第221話「白銀VS漆黒」

 やはりベータプレイヤーであり、プロゲーマーであるハルト本来の実力は桁違いだった。

 キャンセル技を駆使したスキルの連続攻撃は全て防御されて、フェイントと速度を利用した緩急をつけた攻撃も全て防がれてしまった。

 ニメートル近い大剣で、半分もない直剣の剣速についてくるのは、振りが速いだけでなく此方の攻撃をある程度予測していなければ不可能だ。

 正直に言って、並の技術ではない。


 流石は世界クラスのプロゲーマーだ。


 なんで冥国〈ヘルヘイム〉に捕まったのか、不思議なレベルである。

 これを此方が突破するためには、敵の剣速を越えるか、予測を上回らなければいけない。


(となると、やはりアレを使うしかないか?)


 こういう敵を相手にした時のパターンは、大体いくつかある。

 その一つを実行するために、台風のような大剣の連続攻撃を〈ソードガード〉で巧みに防ぎながら、付与スキルで強化された足で一気に安全圏まで下がった。

 流石に足の速度は、こちらに大きなアドバンテージがある。

 ついて来る事ができないハルトは、大きく息を吐いて、その場で大剣を油断なく構え直した。

 無理をして追いかけて来ない上に、態勢を整える事を必ず徹底する。


 隙きなんて全くない、見事なスタイルだ。


 オレは魔剣を一度鞘に収めると、姿勢を低くして両足を開き、右半身が少し前に出るように身構える。

 相手は間違いなく、今まで相手をしてきた中では五本の指に入る敵。

 出し惜しみをしていては、勝つことは難しい。


「居合斬りの構え……。そこから考えられる技は〈アングリッフ・フリーゲン〉かな?」


「ふふん、もちろんオレが使うのは、普通のアンフリじゃないですよ」


 選択するのは、土属性と風属性の付与スキル。

 二属性を刃に集中させたオレは、鋭く息を吐いて必殺級の一撃を解き放った。


 ──〈グランド・サンドストーム・フリーゲン〉。


 魔法で創造した砂を風で巻き上げ、巨大な刃に変換して放つ、二属性の合わせ技。


「確かに凄まじい一撃だが、それでは私には届かん!」


 大剣を構えたハルトは〈暗黒騎士〉のステータス強化〈ダークネス・オーバードライブ〉を発動。

 漆黒のオーラを纏うと、更に大剣を振り下ろし〈アングリッフ・フリーゲン〉を発動する。

 互いに放った三日月状の飛ぶ斬撃は、正面から衝突して大きな衝撃波と共に、相殺する形となった。

 しかしここで、オレが最初から目論んでいた現象が発生する。


「な……視界が!?」


 途中で打ち消された砂刃が、自分達の間で広範囲に散って、お互いの姿が完全に見えなくなった。

 これで攻撃を仕掛ける際に、先を読まれる可能性は無くなった。

 普通ならば此方も、相手の出方が分からないところだけど、オレに関してはこの視界を隠す砂は大きな味方となる。


(感知スキル、発動!)


 周囲に広げた感覚が、この場にいる全ての者達の詳細な動きを教えてくれる。

 アリサとクロは寄り添って戦いを見守り、対戦相手であるハルトは〈ファランクス〉を使用して防御を固め、何が来ても耐えられるようにしている。

 流石はプロゲーマーだ。最善を選ぶ判断が早い。

 一度だけダメージを半減する〈ファランクス〉の効果内では、五連撃スキルを全ヒットさせても耐えられる恐れがある。


 ……と考えるならば、守りを固める騎士を倒すためにはカスダメで〈ファランクス〉をムダ消費させてから、攻撃を叩き込む必要があった。


 覚悟を決めたオレは、ここで終わらす為に付与スキルの上位グランドシリーズだけが備えている、一日に一度だけ使える『限定効果』を発動させた。

 三色の光の粒子は、その色を白銀に変えてオレの周囲を舞う。

 与えられた猶予は三分間だけ、しかしその間はレベル100を大きく上回る力を発揮する事ができる。


「行くぞ、ハルトさん!」


 魔剣を手に白銀の輝きを纏ったオレは、一気に突進スキル〈ソニック・ソード〉で砂塵さじんを抜け、彼の胴体に刺突技〈ストライク・ソード〉を放った。


「グヌウゥゥゥゥゥゥッ!!?」


 恐らくは、いきなり目の前に現れたのに、等しい速度だったのだろう。

 ギリギリ反応して、左腕で受けたハルトは、強烈なオレの一撃を受け流す事に成功する。

 だけどその代償として、彼の二の腕から先は、スキルの威力に耐えられず鎧ごと消し飛んだ。

 HPが二割減少するのを確認しながら、軌道をずらされたオレは勢いを止められず、何度かすっ転びそうになる身体を制御する。


「は、ははやべぇ……これ制御ムズいわ」


 だけど今ので、上昇したステータスの感覚を掴むことはできた。

 次はもっと上手く使える。

 地面を蹴ったオレは、神速でハルトの背面を取りに行く。

 これを読んでいた彼は「甘い!」と叫ぶと同時に振り返り、水平切り〈デュアルバスター〉を放ってくる。

 普通ならば、この速度で止まることは不可能。だからここで、自分は付与スキルで跳躍力を強化し、地面を強く蹴って高く跳躍した。


「ははは! 上空に一撃を避けても、このスキルは二連続攻撃だ! 一回目を避けても──」


 空中にいるオレを、高速回転からの水平切りで切ろうとしたハルトは、大きく眼を見張みはる。

 何故ならば、身動きの取れない空中で自分は“何もない空間を蹴り”、二段階ジャンプで彼の高速の斬撃を華麗に避けてみせたからだ。

 更に三段階目の空中蹴りで、無防備なハルトの背後に着地する。

 下段に構えた剣を強く握って力を溜め、ここで最も威力のあるスキル〈レイジ・スラッシュ〉を使用した。


「ハァッ!」


 右下から左上に振り上げる必殺の一撃。

 防御力を貫通してダメージを与える〈レイジ・スラッシュ〉は、当たれば例えレベル170でもHP半減は免れない。


「ヌウゥゥゥゥッ!?」


 振り返りながら、ハルトの大剣が淡い光を放つ。

 彼は〈アームズ・チェンジ〉を使用して、漆黒の大剣を素早く大盾に変更する。


 アレは──〈フェアリー・ロイヤルシールド〉!?


 何だそれは、と思いながらも見抜く目〈洞察スキル〉が教えてくれたのは、希少な〈フェアリーインゴット〉をベースに〈魔鉄〉を複合した事によって、あの盾が一日に一度だけダメージを大幅に減少する能力を秘めている事。

 このタイミングでは、流石に攻撃を止める事は自分にもできない。

 オレが放った袈裟斬りは、大盾と正面から衝突すると、凄まじい衝撃が発生して互いに大きく後方に吹っ飛ぶ結果となった。


「マジかよ……そんな盾があるなんて……」


 何とか転倒を避けて姿勢を制御したオレは、想定外の事態に苦笑いする。

 対するハルトも、不格好ながらも片膝をついた形で収めた。


「……新しく手に入れた緊急用の盾を使わされたのは、君が初めてだよ」


 彼は再び〈アームズ・チェンジ〉を使用して、今度は大盾と大剣を交換する。

 硬直時間を課せられているオレを倒そうと、片腕を失った状態で大剣を手に駆け出す。

 このまま一撃を受けたなら、確実にHPは半減して敗北するのは間違いないだろう。

 だけどそんな事は、絶対に許されない。

 彼にクロとの交際を認めてもらう為に。

 そして彼女を託すに相応しい男子だと、認めてもらう為に。


「ソラ頑張ってーっ!」


 声援を送られたオレは、ハルトの放った遠距離攻撃〈ダークネス・スラスト〉が胴体を薙ぐ寸前に、温存していた〈グランドゲズントハイト〉の『限定効果』を発動。


 ──3分の間受けたデバフと硬直時間を無効化する力で、アバターの拘束を強制解除した。


 飛ぶ刃が届くギリギリ、左腕だけに〈アームズ・チェンジ〉で手甲を召喚。

 迫る漆黒の刃を下から殴り、綺麗なパリィを決めて霧散させる。


「拳でパリィ……だがコレなら、どうだッ!」


 飛ぶ斬撃と同時に接近していたハルトは、刺突技〈ドラグストライク〉を放った。

 正に隙きを生じない二段構え。

 手堅い勝ち筋だと思いながらも、オレは迫る大剣の切っ先を冷静に見据え、タイミングを見計らい。


 ──ここだ!


 左手で切っ先を掴み取る。そこからHPを数ミリずつ削られながらも、手の平の上を滑らせて上に受け流した。

 残ったのは五割を切りそうなゲージ。

 パンチかキックを一発食らっても、敗北が決定する量しかなかった。


 だけど、──耐える事ができた。


 最後に魔剣を横に構えたオレは、強力な刺突技〈ストライク・ソード〉と防御貫通の〈ディセーブル・スラスト〉をスキルユナイテッドで合成させると、


「これでオレの勝利だッ!」


 渾身の力を込めて、真正面にいる無防備なハルトの心臓部を撃ち抜くカウンターを決めた。

 あの状況で、負けるとは思っていなかったのだろう。

 ハルトは両目を大きく見開き、驚きのあまり固まってしまう。

 彼のHPが半減した事で、オレの目の前には【WIN】と勝利を告げる大きな文字が表示された。

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