第224話「鬼王族の依頼」

「大災厄が、既に討ち倒された……?」


 流石に衝撃的すぎて、言われた言葉を飲み込むのに数分くらい要した。

 仲間達もおおむね似たような反応をしており、どういう事だという顔をしている。

 それを告げた本人は、動揺するオレ達を見て金色の瞳を鋭く細めた。


「今から一ヶ月くらい前の事だ。他の大災厄の復活に影響を受けて暴食の怪物の封印に綻びが生じていたのだが、そこにかの大天使〈メタトロン〉を名乗る白い騎士の冒険者が同じ天使の名を持つ仲間達と訪れ、うち等に倒すことを約束して見事これを果たしてみせたのだ」


 白い騎士というと、頭の中に即座に思い浮かんだのは、エルの周囲にいたあの連中である。

 でも今までの戦いに、あんな目立つ奴らが参戦していた記憶はないし、トップ集団の情報にも話題で上がった事は一切ない。

 大災厄を倒せるレベルとなると、普通に考えるならトップクランの幹部クラスでなければ厳しいと思うが……。


 ──いや、今はそんな事は問題ではない。


 大事なのは大災厄が倒された以上、この国が管理している指輪がどうなったのかを、知らなければいけない。

 もしもその集団の手に渡っていたとしたら、探して接触する必要がある。

 受けた衝撃からすぐさま立ち直った自分は、彼女に問いかけた。


「分かりました。それなら……この国にある天使の指輪は、どうなったんですか?」


「〈琥珀こはくの指輪〉の事か、それなら残念だがこの城に今は無い」


「………っ」


 恐れていた事が現実になったか。

 考え得る中では最も最悪な展開だ。大災厄が倒されている上に、目的の一つであった指輪が手に入らないのであれば、今受けている〈四聖の指輪物語〉の進行がどうなるのか分からなくなる。


『これは実に想定外の事態です。ワールドサポートにどうなるのか聞いてみてますが、どうやらクエストは続行のようです』


 冷静に考えて、達成と失敗のどちらにもならないという事は、もしかしたら他に何かあるのかも知れない。

 大きく息を吸い込んで、直面してしまったかつてない問題に胸中で溜め息を吐きながらも、オレは念の為に彼女に聞いてみた。


「今は無いということは、もしかしてその大災厄を倒した者達に譲ったんですか」


「……その質問はいなだ。あの者達は天使の力を持つ者には不要な物と言って、指輪は受け取らずに去った」


「それなら指輪は一体どこに?」


「指輪は………」


 質問をするとセツナは言いよどむ。その表情は苦しそうな感じで、目は一瞬だけだが自分からそれた。

 それと発動している〈感知〉スキルで見ている周囲の鬼人も、全員何やら深刻そうな顔をしている。

 これらの情報から総合的に考えるに、もしかしたら指輪に関することで、何らかのトラブルが起きている可能性が浮かんできた。

 今は少しでも望みがあるのなら、進まなければいけない。

 オレは単刀直入に、彼女に提案をしてみた。


「セツナ姫、困っていることがあるのなら、良ければその解決に手を貸しましょうか」


「……そ、そんなものはない。それに問題が起きたとしても、誇り高き鬼人族が簡単に他人の手を借りるわけにはいかない」


 昔からよくある典型的で自尊心が高いお姫様だな、と内心で思いながらもオレは、それを口には出さなかった。

 とはいえ今ので断られてしまった以上、言葉巧みに手伝いを申し出ても、彼女は首を簡単には縦に振らないだろう。

 そういうわけで、ここはアプローチの仕方を変える必要があると判断した自分は、


 ──進化した事によって、天命残数の消費が『1』になったルシファーの力を躊躇ためらいなく開放した。


『マスター!?』


「「「な………っ!?」」」


 この場にいる全ての者達が驚く中で、天使の羽とコートの内側に純白の鎧ドレスを召喚したオレは、鬼人達の前で普段は抑えている闘気を開放する。

 長い旅で色んな人達と出会い、強敵達との戦いで更に強くなった闘気はこの場を支配して、鬼人だけでなく仲間達も息を呑む。

 全員が緊張感を漂わせる中で、完全にこの場のイニシアチブを掌握しょうあくした自分は、ゆっくり口を開いた。 


「どんな問題を抱えているのかは分からないけど、天使長ルシフェルの力を所持するオレなら、鬼人族が助けを求めても問題はないんじゃないか?」


「ちょ、ソラ! それだけを言うために、天命残数を減らして天使化したの……!?」


「ああ、あの様子だと言葉だけじゃ足りないと思ったからな」


 クロの呆れた言葉にうなずいてみせながら、天使化に驚いている様子のセツナと真っ向から相対する。

 彼女は一瞬だけ口を開いて何か言おうとした後に、直ぐに閉じて今度はうつむいてしまう。

 余程よそ者には言えない何かを抱えているのか。……そういえば先程から、この城の主であるスサノオの姿が見当たらない。

 娘である彼女が、代わりに王の間にすのは何か理由があるとしか考えられなかった。


 そしてもしかすると、その事に指輪が大きく関与しているのではないか?


 少ない情報の中から思考を巡らせたオレは、あと一押しで何か語ってくれそうな雰囲気のセツナに向かって口を開こうとしたら、

 先程入ってきた出入り口が左右に勢いよく開き、バンッという大きな音にびっくりした全員の意識が、一斉にそちらの方に向けられる。

 中にゆっくり入ってきたのは、セツナを少し大人にしたような美女だった。

 黒髪は腰まで長く、身にまとっている振袖は季節を意識した菊模様である。

 凛としたたたずまいで、まされた覇気を纏う彼女は、ざわつく周囲を見るだけで黙らす。

 女性はゆっくり前に歩み出し、周りの視線を受けながらオレの前で立ち止まると、その場でゆっくりひざまづいた。


「良くぞこの地に参られました、偉大なる〈ルシフェル〉様の力を宿した冒険者様。私はクシナダ・ヤオヨロズ。セツナの母です」


「ど、どうもソラです」


 突然の王妃登場、しかもいきなり跪くという意表をつく行動に何とか挨拶を返すと、クシナダは満足そうに頷いて言葉を続けた。


「ソラ様、どうかこの国が直面している危機に力を貸して頂けないでしょうか」


「母上、それはッ!」


「セツナ、口を挟むことは許しません。この問題は、もう貴女と兵士達だけでは手に負えないのですから」


「あれは油断しただけで、次こそは取り押さえ……」


「一度敗北しているというのに、次は勝てると思っているのですか。今のあの子は、貴女の手に負える相手ではありません」


「……っ」


 なにやら急に親子同士の口論が始まったが、クシナダにさとされたセツナは悔しそうな顔をした後に口を閉ざした。

 あの子は、というワードから何が起きているのか何となく察しがつくけど、ここは黙って王妃の言葉を待つ。

 彼女はオレに低姿勢を維持したまま、自分達が現在抱えている問題を口にした。


「実は数日前、私の末の娘であるラセツが夫のスサノオに深手を負わせた後に、〈琥珀の指輪〉を奪って逃走したのです」


「は……?」


 聞いた言葉を理解するのに、少しだけ時間を要した。

 今彼女は末の娘と言った。つまりそれが意味することは、玉座に代理で座っているセツナの妹である事を意味する。

 何があったのかは分からないが、親子げんかにしては度が過ぎている。しかもセツナの話だと、一戦交えて敗北しているのだ。

 只ならぬ話に、オレは色々と思案する中で次の言葉を待っていたら、


「お願いします。国外に逃亡したラセツを追って、あの子を捕まえるか、最悪の場合は……」


 倒してほしい、という言葉をクシナダはグッと耐えて呑み込んだ。

 相手はぞくではなく実の娘なのだ、そんな事を容易に言えるわけがない。

 ……さて、今回は神殿を目指すのではなく女の子の追跡か。

 大災厄と戦うのに比べれば、女の子一人を相手にするのは難しくはない。このメンバーなら尚更だ。

 チラッと仲間達を見ると、みんなこのクエストを受ける気満々だった。

 迷う必要はない。オレは頷いて見せて、クシナダに力強く答えた。


「分かった、オレ達に任せてくれ」


 

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