第227話「師匠の仕事」

 翌日、やはり大災厄の影響なのか、世界には砂嵐が発生するようになった。

 しかも今回は初回からモンスターが出現して、朝っぱらからハニワがランニングする女性に並走するという、頭が痛くなるような不思議光景を目の当たりにした。

 普通に受け入れてる事を疑問に思ったオレが女性に尋ねたところ、ハニワは無害だと朝のTVニュースでエルが言っていたらしい。


 アレは前回のカニと同じで味方枠なんだろうか?


 クロは可愛いマスコットみたいと言っていたが、自分からしてみると不気味でしょうがなかった。

 そんなこんなで、午前の授業が何事もなく終わった昼頃。

 帰宅と同時にログインをしたオレは、城の中で思い掛けない人物を見かけた。

 それはなんと、自分とクロの師である双刀使いのシノであった。


「頼まれていた城内に忍び込んでいた〈闇の信仰者〉は、全員残らず始末した。次のクエストはなんだ?」


「おお、流石は〈双刀の軍神〉よ。次は将軍から報告を受けている、街の方に潜んでいる奴らの拠点を潰してほしい」


「わかった、倒した敵の機密文書で大体の位置は分かっている。……今、入口前で待機している仲間達にゴーサインを出したから、後数分くらいあれば全て制圧できるだろう」


 うわぁ……敵が可哀想になるくらいに、徹底的な効率攻略してやがる……。

 拠点が同時に攻められるとか、敵からしてみたら恐怖でしかないだろう。

 きっと海の国でも、こんな感じで効率よくクエストをこなしていたんだろうな。

 恐ろしいと思う気持ちで王妃と師匠の会話を、クロと物陰から眺めていたら、


「む、この気配はソラとクロか、そんなところに隠れてないで出てこい」


「し、師匠……ついに感知スキルを取得したのか……?」


「すごーい、ソラみたいに一度も見ないでわかるんだ」


「気配には個人差があるからな、修行をしたら大体どれが誰なのかは見なくても分かるようになるぞ」


「プロゲーマーの人でも大体の強さがわかるくらいで、そこまでの精度で識別できるのは師匠だけだよ……」


 感激するクロを尻目に、オレは改めて自分の師匠がどれだけ異常なのかを再認識する。

 理論は理解できるけど、それは例えるならば他人の指紋を覚えるような人外の所業である。

 そんな師匠の隣りにいる王妃のクシナダヒメは、当然ながら彼女が何を言っているのか全く理解できなくて、ニコニコしながら首を傾げていた。


「それで、おまえ達は第二皇女ラセツを追っているんだろう。進捗はどんな感じだ?」


「え、それは……。昨日で壱之村が終わって、今日は二之村とできたら三之村に行こうかなって考えてるけど……」


 ちゃんと宿題をやったか姉に聞かれる、弟のような気分だった。

 ちなみに今年の夏はTS化と〈アストラルオンライン〉攻略に集中していたら、宿題のことなんて綺麗サッパリ忘れていた。

 怒られると思っていたら冒険者権限で免除されたから、ある意味ラッキーであった(もちろん担任から小言は聞かされたが)。


「なるほど、順番に進めていかないといけないタイプか。最短で進んだとしても、最低でも一週間近く掛かるかも知れないな」


 オレの言葉から、すべて察した師匠は大体のクエスト最短攻略日数を導き出す。

 もちろん、これは何事もなく進めた場合の話であり、シナリオの展開によっては倍以上になったりもする為、あくまで目安の一つにしかならない。


「師匠はその間に、全部終わらせそうな勢いだなぁ」


「ああ、今はリアルの方で調べ物をする時間を、少しでも長く取りたいからな。極力こちらの時間を、短く済むようにしているんだ」


「調べ物?」


「……本当はこの件に子供は巻き込みたくなかったが、おまえも無関係ではないから話しておくか。実は〈アストラルオンライン〉が現実に影響を及ぼしてから、私は〈スカイファンタジー〉の運営からの依頼で、とある調査をしているんだ」


「運営から師匠に依頼……って、一体何を調べてるんだよ」


 コンプライアンスを考えるならば、普通は聞いてはいけない事だが、“アストラルオンラインが現実に影響を与えた後”に引っ掛かりを感じたオレは、思わず質問をしてしまった。

 断られて当然の話だが、師匠は周囲を軽く警戒した後に、オレを再び見据えた。


「この世界なら、聞かれる心配は要らないだろう。それにヤツに関しては、オマエは無関係ではないからな」


「ヤツ……?」


「良いか、一度しか言わないからよく聞けよ。私が依頼されたのは、──エルの正体と目的を探ることだ」


「は? それって、どういうことだ?」


 一瞬思考が停止しかけた。

 プロゲーマーである師匠に探偵のような事をさせるのは、全くわけが分からない。

 そして、その話をオレにしたということは、師匠は運営の依頼を受けたのだろう。


 でも一体どうして……?


 親友であるアリサとハルトが巻き込まれて、行方不明になったからなのか。

 困惑するオレの様子を見た師匠は、次に衝撃的な内容を口にした。


「依頼を受ける代わりに、面白いことを聞かせてもらった。……それは今から十一年前、おまえがまだ五歳くらいの時にVRヘッドギアと世界初のVRMMO〈スカイファンタジー〉が公表されたんだが。その技術と元になるゲームデータを大手ゲーム会社に提供したのは……白髪の少女だったらしい」


「「っ!?」」


 師匠が明らかにした内容に、オレは驚きの余り言葉を失った。

 これにはクロもびっくりしたらしく、何度も自分と師匠の顔を交互に見て、完全に落ち着きがなくなってしまっていた。


「ちょっとまて、ということはオレ達が今使っているヘッドギアと、昔プレイしていた〈スカイファンタジー〉は全てエルが関わってるって事か?」


「私が聞いた情報が嘘ではなく本当だとしたら、そういう事になるな」


 仮にエルがヘッドギアと世界初VRMMOの開発に大きく関与していたとして、その目的は一体何だったのか。

 超常的な力を持つ彼女なら、そんなことをしなくても優秀なスタッフ──それこそ白騎士のような──を集め、自力で作ることができるはず。


 わざわざ自身の力ではなく、最初に必要な土台だけを他企業に丸投げして消える意図が全くわからない。

 仮に自らの力でゲームを作れなかったとしても、十年間もサービスを続けている〈スカイファンタジー〉は紛れもない神ゲーだ。


 自分なら絶対に最後まで制作に関わると思う、それを丸ごと譲渡するなんてまるで……。

 頭の中に思い浮かんだ一つの可能性を、シノはあっさり口にした。


「あくまで私の予想だけど、彼女は大手企業を利用してVRヘッドギアと〈スカイファンタジー〉の二つを世界にばら撒くのが目的だったんじゃないかと考えている」


 世界にばら撒くのが目的。

 現状と照らし合わせて、そこから導き出される答えはもはや一つしかなかった。


「……まさか〈アストラルオンライン〉を作るために?」


「良い読みだ、流石は私の弟子だな」


「でも借りに〈アストラルオンライン〉を作るのが目的だっとして、彼女は次に一体何を企んでいるんだ」


「そこまでは私も分からない。……だけどこの状況が意図的に作られたものだと仮定すると、もしかしたらおまえの呪いも、彼女の計画の内なのかも知れないな」


「オレの呪いが、エルの計画の内……」


「いずれにせよ用心しろ。他に何か分かったら、こうしてゲーム内で情報共有をしよう」


 話が終わると師匠は、この国に蔓延っている〈闇の信仰者〉達を殲滅するために立ち去った。

 少しだけ棒立ちしていると、隣にいたクロが心配そうな顔で手を握ってきた。


「ソラ、大丈夫?」


「……ああ、エルの事は気になるけど考えても仕方がない。今はラセツの事に集中しよう」


 後に馬車で二之村に向かったオレ達は、そこでもラセツと接触することはできず、次の三之村に向かうことになった。

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