第233話「大人達の会議」
場所は神居市東区にある喫茶店。
十年前くらいに作られた建物の中で、住宅街のど真ん中にある為に利用する者達は老若男女問わず多い。
オーナーの女性は海外で理想のコーヒーを追い求めていた経歴があるらしく、この店オリジナルのブレンドコーヒーの香り高く深みのある味わいに心奪われた客は多い。
本日は休日ということもあり、店内の席は全て埋まっていた。来店する客達は仕方なくテイクアウトを頼み、コーヒーと店の名物である分厚いカツサンドを手に出ていく。
運良く店内の隅っこの席を陣取る事に成功した二人の女性は、頼んだコーヒーを前にとても真面目な顔をしていた。
一人はカジュアルな大人の格好をしているクールビューティーの詩乃で、もう一人はメンズライク系ファッションの桐江。
冒険者権限で仕事を休み、お気に入りであるこの店に訪れた二人は、現在とある一人の女性を待っていた。
「まったく、もう待ち合わせの時間だっていうのに、アイツはどこをほっつき歩いてるんだ……」
「あの子には色々と頼み事をしているから、多少の遅れは大目に見てやってくれ」
「まったく、昔っから詩乃はアイツに甘いよな」
からかうように言った桐江に、詩乃は苦笑混じりに頷く。
「可愛い後輩だし、それにVRジャーナリストとして世界に数多くの伝手をもっている彼女の情報収集能力は、私と桐江にはない大きな強みだ」
「まぁ、負担が一番大きいのは間違いなくアイツだな。アタシも署内を冒険者権限で色々と調べてるけど、あの得体の知れない〈守護機関〉については、国が干渉できないヤバい組織って事くらいしか分からなかったし」
「冒険者権限か……。便利だけど、自分達が普通ではない存在になったんだと改めて認識させられるな」
「まぁね、アンタの気持ちは良く分かるよ」
今のこの世界で『冒険者』に選ばれた者達は、全員世界を救う一種の役職みたいな扱いとなっている。
ランクに応じて扱える権限が大きくなり、『ランクA』に至っている詩乃と桐江の二人は、大抵の情報は閲覧する事ができるようになっている。それこそ企業の機密情報まで、望めば容易に獲得できるほどだった。
と言っても好き勝手できるわけではない。権限を悪用したら〈罪過数〉がカウントされて、内容によっては一回で粛清される。
表沙汰にはされていないが、冒険者権限を失い脱落した者達は実際に何人かいる。
その度にプレイしている一般人の中から補充されるので、〈アストラルオンライン〉のプレイ義務を負っていなくてもトップ層に負けず劣らず頑張っている者達がいる現状だ。
ただ最近になって台頭してきた白騎士達は、今まで噂の一つも聞いていなかった詩乃達に大きな衝撃をもたらした。
「……白騎士か、ゲーム内でも突然姿を現した謎の勢力でレベルは推定だが90と聞く。私達が海の国で戦っている間に鬼国の〈暴食の大災厄〉を討ち倒したと聞いているが、そんな連中を最前線で一度も見てないのは余りにも不可解すぎる」
「しかも──王都〈ユグドラシル〉に所属する王国騎士団という特大のオマケ付きだ。アイツ等に関しては、怪しくない部分を探すのが難しいね」
今までの王族は全員表舞台に姿を現していたが、〈ユグドラシル〉にいる王族に関してプレイヤー達は一度もその姿を見たことがない。
住人達の話によると「王族は〈ユグドラシル〉の成長に祈りを捧げているから、滅多な事では城から出てこない」らしい。
そこで詩乃は王族関連のスペシャルクエストで獲得した称号、〈双剣の英雄〉を利用して最上段にある王城に桐江と共に向かった。
目論見通り称号で通してもらうと、城内の最奥で待っていたのは王女と呼ばれる白髪の少女、──アドナイ・ユグドラシルと騎士団長メタトロンだった。
アドナイはソラから〈アストラルオンライン〉の神の名だと事前に聞いている。
それを名乗った彼女が王都〈ユグドラシル〉を治める王女だなんて、どう考えても同一人物である可能性が高い。
だから詩乃は迷わずに、
「単刀直入で貴女はこの世界の神か? なんて聞くもんだから、あの時は隣でビックリしたよ」
「駆け引きをするなんて面倒だろ。ああいう得体の知れない奴を相手にする際は、何事も初手のインパクトが大事なんだ」
「まったく、物事には順序っていうものがあると思うんだけどね。……案の定違うって否定されたし」
「でも収穫はあった。アドナイの側には蒼空達と同じように、天使の力を有したプレイヤーがいた。外見の特徴からして、奴らはエルの側にいる者達と全く同じ。ということは少なくとも彼女は、現実世界にいるエルと何らかの接点がある可能性が高い」
騎士団長メタトロンを見た詩乃は、アバターが内に秘めるソラ達と同質の力を感じ取り、天使の力を有していると推測している。
名前の通りならば最上位の天使メタトロンだと思うが、フェイクの可能性もあるのでそこは断言し難い。
どちらにしても只者じゃない事だけは間違いないし、あの気配は以前にどこかで……。
「あるいは同一人物とか?」
記憶を
同一人物というワードから、今の話題がエルとアドナイに関するものだと詩乃は即座に理解した。
「……ああ、見た目はそっくりだけど雰囲気は全く違うからその線は薄いな。それよりは双子の姉妹という表現のほうが、ピッタリかもしれない」
「なるほどねぇ……」
納得しながら桐江は乾燥した喉を潤す為に、手にしていたカップの中身を一口だけ飲む。
砂糖を入れていないコーヒーの苦くも濃い味わいに目を閉じたら、
そこで彼女の両目を、背後から覆い隠す小さな手が伸びてきた。
「さてさて、誰でしょうか?」
「こんなくだらない事すんのは、アンタしかいないだろリンネ!」
「あれー。……おかしいですねぇ、念のために声色まで変えてやったのに一発でバレちゃいました」
「行動でバレバレなんだよ。……まったく、待ち合わせを一時間も遅れた成果はあったんだろうね?」
「それはもちろんです! あ、おねーさん! ウインナーコーヒーを一つに、アップルパイを一つお願いしまーす!」
注文をして席に座ったのは、ストリート系ファッションの金髪少女──
美人VRジャーナリストとして有名な彼女は、素顔を隠すためのサングラスにツバ広の帽子を被っている。
二人の前なら大丈夫と、サングラスを外した燐音は、背筋を伸ばしつぶらな碧い瞳で二人と向き合った。
「では先ず白騎士についての情報ですが、こちらは全世界に出現しているみたいです。いずれも各首都にある〈守護機関〉のビルを拠点としているようですね」
「あー、あのいつの間にか中央区にできてたでっかいビルか」
「ふむ、拠点と手駒を入手して一体何をするつもりなのか……」
桐江と詩乃の言葉に、燐音は頷いてスマートフォンを提示した。
「しかもあの中に人は入っていません。これは知人の冒険者が、偶然にも入手した証拠です」
詩乃は端末を手にして、桐江と一緒に見る。
動画の再生ボタンをタッチすると、そこにはハニワではなくドグウ型モンスターと戦う白騎士達の姿があった。
どうやら今回はドグウ型が人に害を及ぼすらしい。手にした盾で敵のドリル状の手から繰り出される攻撃を防ぎ、仲間の白騎士が側面からドグウを両断する。
勝敗は呆気なくついたかと思えば、真っ二つになったドグウの目からビームみたいなのが飛び出した。
油断していた一体の白騎士は、頭を撃ち抜かれて地面に倒れる。
倒れた衝撃で頭の鎧が地面に転がると、なんと騎士の首から上は、
──何もなかった。
詩乃と桐江は顔をしかめるくらいで、特に大げさに驚くことはしなかった。
それはある程度は予想していた、というのもあったからだ。なんせいきなり世界に出現した集団が、まともな生物であるはずがないから。
「中身なしか。一体どういう原理で動いているのか気になるが、エルはアレをモンスターの処理をするためだけに作ったのか?」
「詩乃先輩、現状ではそういう判断をするしかないですね。ただソラ様と対峙した騎士は、中に人がいると思いますが」
「ザドキエル……調べたんだけど、ヘブライ語で〈神の正義〉って意味だったね」
桐江は呟いた後に、コーヒーを飲み干して大きな溜息を吐いた。
「はぁぁぁぁ、まったくゲームの問題もあるっていうのに、現実でも問題が起きるのは簡便だね」
「まだ何か起きると決まったわけじゃないけど、警戒はしといた方が良さそうだ」
「他にも情報が入ったら、お二人にお伝えしますね」
前途多難だが、先ずは目の前の問題を一つずつ片付ける。
詩乃は苦いコーヒーを手に〈アストラルオンライン〉内で進めているスペシャルクエストの、現在の進捗について二人に話をする事にした。
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