第232話「欠けたメンバー」
危うく溺死仕掛けたところを何とか生還したオレは、休憩所として設置されたパラソル付きのベンチで休んでいた。
前方では浅いプールで水鉄砲を片手に、クロ達女性陣が中々に熾烈なバトルロワイヤルを繰り広げている。
ルールは三回被弾したらリタイアという、実にシンプルな内容。
真剣な表情で彼女達は相手に向かって手にした水鉄砲を撃ち、それを避けたり水面に浮いている大きな発泡スチロールを盾にする。
一進一退の高度な攻防を繰り広げる少女達は、隙をうかがいながら
何故あんなにも全力で戦っているのか説明すると、彼女達はどうやらもう一つの二人用のウォータースライダーで、最初にオレと一緒に
いつになく本気で戦っているのは、それが原因。ちなみに勝利報酬の提案をしたのは詩織である。
まったく兄を気軽に賭け事の景品に使うなんて、なんて恐ろしい妹なんだ。
呆れながらオレは、激しく動くことで揺れる彼女達の大胸筋から目をそらし、頭上に広がる雲一つない青空に視線を逃した。
「それにしても、本当に死ぬかと思ったなぁ」
「本当に生き返って良かったですね。死因が胸に挟まれて溺死とか、親友としてどんな顔をしたら良いのか分からないですよ」
「まさか男の夢の一つと言われている女性の胸に埋もれて死ぬを、本当に実行するなんて流石は蒼空だな」
「ふん、でっかい脂肪の塊にうつつを抜かして死にかけるなんて、修行が足らないんじゃないか?」
スポーツドリンクに口をつけていたら、イケメン二人とヨルが近づいてくる。
親友達は冗談で先程のトラブルについて語り、ヨルは唇を尖らせて苦言を
二人は僅かに距離を取って座り、ヨルは真横に腰掛けた。
「なんで志郎と真司は、オレから距離を取ったんだ?」
「いや、流石にその姿に近づくのは落ち着かないと言いますか……」
「志郎に同意、俺も流石に水着姿は意識しちまうから落ち着かないわ」
ズバリと本音を隠すことなく告げる二人に、思わず苦笑してしまった。
「なるほど、気持ちは分かるからしょうがないな。オレもお前らが性転換したら、同じ感じになるだろうし」
私服や制服と違って身体のラインが見事に出てしまう水着は、流石に女性である事を否が応でも認識させられる。
頬を赤くして明後日の方角を見る二人の複雑な心境は、自分にも十分理解できる。
「ふーん、性別を意識するなんて難儀なもんだな。その点で言えば俺様は、オマエが女だろうが男だろうが他の女の物だろうが関係ねぇ。全力で魅了してやるぜ」
ぎこちないやり取りを隣で見ていたヨルが、グラビアアイドルみたいな美しいポージングをしてみせる。
もしかして、家でこういう格好をする練習をしているのだろうか?
取り敢えずオレは、ドヤ顔をしているヨルに素直な感想を告げた。
「オマエは相変わらず、意味が分からんことを……」
「失礼な、俺様は本気だぞ!」
「はいはい、変なこと言ってるとまたイリヤに怒られ……」
今はこの場にいない弟子の名を口にしたオレは、ハッとなり途中で黙ってしまう。
隣にいるヨル達も舌打ちをすると、数年前を懐かしむように真司が
「あの時に俺達が〈サタン〉に挑もうなんて思わなかったら、今頃はアイツもここにいて女子達のバトルロワイヤルに混ざってたのかな」
「はは、間違いなくそうなりますね。彼女も蒼空の事が大好きでしたから」
「……そうだな」
真司と志郎の言葉に、オレは同意する。
同年代の金髪碧眼少女が水鉄砲を手に、あの場に交じる姿が容易に想像できてしまい、ズキンと微かな痛みを胸に感じる。
でも現実の彼女は消えてしまい、今は多くのベータプレイヤーと同様にあの世界に囚われてしまっている。
全員を助けるためにエルが提示した条件は一つだけ、それは〈アストラルオンライン〉をクリアする事。
奇しくもというか、不幸中の幸いというか。
自身が目指す〈魔王の呪い〉を解く条件と同じであり、一つ増えてしまった責務。
ヨルは隣で「ほんと世話が焼けるぜ」と愚痴をこぼすが、彼女と仲が良かった彼の横顔はどこか妹を心配する兄か姉のような雰囲気を感じさせる。
アメリカ人のハーフであったイリヤは、持ち前の明るさでムードメーカーとしてチームを支えてくれていた。
だからこうして昔のメンバーで集まると、彼女の存在の大きさを否が応でも意識させられてしまう。
──脳裏に思い出すは、当時のSNSでスカイファンタジーの不敗伝説を記録していた〈黙示録の狩人〉が、同じメンバーで挑戦する回数に制限のある最高難易度のエンドコンテンツ〈サタン〉に最後の一回で敗北した事。
──自分達は、リアル視聴していた世界中の人達の期待を裏切ってしまった。
──ファン達の多くは最後のラストアタックで倒しきれなかったイリヤを庇護する側と中傷する側で別れて、そこに沢山の無関係な人達が祭りに参加するように騒ぎが肥大化した。
──結果として彼女の両親はネットの世界から離すことを決めて、オレ達との関係も全て断った後に神里市から引っ越した。
イリヤの両親が、今どこで何をしているのかは分からない。でも間違いなアスオンのベータ版をプレイ中に、消えてしまった娘のことを心配しているはずだ。
四人で黙って少女達を眺めていたら、青い空を見上げる志郎が心境を
「……ボクは、今も自分の事が許せないでいます」
「志郎?」
「ボクはチームの盾なのに、大切な仲間であるイリヤさんの事を誹謗中傷する者達から守ってあげる事ができませんでした」
「いや、志郎は当時頑張っていただろ。有名実況者や芸能人、色んな人達に協力してもらって個人を攻撃するのは止めるように訴えかけてたのをオレは知ってるぞ」
親が芸能人である志郎は、そこの伝手を頼って批判と誹謗中傷を
どうしようもない状態を、少しでも良い方向に持っていこうとオレ達は奮闘した。
その中で一番頑張っていたのは志郎だ。
だけどそれでも相手にしていたのは──騒ぎに乗じて毒を吐く部外者。
効果は、一部の者達にしかなかった。
荒らしは止まることなく、根本的な解決は不可能だった。
「……それでもダメでした。ダメだったんです。言葉が通用しない人達というのは、誰から何を言われようが自身のストレスのはけ口、或いは有名な者達だから批判しても良いと毒を吐く。声を大にして言ったら全員がやめてくれるのは、甘い幻想だったんです」
「…………」
珍しく感情をあらわにする志郎を前に、オレは驚きのあまり言葉を失った。
真司とヨルも同じ心境らしく、普段見せている爽やかなイメージとは全く異なる意外な一面に固まっていた。
一分にも満たない静寂の中、ふと我に返った志郎がいつもの爽やかな笑顔を浮かべる。
「すみません、ボクともあろうものが少し熱くなりすぎましたね。向こうで一泳ぎして、頭を冷ましてきます」
「おっと、待てよ親友! それなら俺も付き合うぞ!」
逃げるようにこの場から去る彼の背を、いつも一緒にいる真司が追いかける。
何だか分からないけど、今の志郎を放っておくことはできない。
そんな気がしたオレは、二人を追い掛けようと立ち上がる。するとその肩をヨルが軽く叩いた。
「アイツは俺様たちに任せとけ。今の超絶美少女なオマエが聞いても、ドキドキしてマトモに会話ができないだろうしな」
「いや、でも……」
「それに女達の勝者が決まったみたいだぞ。せっかく病弱な祈理が、思う存分に遊べてるんだ。オマエはあっちの輪に入っとけ」
軽いウィンクをしたヨルは、手を振って違うプールで競泳を始めた二人の元に向かった。
かつてのチームを仕切っていた〈黙示録の狩人〉の団長ならば、きっと上手く志郎の事をフォローしてくれるはず。
気にはなるけど、ヨルが言ったこの時間を大切にするのも重要な事である。
三人と入れ替わるように詩織達が駆け寄ってくると、恋人の銀髪少女が満面の笑顔で手を上げて勝者アピールをする。
「わたしが勝ったよ! というわけで、今からアレで一緒に滑ろう!」
「うん、わかった」
モヤモヤする気持ちを抱えながらもオレは、クロの手を取りウォータースライダーに向かう事にした。
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