第219話「父は認めない」

 ここはアストラルオンラインの中。

 自分達が今いるのは、荒原地帯に点在する名もなき村の一つだった。

 日本の文化を取り入れたと思われる、木造家屋が立ち並ぶ光景は、昔TVとかで見た江戸時代を彷彿ほうふつさせる。

 中心には大きな水源があり、そこから彼等の生活資源となる畑に水が供給されている。

 村の外を歩いているのは、頭部に角を生やし和風の着物を身に纏った鬼人族の老若男女。

 彼等が腰から下げているのは、長さ1メートルに満たない日本刀に酷似した武器だった。

 安全地帯ではないこの場所は、時々モンスターの襲撃があるらしい。ゆえほとんどの者達が、己の身を守るために武装しているとの事。


 江戸時代には辻斬りがあったらしいけど、果たしてこの世界でそういうのは起きるのだろうか?


 思えば大災厄を信仰する者達と、ヘルヘイムの騎士達を除けば、悪事を働くNPC達は一度も見たことが無い気がする。


 昔にプレイしていた〈スカイファンタジー〉では、国の信頼度みたいなシステムがあった。

 国内で起きた盗賊などの問題を何回か解決する事で、『騎士の位』を獲得できるイベントが発生するのだ。

 そんな事に思考を巡らせて、数分程度の短い現実逃避をしていたら、


「ソラ君、剣を抜け!」


 ──アストラルオンライン最強の付与魔術師である自分は、今過去最大のピンチを迎えていた。

 目の前に表示されているのは、プレイヤー同士の戦いを解禁するためのシステム『決闘申請』。

 しかもルールは普段使用している『半減決着』ではなく、HPが0になると天命残数が1減る『完全決着』だった。

 申請画面から視線を外して見た正面には、これを送った張本人──クロの父親でありアリサの旦那である──全身に黒と白の鎧を装備している、ベータプレイヤーのハルトが立っていた。

 その手にはSSSクラスの漆黒の大剣〈エッケザックス〉が握られ、切っ先は真っ直ぐに此方を向いている。

 精霊の森で別れてから、頑張ってレベリングをしたのか、当時150だったレベルは現在170まで上がっていた。


 つい最近、レベル100に上がったばかりのオレとは、まさに天と地の差があると言える。


 そんなレベル差があるのにも関わらず、プロゲーマーである彼がアマチュアである自分に、本気の決闘を申請してきた理由は一つだけだった。


「俺は認めない! 娘と正式に付き合いたいのなら、先ずは父親である俺を倒すんだ!!」


「パパ……」

 

 涙を流しながら刃を向ける父親の姿に、娘であるクロが呆れた顔をする。

 その一方で妻であるアリサは、どうやらこの状況を楽しんでいるらしく、旦那の真剣な姿に先程から笑いを堪えていた。


「もう、こんなベタベタな展開になるんだろうなって予想してたら、まさか本当にやるなんて……っ」


 これだからハルト君は最高なのよ、と呟きながら止める気配のない彼女に、オレは内心頭を抱えたくなった。

 ……とはいえ、クロの父親であるハルトの気持ちは、男として十分に理解できる。

 いきなり最愛の一人娘に恋人ができたなんて言われたら、素直に受け入れるのは難しいだろう。


(でも理解できるからと言って、こっちもハイ分かりましたって引き下がるわけには、いかないんだよな……)


 クロを好きな気持ちでは、相手が親であっても負けるわけにはいかない。

 彼が娘を好きなように、自分も彼女の事を世界で一番愛しているのだから。

 故にオレは、取り敢えず彼に一つだけ提案する事にした。


「あのー、戦うのは問題ないんですけど、ジョブの仕様変更はまだ確認しかできてないので、最初は軽く手合わせして貰っても良いですか?」


「……わかった、最初の三十分間はそうしよう」


「それとオレはともかく、ハルトさんは天命残数が残り50を切ってます。クロとアリサさんの為にも、命を大事に半減決着で決めましょう」


「むぅ……」


 ルールの変更を提案すると、ハルトは急に難色を示した。


「……いや、それでは私の覚悟が」


「死に近付く覚悟よりも、今は少しでも生き残る事を第一に考えてください。ベータプレイヤーはゲームをクリアするまで、この世界から出ることはできないんですから」


「それは、そうなんだが……」


「パパ、わたしも半減決着にしてほしい」


「ゔぐぅ……っ」


 オレの説得に、ハルトが少しだけ言葉を詰まらせると、そこにクロがすかさずピシャリと言った。

 流石に娘の主張を、彼も完全に無視することはできない。

 それでもなお、ハルトがうんうん唸って悩んでいると、妻であるアリサがそっと歩み寄り、彼の耳元で何かをささやいた。

 すると兜の向こう側にあるハルトの両目が、突然大きく見開かれた。


「分かった、ソラ君の言うとおりにしよう! 戦闘ルールは〈半減決着〉、最初の三十分はスキルの試運転だ!」


「あ、ありがとうございます……」


「礼はいらないさ! 年長者なんだからね、年下の君をいつまでも困らせるわけにはいかないよ!」


 急な方向転換、これには自分も流石に苦笑いしてしまった。


 彼は一体、どうしたんだろう。


 激しく狼狽ろうばいしながら、此方の要求を全て受け入れたハルトのただならぬ様子。

 どう考えても、先程の一瞬でアリサが彼に何か言ったんだと容易に予想できる。

 目の前に表示された、〈半減決着〉を受けるか受けないかの選択肢を眺めながら、チラリとオレは、クロの隣を陣取るアリサを見た。

 すると視線が合った彼女は、綺麗なウィンクを決めた。


「二人を困らせるなら、私が完全決着でボコボコにするわよって、優しく言ってあげたのよ♪」


「優しくとは一体……」


 灰色の天使イヴリースと、ヘルヘイムの太刀使いリッターの戦いで、アリサがどれだけの実力者なのかを知っているオレは戦慄した。

 ハルトも強いけど、あの様子から察するに、二人の実力にはかなり差があるんだろう。

 どこか自分の両親に似ているやり取りに、オレは二人の上下関係を察する。


 きっと尻に敷かれてるんだろうな……。


 同情する視線を向けていたら、それに気づいた彼はわざとらしい大きな咳払いをして、手にしていた漆黒の大剣を上段に構えた。


「ごほん! では場所を変えて、先ずは軽くウォーミングアップをしようじゃないか!」


「此方こそ、よろしくお願いします」


 決闘の申請を承諾すると、オレ達は他者からの干渉を受け付けなくなるシールドを纏った。

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