第239話「真紅の大悪魔」

 手応えはあった。

 確実に敵のライフを削り切った。

 奴は〈大災厄〉と違って、複数本のHPゲージを持つような特殊個体ではない。

 今まで相手した中で、復活をしたのは〈ヘルヘイム〉の騎士くらい。それもかなりシビアな条件付きだった。


 つまりこの世界における蘇生は、不可能ではないけどそれなりに面倒な手順が必要となるのだ。

 倒した敵は、それに近い能力か、あるいは何らかの特殊アイテムを有していたとでもいうのか。


「おいおいおい、マジかよ……」


 シンがうめくような声を上げる。

 グレシルが槍を受け爆散した後、光の粒子が真っ赤に染まり再集結を始めた。

 赤い光はかたまりとなって、そこから人の形をした何か得体の知れないモノを形成していく。


 昔からボス戦は、第一形態から第二形態は必ずあると想定するのが普通だが。

 それは大抵は専用のフィールドで、こんな護衛クエストの最中に出てくるのは鬼畜ゲームくらいだ。


「ヤバいな、嫌な予感がする……」


 オレは小さな声で呟く。

 わずか数秒間で完成した姿のシルエットは、一見グレシルに似ていた。

 だけどよく目を凝らして見ると、その肉体は人間から大きく逸脱いつだつしている事が分かる。


 分かりやすく表現するなら、ファンタジーで良く出てくる──大悪魔のようだった。


 骨格は人間を真似ているみたいだけど、皮膚がまるで鎧のように変貌しており、その頭部からは二本の鋭い角が生えている。

 全身が禍々しいフォルムに変貌した怪物は、六枚羽を広げて咆哮ほうこうした。


『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』


「……っ」


 まるで叫び声が、ソニックブームのように叩きつけられる。

 軽く転倒しそうになりながらも、大技を使って硬直時間を課せられているオレは、信じられない光景に目を見張る。


「なんだアレは……」


 仲間達もおおむね同じような反応で、未だかつて見たことがない敵の完成形に困惑していた。


 洞察スキルが見抜いた情報によると、アレの名は、


 ──真紅の大悪魔〈グレシル・アークデーモン〉。


 魔王シャイターンが、血を分け与えた直属の部下。

 その強さは過去に〈ヘルヘイム〉第四から第六兵団を、たった単騎で壊滅させた程の怪物。


 人の皮を与えられていたが、敗れることでそれが弾け、内部に隠していた本性が表に現れるギミックになっていたらしい。

 相棒の〈ルシフェル〉から情報を受け取ったオレの額から、嫌な汗が流れ落ちる。


 冥国〈ヘルヘイム〉が有する騎士団の数字は、序列の意味も兼ねている。

 かつて自分達が相手をしたのは、その中でも片手の指にすら入らない第七騎士団。


 かなりギリギリの戦いをしたというのに、アレよりも上の数字を持つ三つを単騎で壊滅させる怪物は、強いなんてもんじゃない。

 このまま戦えば、確実に全滅する。


 しかも一番無視できないのは、奴に殺されると呪いによって天命が『20』も減少するらしい。

 かつてない強敵の出現、更には残機を大きく削る鬼畜仕様だ。


「全員気をつけろ! 奴に殺されると天命を20も削られるぞッ!!」


「「「「「なッ!!?」」」」」


 オレの警告に全員息を呑む。

 ヤツが放つとんでもない威圧感、しかも天命を削る特殊仕様に恐怖して固まってしまう。

 唯一前に出たのは動けない自分を除けば、強者との戦いを常に求めるチャレンジャー精神旺盛おうせいなクロだけだった。


 ヤバいっていうのに、師匠に似てんなあの妹弟子は……。


 不敵な笑みを浮かべ、硬直が解けると相棒の横に並び立つ。

 ヤル気満々な自分達を見た仲間達は、苦笑しながらもそれぞれ武器を構えた。


 後ろには、未だ修行中のセツナがいる。

 天命を削られるのはヤバいが、撤退だけは絶対に有り得ない。

 立ち向かう姿勢を見た敵は、主の変化と同時に禍々まがまがしいフォルムに変貌した曲刀を振りかざし、


『ガァァァァァァァァァァッ!』


 読み取る暇がない速度の飛ぶ斬撃を無数に放ってきた。


 初っ端からチート技かよ!?


 クロと前に出たオレは、二人で協力し後方の仲間達を守る為に、真っ向から切り払う。

 防御スキル〈ソード・ガード〉を発動しているというのに、一撃一撃が〈レイジ・スラッシュ〉クラスの重さだった。


「おおぉッ!」


「くぅッ!?」


 だがクロと一緒なら、この窮地でも切り抜けられると思っている。

 互いの隙をカバーしながら、向かってくる全ての飛ぶ斬撃を払った。


 攻撃の乱舞が止まった静寂の時間、そこで後方にいたシンが最大の一撃を放った。


「くらいやがれ、──火属性最上位魔術〈エクスプロージョン〉!」


 巨大な真紅の魔術陣が、敵を中心に展開される。

 シンが大量のMPを消費すると、陣の中心に超高熱のエネルギーが集中。

 指をこすり鳴らす音に応じ、巨大な爆発を引き起こした。


「やったか!?」


「シン、フラグを立てるのは止めてください!」


 ロウの言う通り、あの直撃でもHPゲージが二割しか削れていない。

 爆発の中で健在であるグレシル。奴が次にどんな行動をするか、最大限の警戒をする


 何が来ても対応できるように武器を構えている中、敵は真っ直ぐ此方に飛んで来た。

 過去見てきた中でも、断トツでメチャクチャ速い。

 爆風の中心地からあっという間に、オレとクロの間合いまで来て、


『グルオオオオオオ!』


 とっさにクロが〈瞬断〉で、オレが〈ストライク・ソード〉を放つ。

 敵はそれを正面から尋常ならざる動きで回避、止まらず強引に抜け切ってみせた。


「な……コイツ!?」


「止まらない!?」


 あっという間に最前線を抜けたグレシルは、そのまま硬直時間で動けないシンを狙う。


「やべぇ……」


「それはボクがさせません!」


 盾を構えて〈挑発〉を発動させる。

 グレシルの注意は強制的にロウに向き、二本の曲刀が鮮烈な緑色のスキルエフェクトを放つ。

 そこから繰り出されるのは、水平四連撃〈クアッド・デスネイル〉。


「ぐ……こいつ!?」


 真の姿となったことで、敵のステータスは大災厄に迫るレベルとなっている。

 一撃目で大きく後ろにノックバックさせられ、続く二撃目で左の盾を弾かれる。


 三撃目をギリギリ右の盾で防ぐが、そのまま四連撃目を胴体に受けてしまう。

 付与スキルで強化されているのに、そのロウを圧倒する強さ。

 HPが五割削られたロウは、背中から地面に倒れた。


 止めを刺そうと曲刀を振りかぶる横顔に、


「させないのじゃ!」


 イノリの放った風の矢が直撃する。

 クリティカルヒットでHPが一割削れるが、敵の攻撃が止まらない。


「やらせないわ!」


 ギリギリでシオの発動した〈挑発〉が、敵の意識を強制的に引き付ける。

 セツナを巻き込まない為に移動していた彼女は、盾と剣を構えて自身に向かってくる怪物と相対した。


「シオやばいのじゃ!?」


「大丈夫、見せてあげるわ。お兄ちゃんを超える流し技を」


 放たれる連続技をシオは見切り、オレ以上の精度で受け、角度を変えて流していく。

 それを可能としたのは、妹が生来持つ驚異的な『集中力』だった。


 極限まで集中することで、シオは数十秒間に限り敵の動きを完全に見切る事ができる。

 あの状態の妹に一撃を加えるのは、ハッキリ言ってオレでも難しい。


「ソラ!」


「ああ、急ぐぞ!」


 クロと突進スキルで加速しながら、シオ達に加勢できるように懸命に走る。

 妹は頑張って耐えているが、敵の攻撃が激しすぎて反撃ができない。

 あの状態のシオが防戦一方とは、今のグレシルは師匠クラスの瞬発力を持っているというのか。


 少しのズレが致命傷になりかねないため、イノリが矢を射るタイミングを測れないでいる。

 それほどの攻防、だがシオの集中力は敵の動きと違って無限に続くわけではない。


 このままでは間に合わないと判断し、天命を削って〈天使化〉しようとしたオレは、


「な……天使化できないだと!?」


『マスター、不味いです。このマップ周辺に〈セラフカース〉が展開されています』


「なんだそれ?」


『対天使用の呪いです。恐らく戦闘が始まる前に、敵はマスターを警戒して周辺に呪いのアイテムを仕掛けていたのだと思われます』


「そんなアイテムが……っ!?」


『申し訳ありません。発動条件がスキルを行使したらなので、気づけませんでした……』


 右上のアイコン下を見ると、天使の輪にバッテンマークが追加されている。

 普段〈天使化〉しないとはいえ、まさかこんなアンチアイテムが存在するとは完全に想定外だった。


 天使の力で加速することはできない、ならば全力で走り続けるしかない。

 そう思った矢先、遂にシオに限界が訪れた。


「ぐぅ!?」


 剣を弾き飛ばされて、胸に受けたダメージでHPを六割もってかれる。

 地面に尻もち付いた妹は、スタン状態となって完全に動けなくなった。


 不味い不味い不味いっ!

 一日に一度しか使えない加速スキル〈アクセラレータ〉を使用しているが、ギリギリ間に合わない。


 イノリが矢を放ちヘイトを稼ぐ、しかし反撃に例の飛ぶ斬撃を受けて、HPを半減させられる。

 あと少しで間に合うのだが、此方が飛ぶ斬撃を放つよりも敵の方が一手速い。


 誰もがシオの死を覚悟した瞬間、


「──ちょうど良いタイミングだったな」


 まるで空間転移をしたように、グレシルとシオの間に誰かが現れた。

 その人物は手にした二刀で、敵の曲刀を完全に受け止めた。


 まさか、アレは。


 見間違えるはずがない、あの和服と手にした二振りの刀。黒髪のクールビューティで、二十代前半の美女。


 世界最強の王者──シノだった。

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