第240話「魔を断つ極剣」

 この場にいる、全ての者達が時を止めた。

 全員が注目しているのは一人の双刀使い、サムライのような格好をしたクールビューティーの女性。


 自分が何処から現れたのか。見抜く目を持つ一人を除いて、全員理解できていないようだった。

 それも仕方のない事。今回シノが使用したのは、未だかつて獲得した者がいない職業のスキルだから。


 ユニーク職業〈剣聖〉。


 移動系スキル、その名は──〈動如雷霆〉──動くこと雷霆らいていごとし。


 半径10キロの距離を、瞬時に移動できる最上位スキル。

 発動条件はMPをマックスの状態から全消費しなければいけない為、使い勝手はあまり良くはない。


 つまりシノは全てのMPを消費しているわけだが、強敵を前にしても余裕の表情は一切崩れなかった。


「ふむ、ベストタイミングだったな。ソラはそのままシオを連れてセツナ姫の護衛につけ」


 双刀で曲刀を受け止めながら、シノはいつものように淡々と指示を出す。

 ソラは素直に従い、妹を助けて離脱した。


 一方で眼前の脅威を確認したグレシルは、目を大きく見張り動揺する。


『キサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?』


 ──数多の〈闇の信仰者〉を葬った二刀使いの軍神は、彼にとっては白銀の天使と同じくらいむべき相手だった。

 特に幹部達は魔王シャイターン直属の配下であり、母から生まれた兄弟のような関係。


 ──妖精国の〈カルニウェアン〉。


 ──竜国の〈カレアウ〉。


 最近では〈エノシガイアス国〉で姫が帰還する前に大災厄を解き放つ為、暗躍していた悪魔〈ソネイロン〉がシノよってに討たれた。

 グレシルにとっては正に弟達を殺したかたき


 絶対にこの手で抹殺しようと思っていた、この世で最も憎き相手である。

 殺意は極限まで高まり、双眸そうぼうはどす黒い怒りに染まった。


 ステータスでは絶対に勝っている。

 このままつばぜり合いの状態で押せば勝てるはず。


 冷静に自身の持てる最大のカードで、勝負しようと考えるグレシルだったが。

 彼はシノの技量を完全にあなどっていた。


「なんだ、ただの力自慢か」


 小さな溜息が、彼女の口からもれた。

 受け止めながら、シノは力のベクトルを自身の技をもって左右に流す。

 二本の曲刀は完全に何もない空間を切り裂き、なんの成果も得られないまま空振った。


『──ハ?』


 シオの受け流しを上回る、完成されたじゅう極技きょくぎ

 相手からしてみたら、目の前で剣が自ら避けたような錯覚を見せられた。


 故に次の攻撃までワンテンポ遅れる。

 息をするように容易くやってみせたシノは、双刀を横に構えた。

 青色のスキルエフェクトを発生させ、容赦なく双刀から放つ二連突きが心臓部を正確に穿つ。


『ガ……っ!?』


 何が起きたんだ、グレシルはそう言いたそうな醜い顔をする。

 この距離は不味い、一度冷静になるため距離を取った彼は、先程ロウのガードを崩した四連撃の技を発動した。


 鋭い刃が空間すら切り裂かんと放たれるが、シノはその場から動かず〈ソードガード〉で立ち向かう。


 悪魔化で激的にステータスが強化されているグレシルは、避けないその選択肢を鼻で笑う。

 どれだけレベルが高くても、熟練者の盾すら弾き飛ばす攻撃を受け止めることはできない、そう考えたからだ。


 二撃目まで防いだとしても、続く三撃目で防御を崩し、確実に四撃目をクリティカルヒットさせる。

 正に先程のロウと全く同じ展開。

 そんな光景を頭の中でシミュレートし、グレシルは全力で刃を振った。


「……なんで勝ち誇った顔をしているんだ?」


 疑問がシノの口からついて出た。

 たしかに一撃に込められているのは〈レイジ・スラッシュ〉と同じくらい強力で、速度も兼ね備えている。


 マトモに受けたら不味いだろうが、彼女にとっては対応できないレベルではなかった。


 高速の連撃が何度も放たれる。

 しかしこれまで数多の強敵をねじ伏せてきたシノは、双刀で全て受け流して逆に反撃をしてみせた。


『ハ?』


 HPが数ドット削れる。

 かすり傷程度のダメージだが、想定外の一撃を受けた精神的衝撃は、グレシルの思考をコンマ数秒ほど停止させた。


 強者達の戦いにおいて、そのコンマ数秒は相手にとって大きなチャンスとなる。

 シノはストレージから、MPを全回復させるポーションを取り出し浴びる。

 そして双刀を構え〈剣聖〉のスキルを発動させた。


「〈其疾如風〉──はやきこと風のごとく」


 スキルの名を口にした瞬間、彼女の姿はグレシルの前から完全に消える。


『ガハッ!?』


 神風の如く一撃が、油断していたグレシルの身体を深々と切り裂く。

 しかもそれは一度だけではなく二度三度と、目に止まらぬ速さで次々に叩き込まれた。


 大悪魔は何とかシノを捕まえようとするが、目では全く追いきれない。

 HPが数ドット単位で、じわじわと削られていき残り半分になる。

 このままでは負ける、そんなビジョンが脳裏をよぎったのだろう。


 グレシルは飛ぶ斬撃を全方位に放ち、シノの動きを一秒でも止めようとした。

 一方で師の登場でチームを立て直したソラ達は、セツナの側で飛来してくる斬撃を防ぐ。

 崇拝する大悪魔を少しでも援護しようと、セツナを狙っていた信仰者達は、全員流れ弾を受けて消滅する。


 この技が出した戦況の成果は、たったそれだけだった。


 どれだけ放とうが、標的に飛ぶ斬撃が当たることはない。

 乱雑に放った技など、数多の猛者達と刃を交えた彼女にとっては回避行動を取るまでもないからだ。

 洗練とは程遠い、見苦しい攻撃だとシノは断じる。 


「〈難知如陰〉──知りがたきことかげの如く」


 気配の完全なる遮断しゃだん、ソラの〈洞察〉でなければ見抜く事のできない|隠蔽〈いんぺい〉スキル。

 それを発動したシノは、斬撃の隙間を抜けながら一本ずつ近づき敵の背後に立った。


 大悪魔としての生存本能が、背後から迫る危険を彼に伝える。

 背筋に冷たい何かを感じ取り、急ぎ回避行動を選択するが、


「……遅い」


 二連撃がグレシルの身体に大きなバツ印を刻み込む、まるでここまでの採点を下すように。

 真紅のダメージエフェクトが発生、切られた大悪魔は初めて片膝をついた。


 HPは残り三割となった。この間でシノが受けたダメージ量はゼロである。

 大悪魔に対抗できるのは天使だけ、そう思っていたグレシルは愕然がくぜんとなる。


『ナゼダ、ナゼワレノ攻撃ガ……』


「通用しないのか? それは単純なことだ、私はこのユニーク職業〈剣聖〉を獲得してから、一度も休まずに鍛錬たんれんを積み重ね続けた。

 対して貴様は自らのスペックにおぼれ、鍛錬をおろそかにして技を磨かなかった。それがこの戦いの結果であり全てだ」


『グ、オノレ、オノレオノレェ──────ッ!!』


 激高したグレシルはMPを大幅に消費して、周囲を吹き飛ばす〈マジック・バースト〉を放つ。

 至近距離にいたシノは、普通ならば逃げる時間もなく巻き込まれる。

 それほどの爆発規模だったのだが、先程の高速移動スキルを用いて既に安全圏まで移動していた。


「そんな破れかぶれの攻撃が、雷霆を捉えられるわけがないだろう」


『キサマハ危険ダ、ココデソノ命ヲ削ラセテモラウゾ』


 呪詛を吐きながら、グレシルは曲刀を自身に突き刺す。

 HPを残り一割に減少させながらも、その血を刃に呪いとして付与する。


 それによって呪いは更に強まり、討ち倒した者の天命を50減少させる最悪のスキルが付与された。

 つまり天命が命と結びついているプレイヤーは、残り50以下ならば今のグレシルに殺されると残機が無くなる。


 天命が現実とリンクしているプレイヤーは、ヤツに敗北することは死に近づく事を意味するのだ。


「師匠!」


「ソラ、オマエは黙ってそこで見ていろ」


 加勢しようとするソラを静かな声で制止し、シノは敵に双刀を構える。

 周囲に満ちるは彼女と悪魔の闘気。

 邪悪な殺意に対し、清流のように雑念がなく純粋で極められた戦意がぶつかる。

 純白と漆黒、光と闇のスキルエフェクトを双刀に宿したシノは、眼前に立ちはだかる敵に死を宣告する。


 ──はやきこと風のごと


 ──其のしずかなること林の如く


 ──侵掠しんりゃくすること火の如く


 ──動かざること山の如し


「──剣聖壱之奥義〈風林火山フウリンカザン〉」


 チン、と納刀する音が鳴り響く。

 大技を発動していたグレシルの目の前で、呪詛じゅそを込めた漆黒の一撃〈カース・オブ・カタストロフィ〉が真っ二つになる。


 否──それだけではない。


 彼の身体には、一本の線が刻まれていた。

 発生する真紅のダメージエフェクト。しかもそれは一度だけではなく二度、三度と続けて刻みHPを現象させていく。


『バ、バカナ。コノワレガ……』


 最後の一閃が、残っていたHPをゼロにする。

 この場にいる全ての者が視認できない神速の斬撃、それを合計四発も放った。


 其の剣を以て全ての闇を断つ。

 合計で四体目の大悪魔を倒したシノは、称号──〈魔を断つ極剣〉を獲得した。


 効果:〈魔属〉に特効ダメージを与える。


 異次元の技で圧勝したシノは、光の粒子となって散る大悪魔に背を向けた。

 

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