第226話「鬼姫の追跡」

 壱之村に到着する。そこは先程クロの両親といた場所であった。

 住人達は自分の姿を見て、戻ってきたのかという不思議そうな顔をした後に、その隣りにいるセツナを見て目ン玉が飛び出そうな顔をした。

 まぁ、彼等が驚くのも無理はない。何せ種族のトップに君臨する、お姫様が現れたのだから。

 代表っぽい鬼族の男性が陸上短距離走の、選手全速力でやってくるなり、そのままダイナミックかつ綺麗にひざまずいてみせた。


「せ、セツナ姫。この度は私達の村にお越しいただき、誠にありがとうございます!」


「うむ、そんなに畏まらなくて良い。うちは村を視察に来たわけではないのだから」


「は、承知いたしました。では一体何用で村に……?」


「あの冒険者達に案内をしているだけだ。だから、うちの事は気にせずいつものように生活をしろ」


 案内と聞いて鬼人族の男性は、「なんで姫様が直々に?」と不思議そうな顔をする。

 実にごもっともな反応だけど、セツナは説明を拒んでこれを睨んで一蹴した。

 姫の怒りを買うわけにはいかないと、彼は慌てて口を塞ぐ。

 強制的に話が終わったら、男性は恐縮そうに頭を下げながら村の中にある一際大きな屋敷に戻っていった。

 セツナはふん、と鼻を鳴らしてオレを見た。


「それで、ここからどうする?」


「……そうだなぁ。先ずは情報を集めるのが先決かな」


 目の前に表示されているのは、村人達からラセツに関する情報を集めるという内容。

 最低でも聞かなければいけない人数は合わせて二十人。しかも誰でも良いわけではなく、頭の上に『?』アイコンが浮いている人物が対象となっている。

 この手の人探しでは、よくある情報収集のタスクだ。しかもパーティーを組んで入れば、手分けして消化ができるっぽい。

 というわけでオレ達は、二手に分かれることになった。

 組分けはオレとクロとセツナ、他四人が組んで村人達からラセツに関する情報を聞いて回る流れである。

 イノリは不満そうな顔をしていたが、そこはシオが説得することで不承不承ふしょうぶしょうながらも納得してくれた。

 それからオレ達は、手分けして対象の村人を求めて行動を開始する。


「というわけでクエストマーク持ちを探さないとな」


「パッと見はわからないね」


「クエストマーク……天上語は良くわからないが、ようは行方をくらませたラセツに関して、知っていそうな奴の〈気配〉を探せば良いのだろう?」


「んー、まぁそんなところかな。オレは目で探さなくても〈感知〉スキルと〈洞察〉スキルを併用することで、村の中で誰がマーク持ちなのか探せるけど」


「な……あの伝説の天眼をもっているのか!?」


 ──天眼、一般的な意味は肉眼では見えない事でも自在に見通すことができる、神通力じんずうりきのある目。あるいは千里眼とも呼ばれる名称だ。

 流石に全てを見通せるわけではないが、少なくともそれに近しい効果がある。


 そういえば、このスキル伝説扱いされていたな。こうも大げさに反応されると、なんだかこそばゆい思いだ……。


 そんなこんなで、広げていた知覚が他と違う人物を発見する。

 プレイヤーは『青』この世界の住人であるセツナ達は『緑』モンスターなどは『赤』なのに対して、クエスト対象の人物は緑色のアイコンの上にビックリマークが浮いている。

 オレは近辺に一人発見すると、二人にこっちだと言って道を先導した。

 セツナは最初「いや、そんなまさかな……」と疑っていたようだが、アイコン持ち──彼女から見ると奇妙な気を纏っているらしい──店員の女性を発見すると、オレの顔を信じられないと言わんばかりに凝視した。


「これは驚いた……まさか本当に天眼持ちとは……」


「その件はもう良いから、とりあえず彼女から話を聞こうか」


 衣服を扱う店で働く女性に声を掛けて、怪しい少女がここに来なかったか話を聞いてみる。

 すると数日前に、苦しそうな様子の顔を隠した少女が来店したことを教えてくれた。

 帯刀をしていたので深くは追求しなかったが、なんでも〈ハイド〉効果のある服を購入して去って行ったらしい。

 一応変な装備をしていなかったか聞いて見ると、異国の鎧やアクセサリーなどは見当たらなかったと教えてくれた。

 女性にお礼を言って、次のアイコン持ちを探しに出る。


 ──そして他五人くらいに話を聞いて見たのだが、いずれも少女が買い物をしていた事くらいしか情報は提供されなかった。


 ただその内容は食料品とか回復薬類とかで、最初の〈ハイド〉効果の服を除けば、ごく一般的な買い物であった。

 村の反対側で、最後の一人に話を聞いているらしいシオ達四人を待ちながら、オレは集めた情報からラセツの状況を推測する。


「ふむ……今のところ得られてる情報だと、ヘルヘイムや〈闇の信仰者〉が関わっている可能性は限りなく低い。多分だけどラセツは、〈暴食の大災厄〉に取り憑かれてる可能が大だな」


「ちょっとまて、そうなるとうち達とあの騎士達で協力して倒した怪物は何だったんだ!?」


「実際に見てないから何とも言えないけど、倒した敵の怨念とか、魂とかが残っていたパターンなのかな」


 怨念はともかく、魂に関してオレは実際に竜の国でそれらしい人物に接触している。


 ──アリスの母、亡き王妃様の存在だ。


 ああいうパターンがあるのならば、モンスター側にも起きる可能性は多いに考えられる。

 どうして今回そうなってしまったのか、原因はわからないけど、最有力情報はそこらへんだろう。

 話を聞いたセツナは、顔を真っ青に染めて何やら考えるような素振りを見せた。


「そんな事が……いや、でも確かにそれなら……」


「少しは心当たりがあるみたいだな。ということは、その原因を取り除けば彼女を助けられるって事だ」


「ラセツを、助けられる……」


 全く想像もしていなかったのだろう。

 助けられると口にしたセツナは、呆然となってオレの顔を凝視する。

 とりあえず力強く頷いてあげると、鬼の姫様は泣きそうになって、慌てて背中を向けた。


 やっぱり無理をしていたんじゃないか。


 先程城で見た段階で、表情にどこか無理している雰囲気が見て取れた。

 きっと祈りで自由に動けない母親、倒れた父親の代わりを務めないといけない責務、犯罪者として追われる妹と色々な重みを背負っていたのだろう。

 背向けた状態で固まってしまった彼女の姿に、オレは何となく頭を軽く撫でる。すると彼女は「子供扱いするな!」と怒気をふくんだ声で腕を払い除けた。

 鬼の姫様は目尻に浮かんだ涙を指先で払った後に、なにやらムスッとした顔で此方を睨みつけてくる。


「そ、そのような手管てくだで、他の姫君達を落としてきたのだな。誇り高き鬼人として、うちは絶対に心は許さぬからな!」


「おおー、ソラのナデナデに抗うなんて珍しいパターンだね」


「いや、別にそんなつもりでやってるわけじゃないんだけど……」


 なにやら酷い誤解をされているようだけど、セツナは警戒した猫のように距離を取る。

 困ったオレの脇腹を突きながら、クロはその様子を他人事のように、物珍しそうな顔で眺めていた。

 この後に合流した仲間達に、セツナの様子を尋ねられた自分は、実に不本意な誤解をされていると説明をしたのだが、


「「「え? 間違っていないのでは?」」」


 全員からは逆に、セツナに同意する言葉を浴びせられた。


「付き合ってる彼女がいるのに、そんな不埒ふらちな事するわけないだろ……」


「ふふふ、だったら気軽に他の女の子の頭を撫でたりするのは、止めたほうが良いかもね」


 たしかに、シオの忠告には一理ある。

 今後は軽い気持ちで、異性に触れるのは避けたほうが良いのかも知れない。

 申し訳ない気持ちでクロを見たら、彼女はニコニコと笑顔でこちらを眺めていた。

 信用してくれているのか、まったく嫉妬している様子は見られなかった。

 それはそれで喜んで良いのか、実に複雑な心境になりながらも天を見上げる。

 夕暮れに染まる世界を眺めて、気を取り直す。全員集まったという事で、クエスト対象者から聞いた情報を簡潔に説明した。


「ラセツに関してだけど、残念ながら有益な情報はなかったな。ただ一つだけ分かったのは、この村にはいないってことかな」


「私達も同じような内容しか聞けなかったわ。弐之村に行けば、もう少し何か分かるかしら」


「それを期待して、進むしかないって感じだな」


「うちは一先ず城に戻ろうと思う。ラセツを追って、母上をずっと一人にはできないから……」


「全ての村に行くことになりそうだから、別に城を拠点に活動しても問題はないと思うぞ」


 点在する村の順番は、一筆書きの六芒星となっている。その為に実は一つ終わったら、城に戻ったほうが良かったりするのだ。

 竜国と内容は違うけど、本質的には大移動をひたすら繰り返さなければいけない、面倒な部類のクエストである。

 今回は馬車が出払っていたから徒歩で向かったが、その事を伝えるとセツナの権限でレンタルできるようになった。

 二つの馬車に乗り込んだら、国に戻ってログアウトした後に、明日の昼には二之村に向かうことを決めて、オレ達は壱之村を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る