第229話「休憩は大事」

「うーん、やはりというかラセツには会えなかったか……」


 参之村に到着したオレ達は、いつものように二手に別れて聞き込みクエストを済ませた。

 だがやはりラセツは既に出発した後で、村人達から聞けたのは彼女がいた事と、次の『四之村』に向かった情報だけだった。


 セツナは今すぐにでも向かいたそうな顔をしていたが、今日は二回も長距離移動をしているので、ここから更に次の村を目指すのはしんどい。


 気分転換に茶屋で『小豆あんの団子』と『みたらし団子』を食べることを提案したら、皆も疲れていたのか快く了承してくれた。

 時代劇のドラマなんかでよく見かける、入口に暖簾のれんが吊り下げられた木造建ての家屋で注文を済ませ、各々完成した料理を受け取る。


 外に和式のオープンテラスがあったので、オレ達はそこに腰を落ち着ける事にした。

 シンとロウが『小豆あん派かこしあん派』で論争を始めたのを尻目に、自分はもくもくと甘い団子を頬張る。


 クロやイノリはあっという間に完食し、次にきな粉の団子とかずんだもちとか、色んな和菓子に挑戦していた。

 ただ新作の『キュウリ味』に関しては、挑戦とかそういうレベルを超越した狂気を感じるが。


 幸せそうな彼女達を微笑ましく眺める一方で、端っこの方で注文したキュウリ味の団子に全く手を付けていないセツナに注目する。

 鬼のお姫様は湯呑を片手に、なにやら思い出に浸っているようで、どこか遠くを見るような目をしていた。


 理由は言うまでもなく、未だに一度も会うことができない妹について考えているのだろう。

 何となく距離を詰めて一つ慰めの言葉でも掛けようかと考えていると、彼女は湯呑に視線を落としながら小さな声で呟いた。


「この茶屋は有名で、何度もラセツと城を抜け出しては、こうして一緒に新作団子の味について語っていたんだ」


「……なるほど、昔から姉妹揃ってチャレンジャーだったわけか」


「ふふ、そうだな。こうしていると一ヶ月前に、二人でゴーヤを練り込んだ団子にチャレンジしていたのが嘘みたいだ……」


 なにその恐ろしい団子。

 ゴーヤの肉団子というのは実際に存在するけど、和菓子のお団子にゴーヤを利用するのは斬新というかチャレンジ精神旺盛おうせいすぎるというか。


 ちゃんと臭みを処理できていれば良いけど、できていなければもはや爆弾に等しい。

 少し引き気味のオレに、セツナはその時の妹とのやり取りを一つ一つ思い出すように語った。


「……団子単体だと、流石に苦すぎて食えたものではなかった。でもラセツが甘さで補えばマシになるのではないかと言い出して、実際に店主に試してもらったら、これが何とあんこの甘さが逆に苦さを引き立たせるスパイスになってしまった」


 ──つまり、不味かったんだな。


 喉元まで出掛けたその一言を、オレはギリギリの所でぐっと飲み込んだ。

 真面目な雰囲気も、話の内容のインパクトがでかすぎて台無しになっている。


 だが彼女の横顔は、真剣そのものだった。

 セツナはお茶を一口飲み、ゴーヤ団子の思い出を苦々しい表情で語り続ける。


「正直に言って、美味しくはなかった。あんこの甘さの中に、団子を噛みしめる度に口の中に追撃のように広がる苦み、二つが打ち消し合うのではなく混ざることで引き起こされる不協和音ふきょうわおん。ラセツとうちは、この団子は有りか無しか小一時間ほど熱い議論したけど、最終的には無しに落ち着いたよ」


「二人は本当に仲が良かったんだな」


「うむ、昔からラセツとはケンカした事はなかった。あの子の技術は超一流だけど、実際はとても臆病な子で、いつもうちの背に隠れていたから……」


 急に隣に置いてあった団子の串を掴み、一口だけ食べたセツナは、眉間に小さなシワを寄せる。

 キュウリ味は、あまり美味しくはなかったのだろう。すぐさま片手に持っていたお茶を飲むと、ほっと一息いた。


「はぁ……あの子は今頃、どうしてるんだろう。そんなことを考えると、ここ最近はろくに眠れてないんだ」


「ああ、だから馬車の中で何度も寝落ちしそうな感じだったのか」


 馬車の移動時にセツナは外を眺めながら、うつらうつらと船をいでいる姿を頻繁ひんぱんに見せていた。


 身内の事を心配して、不眠症になるとは。

 初めて会ったときは、高飛車な感じでどう付き合っていくのか悩んでいたが、今ので一気に親近感がわいてきた。


 微笑ましく思っていたら、セツナは小さな胸を前に張って自信満々に告げる。


「大事な妹が辛い目にあっているんだ。姉がのうのうとしているわけには、いかないだろう?」


「……うーん。気持ちは分かるけど、その調子だといざという時にミスをするぞ」


「ふん、余計なお世話だ。常在戦場の心であれば例え不眠不休であろうと、武器を手に戦うのが鬼族である」


 半ば呆れ気味に指摘したら、セツナは眉をひそめ顔をプイッと背けてしまった。

 戦えるという問題ではないのだが、こういう変にプライドの高い相手は、どう言ったらちゃんと聞いてくれるのか。


 困っていると見かねたシオが、クロ達の輪から外れてやって来る。

 それからセツナの隣に、一言ことわってからそっと腰掛けた。

 妹は顔を背ける彼女の肩に手を掛けて、優しい声で語りかける。


「セツナ姫が心配するのは、よーく分かるわよ。でも私がラセツ姫の立場だったら、無理をしてボロボロになって追い掛けてきた姉の姿を見ても、嬉しいと思うより辛い気持ちの方が勝るんじゃないかしら」


「……な、なんでそうだと言える?」


「うちには、すーぐボロボロになるおバカさんがいるからよ。それも他人の為に動いて、全部解決したら裏でこっそりぶっ倒れる特大のおバカさんがね」


 いやー、一体ダレダロウネー。

 鋭い視線が自分に、グサッと突き刺さる。

 想定外の被弾に何も言い返せなかったオレは、心の中でとぼけて沈黙する事しかできなかった。


 シオはそんな姿を見て、小悪魔のような微笑を浮かべた後、再びセツナの方を向いた。


「セツナ姫だって、自分が助けてほしい時に妹のラセツ姫が傷つきながら助けに来たら、素直に喜べる?」


 問い掛けられたセツナは、今度は閉口して視線を地面に落とした。

 唇は横一文字に固く結び、お茶が入った湯呑を握る手は小刻みに震えている。


 立場が逆だったらと考える彼女は、どうやら悩んでいる様子。

 それから数分くらい時間が経過し、その間ぜっと眉間にシワを寄せていたセツナは、小さな唇を開いてポツリと呟いた。


「………………………嬉しい。けど……とても辛くなる、かも……」


「そうでしょ。それなら元気な姿を見せてあげた方が、貴女のためにもラセツ姫のためにもなると私は思うわよ」


「ラセツのためになる……」


 視線をそらすことなく、真っ直ぐ見つめるシオの言葉を繰り返し口にしたセツナは、


「……分かった。確かにその考えは、一考の価値があるな」


 残っていた団子を一気に食べ尽くし、キュウリ味の何とも言えない味わいに苦笑した。


 流石は、このパーティーのボス。


 容易く説得してのけたシオは、オレの方を見て得意気な顔をする。

 長年の兄妹歴から「後でなにかご褒美を請求するからね」という雰囲気を感じ取り、何だか背筋がゾッとした。


 こうして一休憩を終えたオレ達は、三之村から出発して一度王国に戻る事にした。

 帰りの馬車で、セツナは完全に熟睡モードに入り、国に到着するまで起きることはなかった。

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