第234話「セツナの部屋」

 双葉家から帰宅し、アストラルオンラインにログインをしたオレ達を待っていたのは、祈りで忙しいはずのクシナダ王妃だった。

 彼女は開口一番に、セツナとパーティーを組んだ状態のままなのか聞いてきた。


 左上に表示されているパーティーのHPに視線を向けると、自分を除いた六人のゲージがフル状態で確認できた。


「一々組み直すのが面倒なので、パーティーは組んだ状態のままです」


「ああ、良かった。それならば今からシオ様とお二人だけで、セツナの部屋まで同行をお願いします」


「わ、わかりました」


 言われた言葉に少し違和感を覚えながらも、なにかのイベントと思い頷く。

 理由までは教えてもらえず、近くにいたクロ達に入り口で待っているようにお願いをした後、王妃様に案内されて別館を目指すことに。

 別れ際にチラッとロウの様子を確認したが、彼はいつもの爽やか笑顔スタイルに戻っていたようで、取りあえずは一安心といったところ。


 先導して歩くクシナダ王妃は、こちらを一切振り向かずに城内を進んでいく。

 自分とシオは、彼女の背中を追い掛けて城の別館にまで移動した。


「セツナ姫、どうしたのかな?」


「……それは俺にもわからないなぁ」


 部屋に来るようにって事は、まさか無理をし過ぎたせいでセツナの調子が良くないのか。

 それとも大災厄の影響か何かを受けて、ラセツと似たような状態になってしまったのか。


 しかし左上にある彼女のゲージを見た限りでは、これといって異常は見当たらなかった。

 色々な不安を懐きながらもクシナダ王妃について行くと、数分くらいの短い時間でオレ達はセツナの部屋前に着いた。


 彼女は振り向くなり、苦笑交じりに扉を指差したら。


「二人に来てもらったのは他でもありません。いつまで経っても起きてこないあの子の部屋に入り、叩き起こして欲しいのです」


「部屋に入って……」


「叩き起こす……」


 頼まれた内容が余りにも普通すぎて、流石に呆然となってしまう。

 何か大変な事が起きているのかとビクビクしていたオレ達は、高貴なる王妃を前に間抜けな面を晒してしまった。


「別に良いんですが、それならばご自分達で入って起こされたほうが良いのでは?」


「実は恥ずかしながら、娘から部屋の出入りを完全に禁止されてしまって……」


「なるほど、そういう事ですか」


 見たところ確かに部屋の扉には、出入りできる者に制限が掛かっていた。

 設定は自身だけにしているみたいだが、詳しく確認してみるとパーティーメンバーまでは制限をしていない事が分かる。


 つまり彼女と組んでいる自分達は例外として、この制限に引っ掛かることなく入る事ができるわけだ。

 クシナダ王妃は、この事を知っているからオレ達に頼んだらしい。


 正直に言って寝てるのならば寝かしておきたいところだが、万が一にでも次の村でラセツと接触した場合、彼女に何で起こさなかったのか怒られる事が容易に想像できる。

 だからオレはクシナダ王妃のお願いを、快く受けることにした。


「わかりました、眠り姫を起こしてきます」


「パーティー機能で見たところ、セツナ姫の身に何か起こったわけじゃないので安心してください」


「そうですか、お手数をお掛けして申し訳ございません。セツナの事を、どうかよろしくお願い致します」


 祈りがあるからと言って、彼女は娘の事を自分達に託して去っていく。

 何度か部屋の方を見ていた様子から、かなり心配しているみたいだった。


 オレはシオと目を合わせた後に、部屋の引き戸に手を掛ける。

 普通なら引いてもビクともしないところだが、力を入れなくても鍵が解除された後に、横にスライドして扉は開いた。

 中に入ると出入り口は自動で閉まり、ガチャリとロックまで掛かる。


 引き戸で鍵とは何ぞや、と疑問に思うけれどここは忘れてはいけないファンタジーゲームの中。

 常識を気にしていてはプレイする事はできないので、構わずシオと明かりが点きっぱなしの室内に踏み込む。


 すると目の前に広がっていたのは、和風のホテルみたいな広々とした部屋に加えて。


 ──セツナにそっくりな長髪の美少女の大きな写真が、いたるところに貼られている凄まじい光景だった。


「こ、これは……」


「もしかしてラセツ姫かしら? セツナ姫って見かけによらず、シスコンだったのね」


「これって、シスコンって一言で済ませて良いのかな……」


 隣で冷静に解説するシオの胆力に感心しながらも、オレは目の前の光景を上手く飲み込めずにいた。

 ラセツは大人しい子らしい。写真はいずれも、優しそうな表情から笑顔まで色々なアングルから撮られている。


 しかも写真だけではなく、部屋には手作りらしきぬいぐるみが至るところにあった。

 どう見てもオタク部屋にしか見えないが、重要なのはここが姉であるセツナの自室だということ。


 確かにこれは、自身以外の者を部屋に入れることができない事に納得できる。

 自分ならば、バレたら発狂ルートからの一ヶ月は誰とも会いたくなくて引きこもり生活不可避。

 見なかったことにして退出したいが、オレ達の目的はセツナを起こすこと。


 行方不明のラセツを追いかけるためにも。


 心を鬼にして踏み込んだ自分は、部屋の中にある大きなベッドにシオと歩み寄った。

 幸いにもセツナは、浴衣姿で妹がプリントされた抱きまくらを胸に抱いて眠っていた。


 起きたら怒るのか。それとも心に甚大なダメージを受けるのか。はたまたその両方なのか。

 正にパンドラの箱に触れるような気分で、オレは彼女の肩を軽く揺すった。


「姫ー、起床の時間ですよー」


 声を掛けたら、セツナは反応してまぶたを薄っすらと開く。

 光が眩しかったのか直ぐに閉じてしまうが、んーと唸った後に再び目を開く。

 ぼんやりした可愛らしい寝起き顔を晒すお姫様は、気が抜けまくった声で呟いた。


「はにゃ……ソラ殿がいるという事は、ここは馬車の中……?」


「残念だけど、馬車の中じゃないんだ」


「ふぇ……」


 残酷な事実を告げたら、セツナはたっぷり数分間ほど固まってしまう。

 恐らく寝起きが良いタイプなのだろう。

 性能の良いパソコンのようにあっという間に覚醒した脳は、現状を確認するために周囲を見回す。


 だがどれだけ見回したとしても、周囲の景色が変わる事はない。

 半開きだった目を大きく見開き、彼女の顔は血の気がひいて真っ青になる。

 瞳に涙を浮かべたセツナは、ゆっくりと立ち上がり右手に──日本刀を召喚した。


 ギョッとなるオレ達の前で、手にしたカタナを抜いた彼女は切っ先を向けてきて、


「お主達を殺して、うちも死ぬ!!」


「おい、ちょっと待て落ち着け!?」


 恐ろしい速度で上段から振り下ろされた一撃を、ギリギリ両手で挟んで受け止める──真剣白刃取りを決めた。

 幸いにも筋力値はこちらの方が上らしい。

 刃はそれ以上進むことなく、オレとセツナはお互いに膠着こうちゃく状態となった。


 顔を間近まで寄せてきたセツナは、これまで周りに隠していた秘密を知られたことで、色々な感情が入り混じった複雑な表情をしていた。

 ただ言葉にしなくても、その瞳からは絶対に無事では帰さない覚悟をビシバシ感じた。


「誰にも言わないんで、命だけは勘弁して貰えないかな……?」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」


 込める殺意と共に、カタナを握る力は一向に緩んだりする気配はない。

 この状況をどう打破するかアレコレ考えてみるが、有効的なのは一つも思いつかなかった。


 なんせ実の妹の写真を飾りまくり、更にはぬいぐるみや抱きまくらまで見られてしまったのだ。

 自分ならば絶対に見た相手を逃がす気はないし、記憶がなくなるまで殴打しなければ精神の安定を保つことは不可能。

 つまり今のこの状況では、何を言ったとしても効果は無いし、最悪火に油を注ぐ結果になりかねない。


 このまま疲れるまで、耐久勝負をするしかない。そんな覚悟を決めていたら、


「そうよ、セツナ姫は恥ずかしがることないわ。だって──私も自分の部屋の壁に、お兄ちゃんの写真たくさん貼ってるから!」


「「……え?」」


 オレの妹はセツナの怒りをしずめるために、過去一のとんでもない爆弾を放り投げた。

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