第225話「鬼姫加入」

 依頼を受けたオレ達は、城を出ると逃亡中のラセツを追うために、先ずは六つある大きな村で一番近い〈壱之村〉を目指すことにした。

 なんでその村を目指すのか、それは捕獲しようとして峰打みねうちで倒されたセツナ達が、彼女がその方角に歩き去ったのを見ていたという情報を提供されたからだ。

 セツナのレベルは100、同行していた将軍のレベルが120で、配下の兵士達が平均で80前後。これを全て相手にして、誰一人として殺さなかったのは驚異的な強さである。


 だけどそれは同時に、大きな謎を生む要因でもあった。


 どうして父親のスサノオは切られ、姉のセツナと部下達は峰打ちだけで済んだのか。もしかして、父親にだけ個人的な恨みがあったのか?


 見晴らしの良い荒野を仲間達と散歩気分で進みながら、こういうクエストにおける何通りかのパターンを、オレは口にした。


「現時点で考えられるのは、父親に対する恨み、次点で考えられるのは何かに操られている事かな?」


「……そうですね。でもクシナダ王妃の話ですと、スサノオ王は娘達との仲が良くて喧嘩などは一切していないと言っていました」


「ラセツとやらが監禁されて、それに成り代わった者が刺した事も考えられるのじゃが、城の外に出るときに姉妹はいつも一緒だと村人から聞いた事があるのじゃ。二人がベッタリしている状況で、そんな事をするのは流石に難しいと思うのじゃ」


 オレの予想にロウとイノリが情報提供をして、恨みや入れ替わった別人の線は限りなくゼロとなった。

 これらではないと仮定するなら、残されている可能性はラセツ本人が操られている事になる。

 だが相手は王族の姫。隠しパラメータの精神異常耐性のレベルは高く、生半可な者のスキル攻撃は弾かれてしまうだろう。

 ここから導き出される実行可能な犯人は、もはや限られすぎていて、考えるまでもなかった。


「お兄ちゃん、もしかして倒された〈暴食の大災厄〉が関与してるとか?」


「〈大災厄〉クラスなら、例え王族が相手でも取りくことはできるだろうな。それに倒したと思った相手が実は倒しきれていなかったパターンは、こういう時は一番有り得そうな展開だ」


「それか、パパみたいにヘルヘイムが関与してるのかも。例えばあの洗脳効果がある鎧を装備させられたら……」


「その路線も十分に考えられる。さらに付け加えるなら、師匠が何度か交戦している〈闇の信仰者〉とかも、犯人として考えられるぞ」


 オレとクロが〈四聖の指輪物語〉を進めている一方で、師匠のシノは大災厄を崇拝する〈闇の信仰者〉関連のユニーククエストを進めている。

 内容は主に王族の暗殺計画の阻止とか、国そのものが滅びかねない計画の阻止まで多種多様。

 けして簡単ではないクエストを達成して、奴らの計画を幾度となく破綻させた師匠は、三大トップの一人と直接対決まで行い、これを接戦の末に倒した。

 そんな国家転覆を企む〈闇の信仰者〉ならば、何らかのアイテムでラセツを操っていても不思議ではない。


 ……とはいえ、色々と考察をしてみたけど結局のところは、実際に〈洞察〉スキルでラセツを見てみないと詳しいことは何も分からない。


 ここで考察するのをやめたオレは、チラリと後方を見た。

 注目したのは後ろを歩いているパーティーメンバーのシオ達ではない。それよりもずっと後ろの方である。

 他のメンバー達も、同じように背後をチラ見して“そこにいる者達を確認する”。

 全員で一体何を見たのか。それは不審者とかモンスターとか、そんな普通の存在ではない。

 国を出た辺りからずっと離れた位置で、たった一人でついて来ている巫女装束の少女──セツナの姿だった。


 いや、なんでオマエ来てるんだよ……。


 話が終わると女王クシナダは、祈りで泉を清める責務があるからと、あの後に王の間を去った。

 女王がいなくなるとセツナは、自分も同行するとお願いしてきたのだが、将軍の女鬼人から姫に何かあったら国が大変な事になると強く言われ、一悶着ひともんちゃくしていた。

 けして許されるような状況ではなかったので、もしかしたら黙って抜け出して来たのかも知れない。


(装備はトッププレイヤーと同等だな。流石は竜人族と同じくらいに、戦闘能力が高い鬼人族のお姫様だ)


 見たところ彼女の姿は、アニメや漫画でよくある裾の短い美しい着物に軽鎧を合わせた装備。腰にはSランクの日本刀〈アマテラス〉と小太刀の〈ツクヨミ〉を下げている。

 まさかの二刀流使いかと感心しながら、仲間達にアレをどうするかアイコンタクトで意思疎通いしそつうはかる。


(((ソラに任す!!!)))


 お前等……。


 あっさりと、リーダーである自分の考えに一任することで方向性が決まった。

 一先ず目的の確認をするために、オレは足を止めて速度上昇の〈グランドアクセラレータ〉を自身に付与、武器に手をかけて抜かずに突進スキルを一瞬だけ発動させる。


 ジェット機のような強力な推進力すいしんりょくで、瞬く間にクロ達の所から離れて、遠く離れていたセツナの側まで接近。


 反射的に刀の柄に手を掛けた彼女の腕を、抜刀する前に掴むことで強制的に止める。すると負けじと、もう一つの手を小太刀に伸ばしたので、それも手首を掴んで阻止した。

 両手がクロスする形で止まるオレとお姫様、自然と顔は至近距離で見つめ合うような状態になった。


「ふう、危ない危ない。流石に切られるのはごめんだな」


「……ッ!?」


 セツナは眉間にシワを寄せて、分かりやすい敵意を向けてくる。

 今まで接してきた姫達とは、違った珍しい反応だと思いながらも、自分は彼女の心情を何となく察する。

 セツナは恐らく、妹のラセツの対応に母親から自分達が任された事に対して、まだ納得していないのだろう。


 故に協力をあおぐのではなく、反発する姿勢を続ける。


 だけど今の離れた距離を一瞬で詰めて、更には抜刀しようとしたのを簡単に止められた事で、彼我の実力差は理解したらしい。

 小さな溜め息を吐いた後に、セツナは刀の柄から手を離す。敵意が無くなった事を把握したオレは、それに合わせて腕を掴むのを止めた。


「くそ……なるほど、これが三つの災厄を退けた英雄か。うちがカタナを抜くことすらできないとは、噂通りの化け物だな……」


「切り掛かろうとして、化け物呼びとは失礼な。オレにはソラって名前があるんだぞ」


「……ふん。だがあの速度で迫ってきたら、誰だってびっくりして武器を抜こうとするのではないか?」


「まぁ、びっくりすると思うけど普通に近づいたら、お姫様は多分逃げるだろ。なら仕方がない方法だと思うけど」


「だれが逃げるものか! うちは誇り高き鬼人族の第一皇女、敵を前にして逃げるなど……っ!」


 烈火の如く怒るセツナは、カタナを抜くと切っ先を向けてうなる。

 レベルは高いみたいだけど、どうやら彼女の精神面は未熟なようだ。

 乱れた心を表すかのように、刃は小刻みに揺れている。オレは苦笑して、向けられた切っ先に向かって一歩進んだ。


「護衛とかはいないみたいだけど、まさか無断で抜け出してきたわけじゃないだろうな」


「ちゃ、ちゃんと許可は取ってきた。母上も鬼人族として、……何よりも姉として、うちがケジメをつけるようにと言われている」


「……なるほど、許可が出てるなら良いんだけど。でもそれなら、なんで遠くから尾行するような事をしてたんだ?」


「それは、その……アレだけ上から目線だったのに、今さら仲間に入れて欲しいとは言い辛いというか、なんというか……」


 セツナは口をゴニョゴニョさせて、最終的には頭から湯気を出して固まってしまう。

 本当に許可をもらっているのかは分からないが、お姫様が一人でついてきた所から察するに、彼女はラセツに対して並々ならぬ執着心を抱いているのは間違いない。


 姉妹なのだから当たり前だ。自分だって妹のシオがいなくなったら、血眼で四六時中探し回るだろう。


 気持ちは分かる。だが同時にセツナの執着をオレは危ういと思った。

 こういう姉妹が片割れを追うストーリーの流れは、大抵は良くない展開になってしまうものだと、長いゲーマー歴で嫌という程に知っているから。

 だから自分は、一つだけ彼女に条件を出すことにした。


「単独行動だけは絶対にしないこと。現地についたら三人と四人で手分けして探すから、君は絶対にオレの側を離れるな。──それが同行を許可する条件だ」


「分かった、よろしく頼む……ソラ殿」


「こちらこそ、よろしく……えっと……」


「セツナで良い、おまえ達にはしっかりと協力をしてもらわないといけないからな」


「わかったよ、セツナ」


 握手を交わすとウィンドウ画面が出現し、そこにはこう記されていた。


 ユニーククエスト──【四聖の指輪物語 最終章:荒野の双鬼姫】が開始しました。


 

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