第222話「決着と別れ」

 決着がついた後、オレ達は集落を出発して鬼の国を目指した。

 四人で並んで歩いていると、ハルトは再生した左腕の具合を確かめながら、頭部の鎧だけ解除して呆れた顔をする。


「まったく、ゲームの中とはいえ自分に向かってくる刃を、まばたき一つしないで掴み取るとは……」


 クレイジー過ぎると、初めて決闘をした時のクロと似たような評価を、彼は口にした。


「避けてたら、あのカウンターは出来なかったので。……それに態勢を整える時間を与えるよりは、少しでも勝利に近い方を選ぶのがゲーマー魂ってやつですよ」


「なるほど、確かに君の言う通りだ。少しでも望みがあるのなら、そこに賭けるのは生粋のゲーマーだ」

 

 聞かされた言葉の内容を噛み締めるように呟き、彼は口角を僅かに釣り上げる。


「しかし、まさかこんなにも早く二人が付き合う事になるとは、びっくりしたよ……」


 ハルトは呟くと、少しだけ距離を取って楽しそうに会話をしながら歩いている、娘と嫁をチラッと見る。

 彼は意外そうな顔をした後に、オレを無遠慮に指差した。


「正直に言って、いずれ君と黎乃は付き合うと思っていた。……ただ君は私に近しいもの……鈍感魂を感じたから、付き合うのは一年後くらいだと予想をしていたんだ」


「鈍感魂って……ハルトさん?」


「別に間違ってはいないだろう。二人共距離感は近いのに、なんと言うか兄妹のような雰囲気だったからな」


「あー、なるほど……?」


 当時の状況に対する、実に的確な指摘にオレは納得してしまった。

 確かに最初クロに抱いていた思いは、可愛くて強い妹弟子という感じで、それ以上の感情は全く抱いていなかった。

 つい最近までは、ハルトとアリサが現実世界に戻ってくるまで守らなければいけないという、庇護欲ひごよくの方が気持ちの割合としては強かったと思う。

 だから先の事を考えた時に。

 全てが終わったら、彼女が側からいなくなってしまうかもしれない。

 その事を想像したオレは、とても寂しいと思い──絶対に離れたくないという、結論に至った。


 今まで出会ってきたのは彼女に負けないくらい、魅力的な女性達だったのに。


 実に不思議な事だとしみじみ思いながら、ハルトの隣を歩いていると。


「ちなみに私がアリサと付き合うのには、三年以上掛かったよ」


「さ、三年以上ですか」


「ああ、なんせ当時の私はゲームに人生を捧げていたから。対戦相手の一人である彼女の熱烈なアタックを、私は対戦を有利にする為の盤外戦術だと思って、ずっと疑っていたんだ」


「それって、オレより酷くありません?」


「もちろん、ゲーム内で怒りを爆発させたアリサに何度も殺されまくったさ」


「こっわ……胸を張って言うことじゃないと思うんですが……」


「ハハハ、でも彼女は諦めずに何度もアタックしてきて、遂には住んでいるアパートの隣にまで引っ越してきたんだ。おまけに毎日食事まで作りに来てね。……そこまでされると、流石に鈍感な私でも気がついたよ」


「ということは、そこからハルトさんはどういう流れで付き合う事になったんですか?」


 質問を投げかけると、彼は少しだけ考えるような素振りを見せた後に、青空を見上げる。

 少しだけオレ達の周囲を、静寂が支配する。時間にして数分くらいかけた後に、ハルトは不敵な笑みを浮かべた。


「逆に問い掛けようか。アリサの思いに気づいて、一ヶ月以上も考えた末に私は、彼女になんて言ったと思う?」


「え……」


 逆に問題を出されて、言葉に詰まる。

 そもそも此方も、未だに乙女心が余り分からない恋愛クソ雑魚TS男子だ。

 これにすんなり答えられるような頭を持っていたら、今まで苦労する事もなかったし、もしかしたら過去に誰かと付き合っていた可能性だって考えられる。

 うんうん頭を悩ませた結果、挫折したオレは正直に答えた。


「すみません、全く分からないです」


「正解は、──君が私に勝ったら付き合うって言ったんだ」


「そ、それは何というか……普通は逆じゃないんですか?」


「普通は勝ったら付き合ってくれって言うのが、王道的な物語では定番だな。でも私はあえて逆のことをした。何故なら、全力の彼女と戦いたかったからだ」


 今の発言で、彼の意図が何となく分かった。

 つまりハルトが勝つことを条件にした場合、アリサに迷いが生じる可能性を危惧したのだ。

 流石に彼女も手は抜かないだろうが、対戦では一瞬の判断ミスが即敗北に繋がる。

 お互いに全力を出して戦うという意味では、これ以上ない提案だろう。


「でもハルトさんが勝ったら、どうするつもりだったんですか?」


「もちろん、私が勝っても彼女に告白するつもりだったよ。……あの時の戦いは今も鮮明に思い出せる。数時間にも及んだ、互いに本気を出しての攻防戦。その中で彼女の槍と刃を交える度に、一撃一撃に込められた愛の熱量をビシバシ魂に感じたものだ」


 普通にデートして、告白した自分とは違い、実に熱血的な青春を感じさせられる話だ。

 歩きながらオレは、当時の戦いの記憶に浸っている彼に続きをうながすことにした。


「それで結果はどうだったんです」


「激戦の末に、私が負けたよ。あと一歩だったんだけどな。やはり、恋する乙女は強いという事なんだろう」


「確かにクロも、出会った時と比べたらとても強くなりましたね……」


「なんと言ってもアリサの血が濃い娘だからな。顔を見た時に思ったよ。……ああ、昔の彼女とそっくりだなって」


 彼は笑みを浮かべ、次にオレの背中を右手で強く叩いた。

 この世界ではダメージの再現はされないので、叩かれた身体は衝撃で軽くバランスを崩しかけたくらいで済んだ。

 振り返ると、ハルトは右拳をこちらに向かって突き出していた。


「これから先、危険な事は沢山あると思う。黎乃の事を、よろしく頼むよ」


「任せてください。彼女は絶対に守ってみせます」


 自分でもびっくりするほどに、すっと言葉が口から出た。

 同じように右拳を突き出し、軽くぶつけると、ハルトは満足そうに頷く。

 話が終わったのを確認した黎乃が、アリサと一緒にハルトの左右に並び立つ。

 久しぶりの家族団欒かぞくだんらんを、オレは黙って見守った。


 ──そして、遂にお別れの時が来る。


 鬼の国が遠目で確認できる距離まで来ると、アリサとハルトが急に足を止めた。


「さて、ここを真っ直ぐに向かえばいよいよ四つ目の大国、鬼の国〈ヤオヨロズ〉だ。黎乃とソラ君とは、ここでお別れになるな」


「そっか、もうお別れなんだね……」


「一緒には、行かないんですか?」


 クロが寂しそうな顔をしたので、代わりに尋ねてみると、二人はなんとも言えない顔をした。


「気持ち的には、ずっと一緒にいたいんだが、私達も〈白虹の騎士団〉の幹部としてやらなければいけない事があるんだ」


「……ごめんなさい。でもメッセージのやり取りは毎日できるし、会おうと思えばいつでも駆けつける事ができるから」


 心の底から申し訳無さそうな二人に、オレからは何も言うことはできなかった。

 代わりに、彼等の娘であるクロが前に出て、そっとハルトとアリサの手を握り、


「ううん、気を使わせてごめんね。わたしは大丈夫だから、パパとママはお仕事を頑張って」


「「……っ!!」」


 寂しさを滲ませるエールを貰い、感極まった二人は揃って宝物を抱き締める。

 異なる世界でも変わることのない、この世で最も強い愛情に満ち溢れた親子の姿。

 自分はその切なくも美しい光景を、邪魔しないように、口を閉ざして眺め続ける。

 長い沈黙の末に「ありがとう」とささやいて二人から離れたクロは、すんなりとオレの隣りに戻って来た。

 その様子を見たハルトとアリサは、瞳に僅かに浮かんだ涙を指先で拭い、


「ソラ君、鬼の国には〈暴食の大災厄〉が眠っている。心して挑むんだぞ」


「それと城に入るなら、門番の鬼人にこれを見せなさい」


 アリサがそう言って、ハルトと一緒に自分達に手渡したのは、不思議な輝きを放つペンダントだった。

 アイテム名は〈鬼王のペンダント〉王族が認めた者に渡す物であり、これを所持することで城に入る権利を得られる事が〈洞察〉スキルで読み取れる。


「これは……」


「ベータテストの時、国王と女王を〈闇の信仰者〉の幹部から助けた際に貰ったのよ」


「〈大災厄〉と戦うには皇女の協力が不可欠だ。そのペンダントがあれば、彼等もソラ君達に快く協力してくれるはずだ」


「ありがとうございます。アリサさん、ハルトさん」


「ママ、パパ! またどこかで会おうね!」


 二人に背を向けると、クロと手を繋いで、鬼の国〈ヤオヨロズ〉に向かって駆け出す。

 彼等は〈感知〉スキルの範囲外に出るまでその場に留まり、オレ達の姿が見えなくなるまで、ずっと見守ってくれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る