあったの?」


「た、滝行中のことか!? な、ななな何もなかったぞ!」


 突然の話題変更にセツナは、狼狽うろたえながら首を横に振った。


「そうなの?」


「あ、ああ、強いて言うなら巫女たちから頑張れって応援されたくらいだな!」


 シオに今答えた言葉の半分は本当の事。

 しかしその言葉が含む、一つの意味は口が避けても教える事はできなかった。

 滝行で目を閉じている間、彼女に与えられた試練は歴代の巫女達からの質問。


 内容はずばり──今のパーティーの中で誰が好きなのかというもの。


 言えない。恋話をしていたとか、みんなに胸を張って言えるわけがない。

 みんなは文字通り命がけで戦っていた。

 それは直接見なくても、あの場で戦う音と熱意で伝わっていた。


 それなのに恋話とか、シオ達に言ったらどんな反応をされる事か……。

 彼女の性格を考えるなら、びっくりはしても幻滅される事は絶対にない。


 ただ確実にイジられるだろう。

 現になにか察したシオは、小悪魔のような顔をして問い詰めてくる。


「えー、本当にそれだけなの? 他にもなにかあった顔をしてるわよ」


「気のせいじゃないか。……ははは、いやぁ鬼巫女達は実に心やさしかったなぁ」


「ふーん、あくまでもしらを切るつもりね。それならこうよ!」


「にゃ!?」


 逃げられないようにセツナを捕まえたシオは、彼女の脇に指をそえて。


 強すぎず、弱すぎず。


 まるで赤ん坊の肌に触れるように。


 シオが友人達と研究していた、対兄用の奥義が一つ。


 K U S U G U R I


 ゾクゾクと、かつて感じたことのない感覚にセツナは身悶え、その場でぐったりする。


「え、ふぇ?」


 身体に全く力が入らない。

 軽く触れられただけなのに、一体なにが起きているのか。


 鬼族は状態異常に対する耐性値が高い。

 何かスキルを使われたとしても、こんな短時間で発動したものに掛かることは考えられないのだが。


「しおどの、いったいなにゃにをひた……」


 困惑するセツナに、それを行ったシオは邪悪な顔をして告げる。


「私は触っただけで、その脇に最適なくすぐり方が分かるのよ。セツナ姫は少し繊細だから力は余り入れないで、優しくくすぐったのよ」


「くすぐり? さわ……え?」


「ふふふ、これなら迅速に無力化できるわ」


「にゃんと……」


「さぁ、大人しく試練の時に何があったのか白状しなさい。それとも続けてコレを脇に受けて、正気でいられるかしら?」


 瞳が怪しい光を発する。

 完全にセリフが悪役のソレだが、実際やっている事はくすぐってるだけ。

 舌なめずりをしながら、シオはつやのある声でささやいた。


「大丈夫、ここで聞いたことはお兄ちゃん達には黙っててあげるわ」


「……本当か」


「もちろん、私は絶対に約束を破ったりはしないわ」


 信頼している彼女がそこまで言うのならば、素直に白状したほうが良いのかも知れない。

 少なくともたった一回くすぐられただけで、こんな状態になっているのだ。


 アレを何回もされる事を想像したら、恐ろしくて背筋がゾワゾワする。


「じ、実は……」


 周りに聞こえないよう、滝行で何があったのか、そこでどんな選択をしたのか。

 その全てを包み隠さず伝えた。


「……そっか、別に良いと思うわよ」


「か、軽すぎないか?」


「だって、それはもうしょうがないんじゃない。大事なのは、そこから覚悟して思いを告げるのか、諦めて自分の中で終わらせるかしかないわ」


「うちは……」


「どの選択が最善かは私にも分からない。思いを告げたら相手も自分も傷ついて、メチャクチャになって終わるかもしれない。でもこれだけは言えるわ」


 シオは優しい眼差しで告げた。



「──後悔する選択だけはしないで」



 数分間だけ、セツナは黙る。

 少女の目を見て、彼女が本気で


「……妹と聞いてるけど、実はシオ殿がソラ殿の姉じゃないのか?」


「ふふふ、昔から近所の人から言われるわね。妹さんの方がしっかりしてるって」


「それを言った者は、よく見てるな。カッコよくて危うく惚れそうになったぞ」


「あら、別に惚れてしまっても良いのよ」


 綺麗なウインクを決めるシオに、思わず苦笑してしまう。

 しばらく二人でガールズトークを楽しんでいると、


「ふぁぁぁぁ……。ん、二人ともどうかしたのか?」


 目を覚ましたソラは、仲睦まじい様子のセツナとシオを見て小首を傾げる。


 しかし彼の疑問に、少女達はくすくす笑うだけで答える事はしなかった。

 それは二人が、同じ秘密を抱える者同士だから。

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