第241話「大人達の矜持」

 あの大悪魔を相手に、たった一人で勝利してしまった……。


 ユニーク職業〈剣聖〉の強力なスキルを使いこなし、尚且つ技量で終始圧倒した。

 アレが世界最強の実力、公式大会にて無敗を記録し続けている王者。


「シノお姉ちゃん、すごいね」


「オレも強くなったと思ったんだけど、まだまだ師匠の背中は遠いな……」


「全部ジャストガードしてたよね。アレって1ミリでもズレると判定出ないから、連続で成功させるの無理だと思うんだけど」


「それを成し遂げるから、無敗の王者なんだよ。史上最強の名は伊達じゃないって事だ」


 異なるタイミングで来る攻撃に、連続でジャストガードをするのは不可能に近い。

 同じことをしようとしたら、確実に受け流しきれなくてロウと同様、受けた剣ごと吹っ飛ばされるビジョンが容易に想像できる。


 こんな話をしていると、大悪魔を一人で片付けたシノがやって来る。

 アレだけの戦闘をこなした後だというのに、彼女は息切れ一つしていなかった。


 ……大悪魔よりも化け物では?


 ドン引きするレベルの人間離れした身内に、流石にオレも頬が引きってしまう。


「ふぅ、間に合って良かった。まさかおまえ達が向かう先に、敵の本隊が鉢合わせとは思わなかったぞ」


「ありがとう。師匠が来てくれなかったら、シオは天命を20も削られてたよ」


「大悪魔の固有能力は厄介だからな。過去に3回戦ったが、そのせいでメンバーの主力は数名ほど50を切っている」


「50を……」


 未だ90台を維持しているオレが、どれだけ幸運なのかを思い知らされる。

 しかし今後、先程のように天命を大きく削る敵が出現するとしたら、例え90あったとしても一回の敗北で40になる可能性がある。


 恐ろしい、とオレは今後の戦いに対する不安を抱いてしまう。

 クロ達も同じらしく、その表情には陰りが生じている。


 士気が大きく低下する中、師匠は苦笑しながら不安を軽くするためにこう言った。


「そんな不安な顔をするな。天命を削ってくるのは悪魔だけだから、そいつ等だけに気をつけたら良い」


「悪魔だけか、それならまぁ……」


「ちょっとだけ気が軽くなったかな」


「第一に負けなければ良い。それなら天命を削られる事もないし一石二鳥だ」


「それを実行できるのは師匠だけでは?」


 オレとクロに真顔でアドバイスする師匠に、思わずツッコミを入れる。

 シオ達も自分の言葉に同意して、何度もうんうんと仕切りに頷いていた。


 負けなければ良いとは、言うは易し行うは難し。

 元々人外レベルで強い師匠ならともかく、プロゲーマークラスの理解できる程度の強さしか持たないオレ達には、実に難易度が高い話だった。


「……本当はこんな危険な話は、萎縮いしゅくさせるからしたくなかったんだが。まさか奴らがここに現れるとは、私も思わなかったよ」


「つまり師匠はオレ達に黙って、悪魔達を殲滅せんめつしようとしてたんだな」


「大人が子供を守るのは当然の責務だ。本来なら、こんなヤバいゲームはするなと言いたいんだが、それができないなら危険な芽は早めに摘んでおこうと皆で話し合って決めたんだ」


「はは、師匠達には敵わないな……」


 ユニーククエストを進めてそれなりに強くなった気でいたが、シノと大人達は自分の知らない所で、最もやばい敵と戦っていた。

 まだまだ子供だと認識させられる中、隣りにいるクロ達も同じ事を思ったらしい。

 みんな何とも言えない顔をしていた。


「それでそっちの進捗はどうだ。こちらはもう終わったから、大変そうなら手伝うぞ」


「あー、こっちは……」


 チラッと滝行をしているセツナを見る。

 そのタイミングで、自分達が行っていたクエスト完了のお知らせが表示された。

 目を開き無事に儀式を終えたセツナは、全身びしょ濡れで滝の中から出てくる。


 実になまめかしくて目のやりどころに困るが、その表情は実に晴々としていた。


「……ありがとう。お主達のおかげで、うちはラセツを助ける事ができそうだ」


「礼を言うのはまだ早い、ラセツを助けてから改めて聞かせてくれ」


「うむ、わかった。……では最後となる六之村に急ごう」


 これまで見てきた巫女達と同じように、今のセツナは完成された気配を放っている。

 儀式を無事に終えた事に内心ホッとしながら、村の女性達に連れられ着替えてくる彼女を待った。


 数分後に戻ってきたセツナは、肩出しに加えて短い丈のスカートと、以前より露出が増えた和服になっていた。

 この〈アストラルオンライン〉に登場する巫女というのは、成長したら肌を見せる決まりでもあるのか。


 疑問に思いながらもオレは、クエストを始める前より少しだけ大人になった彼女の雰囲気に頬を緩めた。

 凛とした鬼姫の横顔は、実に頼りがいがある。


 最高レアリティの装備に身を包むその防御値は、恐らくユニーク装備で固める自分と同等かそれ以上だ。

 しばらく見とれていると、横にいるクロが笑みを浮かべる。


「すごく綺麗だね」


「ああ、そうだな。お姫様は試練を乗り越えると、いつも少しだけ大人っぽくなるね」


「むー、わたしも早く大人になりたいな……」


「なんで?」


「だって今、すっごく見とれてたよ。ソラと付き合ってるけど、わたしは実際まだまだお子様だし……」


 つまり嫉妬していたのか。

 困り顔で頬を少しだけ膨らませる姿は実に愛らしくて、ついイジワルをしたくなる。


 だけどここで選択肢を間違えると、不機嫌ルートか物理制裁に入ってしまう。

 扱いには十分気をつけながら、オレはもやもやしているクロの肩を掴んだ。


「大丈夫、オレが愛してるのはクロだけだから」


「ちょ、こんなところでなに言ってるの!?」


「ごふ!?」


 しっかり力を込めた掌底が、下腹部を撃ち抜く。

 あの至近距離で左足のかかとを軸に、こんな見事な一撃をとっさに放つとは成長している……ッ。


 これで大人になったらどれだけの一撃を放つようになるのか、末恐ろしいというかなんというか。


 オマケにあれだけの衝撃を受けて、HPが1ミリも減っていないのが不思議でならない。

 ぴくぴく痙攣けいれんしているオレにクロは、今後はキチンと周りの人目を気にするように注意する。


 そんな漫才みたいな事をする自分達を、セツナ達は呆れた顔で見ていた。

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