第223話「鬼の姫」

 常に開け放たれている大門を通り、国の中に足を踏み入れる。

 目の前に広がっていたのは、戦国時代の日本を思わせる和風の建築物達だった。

 途中にあった集落の建物とは、比較にならない程に規模が大きく、サイズも旅館クラスのものがいくつか存在する。

 先にこの国に到着していた仲間達から聞かされていたが、やはりこうして直に見ると少しだけ圧倒されてしまう。

 遠くにある見慣れた和風の城は、この国の象徴であり王族達が住む〈ヤオヨロズ城〉だろう。

 住む者たちも、これまでの中世ヨーロッパの服ではなく和服を身に纏っている。

 活気のある大通りは、正に大昔の日本にタイムスリップしたような気分だった。

 クロと手を繋ぎ、いつものように周囲を探索しながら大通りを歩く。


「遂に四つ目の国か、ここを攻略したら残りの〈大災厄〉は三体だな」


「四つ目の指輪を手に入れたら、何か色々と大変なことになりそうだけど大丈夫かな……」


「でも大災厄を放置しても、リアルに大きな影響が出ると思うし、避けることは出来ないだろ?」


「それはそうなんだけど……」


「だから気にしても、しょうがないよ。オレ達に必要なのは、何が起きても冷静に受け止める心構えだ」


 ……とクロを心配させない為に強がってみたけど、内心では正直びくびくしている。

 四つの指輪を集めることで、自分に一体何が起きるのか。

 エルとは一体どんな関係なのか。

 彼女は騎士達と、一体何をするつもりなのか。

 当初の性転換以外にも、どんどん増えていく問題に頭を悩ませながら、オレは胸中で小さな溜め息を吐く。

 そんなこんなでようやく、他の国と繋がっている転移結晶を発見したら、そこには事前に待ち合わせをしていた四人の冒険者が立っていた。


「お兄ちゃんおそーい」


「ようやく、二人とも来たのじゃ!」


「お、遂に主役の登場だな」


 シオとイノリとシンが笑顔で迎えてくれて、その一方でロウが周囲を見回した後に、オレ達の様子を見てこう言った。


「どうやら、クロさんのお父さんに認めてもらえたみたいですね」


「ああ、ちょっと剣で語り合う事になったけどな」


「パパとソラの決闘、すっごく格好良くて素敵だったよ」


 先程のハルトと繰り広げた激戦を、間近で見ていたクロが熱く語りだす。

 四人はそれを聞くと「こっそり見に行けば良かった」と、少しだけ残念そうな感想をもらした。


「でも無事にお付き合いを認めてもらえてよかったわ」


「すっごくハラハラしていたのじゃ」


「ダメだったら、四人で親父さんをどうやって説得するか考えてたんだぜ?」


「ソラなら、なんだかんだ上手くいくと思ってましたけどね」


「お前等……」


 まさかそんな事を、四人で考えてくれていたとは。

 本当に良い仲間達と巡り会えたものだ。

 胸の内側がじんわりと熱くなるのを感じながら、これ以上この話題を続けていると泣きそうになるので、オレは込み上げてくるものをグッと呑み込むと背を向けた。

 するとその背を、バシーンッと力強く叩かれた。

 危うく前のめりに倒れそうになるのを、持ち前の体幹で耐える。振り返ると犯人である四人は、右拳を突き出した姿勢で止まっていた。


「クランメンの許可をもらったから、今回は私も参戦するわ」


「ヨルのバカは遺跡巡りで居らんようじゃが、久しぶりに四人で旅ができるのじゃ!」


「親公認の彼女ができたんだ。やる気は当然マックスだよな?」


「遂に御一緒する機会が来ました。最後の指輪を手に入れ、四体目の大災厄をさくっと倒しましょう!」


「おう、クロとシオを入れた新生〈黙示録の狩人〉の結成だな!」


 このゲームではボス戦を除けば初めてとなる、六人のフルパーティ。

 しかもメンバーは全て〈アストラルオンライン〉の中でもトップクラスの者達ばかり。

 どんな困難が来たとしても負ける気はしなかった。


「良し、そんじゃ今から六人で〈ヤオヨロズ城〉に行くぞ!」


「「「おー!」」」



◆   ◆   ◆



 荒野には小さな泉が、いくつか点在している。

 途中にあった集落とかは、その泉が無くならないように国から管理を任されていると住んでいる者達が教えてくれた。

 ならば国は一体何を管理しているのか。


 それは荒野で最も大きな水源──〈アメノミクマリ〉と呼ばれる泉である。


 城門をアリサとハルトから譲ってもらったペンダント(一つで三人分の許可証となるらしい)で通してもらうと、先ず目に飛び込んできたのは五稜郭ごりょうかくに酷似した六角形の稜堡式城郭りょうほうしきじょうかくだった。

 ただこちらは砲弾等を防ぐのではなく『六芒星』を築き、巫女が祈りを捧げる事で泉を人々が利用できるように、浄化するのが目的らしい。


『しかも一回の祈りで効果は一ヶ月も持続します。見たところ魔法陣だけでなく、その上に建造した城自体も巨大な魔力の貯蔵タンクの役割を担っているみたいです。魔の属性は門を潜った段階で消滅、或いは大ダメージを受ける仕様となっており、これを考えた初代鬼巫女はかなりの切れ者だったと思われます』


(なるほど、つまり全てが泉を管理するための施設になっているのか)


 待機していた案内人らしき、三十代前半くらいの鬼人に案内されて大橋を渡る。

 道中で〈ルシフェル〉の説明を受けたオレは、泉が如何に大事な存在なのかを改めて知った。

 橋の下に見える泉は、汚れが一つもなく澄んでいる。その様子だけで、如何に城の機能が強力なものなのかを推し量ることができた。


 ……そういえば、この世界の人々の生活に関わる資源の事を知るのは初めてな気がする。


 水とはどれだけ大切なんだろうか。道中で見た者達の様子だと、飲料水にしてるというよりは、作物を育ててるのに利用していたが。

 考えながら橋を渡って六稜郭ろくりょうかくに足を踏み入れると、そこからは風水を利用した和風の庭園となっていた。

 この地域に入って久しぶりに見た気がする緑の芝生と、現実の季節が十月だからなのか、植えられている木々は美しい紅葉で染まっている。

 去年は紅葉狩りに無理やり連れて行かれてたなぁ、としみじみ思い出しながら歩いていたら。

 前方に見えていた巨大な和風の城が、遂にその全貌ぜんぼうを自分達の前に現した。


「今まで洋風のお城ばかりみてたから、和風の城がすごく新鮮に見えるな」


「わたし、日本のお城は初めて見るかも……」


「クロちゃんそうなの?」


「うん、日本に来るまでずっとアメリカにいたから」


「それなら次の連休に見れるわね」


「え? どういうこと?」


 シオの発言を、クロは理解できなくて首を傾げる。それを見てイノリとシンとロウの他三名は黙って、ずっと意味深な笑みを浮かべていた。

 他のメンバーが説明しないのを見た自分は、それにならって口を閉ざす。

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべているクロを眺めていたら、城の門に到着した。

 案内役の鬼人は門番に何か伝えると、固く閉ざされていた門は左右に観音かんのん開きをする。


(んー、なんか空気が変だな)


 最上階を目指して城の中を進んでいる途中、オレは何度かすれ違った警備達の様子が、何やらおかしいことに気がつく。

 それは一言で表すのならば、余裕がないといった感じであった。

 まるで何か事件があったかのように、緊張感が城内の鬼人達の間で広がっている。

 街の人達は普通だったことから察するに、恐らくだけど公に出来ない事なんだろう。

 そんな事を予測していると、気がつけば目的であった王の間に着いていた。


「姫様、証を所持されている冒険者様が来られました」


「証持ちの冒険者? ……まぁ、良いだろう。中に入ることを許可する」


 中から芯の通った少女の声が聞こえると同時、目の前にある大きなふすまが左右にゆっくり開かれた。

 すると案内役の鬼人は、ここから先は自分達だけで行けと言わんばかりに横に退く。

 オレ達は彼にお礼を伝えた後に、王の間に足を踏み入れた。


「ふん、一体誰かと思ったら三つの災厄を退けた〈白銀の付与魔術師〉か」


 抜き身の刃のような鋭い言葉が、強烈な威圧感と共に浴びせられる。

 だがこの程度、今まで数多の強敵達と戦った自分には通じない。

 仲間達と一切怯まずに歩みを進めると、その先には時代劇などでよく見られる上段の間の数倍は広い空間だった。

 畳になっているのは一番奥の城主が座す場所だけ、それ以外は土足に対応する為なのか全て板張りとなっている。

 左右に待機しているのは、レベル80の武装した鬼人属の武士達。全員何やらオレ達の事を警戒しており、穏やかではない雰囲気だった。

 そんな彼等が服従しているのは、一段高い場所にあぐらをかいている、着物を着崩した黒髪を肩あたりで切りそろえた鬼の美少女である。

 左手には中々に強烈な威圧感を放つ、真紅の鞘に収められた日本刀が握られている。

 王族の証である、金色に輝く切れ長の瞳でこちらを値踏みするように見据える彼女は、おもむろに口を開く。


「お初にお目にかかる、うちは鬼人族の城主スサノオ・ヤオヨロズの娘、セツナ・ヤオヨロズだ」


 そして続けて、信じられない言葉を口にした。


「この国を救おうと来たことには感謝する。……だけどこの国の〈暴食の大災厄〉は、数日前に現れた白い天使の力をようした騎士達の手によって討ち倒されたぞ」


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