第231話「水着サービス」

 この神里市で指折りの資産家である双葉家の屋敷内には、大きなプライベートプールがある。

 テーマは自然の中にある池をイメージしており、周囲には自然を感じられるように植物が植えられている。

 様々なドリンクや手軽に摘める和洋中の軽食が事前に用意されていて、オレは改めて祈理の実家である双葉家の財力に感心してしまった。


 ──ところでなんで休日に四葉家のプールに、冒険者の責務である〈アストラルオンライン〉の攻略を休んで集まることになったのか。


 それは今年の夏は全員攻略にいそしんでいたので、羽根を伸ばしてもらいたいと祈理が提案したから。

 大きな理由はそんな所で、もう一つは祈理が抱えている病弱な身体が〈アストラルオンライン〉の冒険者効果で多少改善されたから、この機会に泳いで遊ぶ貴重な経験をしたかったのだろう。


 数年前は何度も計画はしたけど、彼女の体調が優れなくて何度も断念した。

 小さい頃から他人とゲームの中でしか、プールという場で遊んだことのない祈理にとってはこの上ない好機である。

 まさか〈アストラルオンライン〉の影響とはいえ、こんな形で彼女の念願だった一つが実現した事に、オレは密かに感動していた。


「み、みんな今日は来てくれてありがとう……」


 皆の前に立った祈理は、青いカーディガンを羽織りその下に三角ビキニを身に着けている。

 細い手足の綺麗な身体のラインもさることながら、何よりも存在を強調しているのはメロンのように大きい二つの大胸筋。


 それを目の当たりにしたオレ達は、その圧倒的なスケールにすっかり飲まれてしまった。


(((で、デカい……)))


 男性である自分と真司と志郎は勿論のこと、クロと詩織ですら釘付けになってしまっている。

 唯一彼女の胸を前にして平然としているのは、今回珍しく呼びかけに応じて姿を現した〈宵闇よいやみの狩人〉の団長ことヨルであった。

 上下黒のスカート付きの水着を身に着ける性別不明の彼は、ツインテールにした黒い長髪を揺らしながら祈理の前に仁王立ちした。


「相っ変わらずデケェなぁ、一体何を食べたらそんな育つんだイノリ」


「ヨル団長、胸の話はやめてほしいです……」


「わるいわるい、ソレを見ちまうとつい聞かずにはいられなくなるんだぜ。いつもは制服の上からだが、水着だと威力百倍だな! ──見てみろよ、シンとロウなんて直視できなくてお空を見上げちまってるぞ!」


「いやいや、ガン見するのは失礼だろうが」


「相変わらず下品ですね。これだから貴方を呼ぶのは嫌なんですよ」


 真司と志郎が揃って、珍しく苦言を口にする。

 しかしヨルは、そんな二人の言葉を軽く無視して、呆れているオレの方を見た。


「ふふーん、どうだソラ。俺様の水着姿は美しいだろう?」


「ああ、綺麗だと思う。だけど相変わらず、絶妙に性別が分からん水着を着てくるなぁ……」


「分からないのが一番妄想をはかどらせるんだ。俺様は常にミステリアスに生きていたいのさ」


「な、なるほど……?」


 分かるようで、分からないようなセリフ。

 モデルのようなポーズを決めるヨルに圧され、困惑しながらも頷いてしまう。


 確かに身体にはムダな脂肪は一つもなく、肌も真っ白で美しいと思った。

 綺麗という言葉を貰ったヨルは、満足そうな顔をして真司と志郎にチョッカイを掛けに行く。

 露骨に嫌そうな顔をして逃げる二人を、彼が追いかける光景を眺めていたら、


「ソラ、一緒に泳ごう!」


 健康的なワンピース型の白い水着を身に付けたクロが、笑顔で腕にしがみついてきた。

 白銀の髪と相まって彼女の姿は、正統派清純ヒロインって感じがする。

 眩しい笑顔に見惚れながらも、オレはクロの誘いに頷いた。


「もちろん、その為にこの服を選んだからな」


 自分が選んだのは、フィットネス水着と呼ばれる露出の少ないもの。

 上は袖なしタイプでぴっちりしており、控えめな胸が少しばかり強調されている。下半身はスパッツに近い感覚で、伸縮性のある素材は窮屈さを全く感じさせない。

 可愛さとか女の子らしさは一切ない、美しいスポーツマンって感じの格好であった。


 ──これが、今のオレが着れる精一杯の水着だ。


 先程の更衣室で水着に着替えた妹に引っ捕まり、色々と着せ替え人形にされた恐ろしいトラウマに身体が震える。

 オマケに着替えたら着替えたで、今度は詩織がサンオイルを塗って欲しいだの頼んできて、そこからクロや祈理も……。


 いかんいかん、思い出すと血圧が上がってしまう。

 センシティブな記憶は全てほうむることにして、今はクロと友人達との時間を全力で楽しむ事に専念する。

 そんな決意を胸に恋人の水着姿を目に焼き付けていると、


「お兄ちゃん、私達も混ぜて」


「われも、混ぜてほしいです……」


 花柄の紐ビキニを身に着けた詩織が、未だに赤面している祈理の手を引いて側にやってきた。


「もちろん、四人なら何が良いかな」


「それならウォータースライダーとかどう?」


 詩織が指さした先には、大型レジャープールレベルの超巨大な滑り台があった。

 あのレベルなら確かにボートに乗って四人でも滑れると思うし、良い提案だと思う。

 ただ一つだけ疑問なのは、


「なんで家のプールにあんなものが……?」


「……母の趣味です」


「すごく面白い趣味だね」


 祈理の回答にクロが感心しながら、巨大なウォータースライダーに目を輝かせる。

 というわけで四人で施設のスタート地点に雑談をしながら向かい、頂上で事前にメイドさん達が用意していた円形のゴムボート前に到着した。


「ゴムボートって、こんなに小さかったかな? 四人で乗ると、かなりキツキツなんだけど……」


「女の子三人と乗れるのよ、男の子なら無言で喜ぶところじゃない?」


「わたしは、全然気にしないよ」


「われも、だいじょうぶです……」


 オレ以外の三人は、さっさとゴムボートの座る場所を決めて乗り込む。

 足を曲げて座っても肌が触れる密度。こんなのに乗って滑ったら、この後どうなるのかは容易に想像できた。


 でも恥ずかしいからと言って、メンバーから外れることは絶対に許されない。

 期待のこもった眼差しを向けるクロと祈理に折れたオレは、残る狭いスペースに体育座りで入った。


「それではお嬢様方、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 メイドさんが二人掛かりで押して、ゴムボートは次第に平坦な状態からななめになっていくと、

 完全に滑り台に乗ったボートは、勢いよく長い坂道を滑降かっこうした。


「「「きゃあああああああああああああああああああ!!?」」」


「みんな、絶対に取手から手を離すなよ!」


 恐怖からではなく、心の底から楽しそうな悲鳴を上げる三人に、色々な意味で大惨事を避けるためにも注意を促す。

 真っ直ぐシンプルなウォータースライダーは、まさにジェットコースターの如く。

 あっという間に終着点に到達すると、そこからプールにダイブして大きな衝撃が襲い掛かる。


「ひゃあ!?」


 水飛沫が上がりオレ達に降り注ぐ中、うっかり手を離してしまった祈理が正面にいたオレにしがみつく。

 自分の顔よりも大きい胸にサンドされ、呼吸が完全にできなくなる。

 驚きと想定していても対応不可能の事態に、手を滑らせてボートから転落する。


「むごー、ごぼぼぼぼぼ!!?」


 一緒にプールに落ちた祈理は水面の上で、抱き締められた自分は水の中。

 デカいのに挟まれるのは男のロマンと聞いていたけど、こういうことなのか。

 偉大なる母性に包まれたオレの意識は、そのまま闇の中に落ちていった。

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