第216話「賑やかな朝」

 両親が帰ってきた事によって、我が家の朝は少しだけ賑やかさが増した。

 学校に向かう準備を終えて、一階に下りると、既にそこにはスーツ姿の父親、制服姿の詩織と黎乃がダイニングテーブルに座っていた。

 母親の上條かみじょう愛詩あいしは、エプロン姿でキッチンに立っている。

 身長は大体170程。長い黒髪を後ろで一つに束ね、毎日の日課であるフィットネスで引き締まった身体はムダな脂肪は一つも付いていない。

 詩織を少しだけ大人にしたような母の後ろ姿は、息子である自分から見ても、控えめに言って綺麗だ。

 街に出かけると、二十歳くらいに見える母は時々ナンパされたりするらしい。


「おはよう」


 我が家で一番最後に起きた形となったオレは、四人に軽く朝の挨拶をする。

 すると席についている三人が、ほぼ同時に此方を振り向いた。


「おはよー、お兄ちゃん」


「おはよう、蒼空」


「グッドモーニング、息子よ……って、女子の制服じゃなくて、男子のを着ているんだな」


 三者三様の挨拶をしてくると、父親が不思議そうな顔をしたので、オレは理由を素直に答えた。


「そりゃ、中身は男だからな。服装まで女子にすると、なんか心まで女子になりそうで嫌なんだ」


「なるほど、確かにそのライン引きは大事だ。……でもせっかく可愛い見た目をしているのだから、少しくらい女子の格好を──ぐぶぁ!?」


 最後まで言い切る前に、詩織の側にいた愛猫のシロが、ロケットのように突進して雄一郎の顔面に体当りする。

 六キロの重量があるポッチャリ猫を、正面から受けた父親は、勢い良く椅子ごと後ろに倒れた。

 シロが何事もなかったかのように、詩織の所まで戻ってくると、彼女は「良くやった」と頭を撫でながら呆れた顔をした。


「まったくもう、お父さんは本当にデリカシーが無いんだから」


「そう言う詩織は、前に師匠達とショッピングに出掛けた時に、ノリノリで女子の服を着せようとしただろ?」


「何のことかしら、全く覚えてないわね」


 オレが半目で睨み付けると、詩織は顔をそらして、完全に逃げの姿勢を取った。

 ──なるほど、素直に認めるつもりがないのなら、こっちにも考えがある。

 気配を消し、すり足を使い、詩織が座っている椅子の後ろ側に無音で移動する。

 完全に油断している妹の、唯一の弱点である脇腹を狙って、オレは全力でくすぐった。


「きゃ!? ちょ、お兄ちゃん、それは反そ、にぁははははははははははは!!?」


「楽になりたいなら、素直に罪を認めるんだ!」


「や、やだ。絶対に、認めなひぃ……っ!?」


 身悶みもだえながら詩織は、何とか抜け出そうとする。

 だけど椅子に完全に座っている姿勢に加え、背後からホールドされているので、この状態から脱出するのは例え自分でも不可能だ。

 くすぐったい感覚に、歯を食いしばって我慢していた詩織は、しばらくすると、


「はぁはぁ──ごめんなさぃ。謝るから許してぇ!」


 勝利が決定した時点で、掴んでいた妹の脇から手を離す。

 苦手なくすぐり攻撃から開放された詩織は、「はぁはぁ」と荒い呼吸を何度も繰り返しながら、涙目で此方を睨みつけた。


「もう、女の子の敏感な所を触るなんて、お兄ちゃんのエッチ」


「おいおい、語弊がある言い方をするな。純真無垢な黎乃が、隣で顔を真っ赤にしてるだろ」


 話を振られた黎乃は、真っ赤にした顔を両手で覆い隠して、指の隙間から此方の様子をチラ見していた。 


「い、意外と容赦ないんだね……」


「実は、見た目ほどくすぐってないんだけどな」


「そうなの?」


「詩織は触られただけで、飛び跳ねるくらいに敏感なんだよ。だから少し刺激を与え続けるだけで、あんな感じになるんだ」


 妹の弱点を解説しながら、ちょうど二人の間に空いている椅子を引いて腰掛ける。

 すると正面に座っている父親が、手にしていたスマートフォンから目を外し、此方を見た素直な感想を口にした。


「こうして並ぶと、三姉妹みたいだな」


「オヤジ、また地面と仲良くキスをしたいのか?」


「……性転換して、息子の凶暴性が増してる気がする」


「そりゃ、望んでなったわけじゃないから、荒んだりもするだろ」


「なるほど、私なら割り切って女の子ライフを満喫するけどな」


「……オヤジ、冗談はやめてくれよ。想像したら不気味すぎて、食欲が落ちたぞ」


 そんな会話をしていたら、オーブンが焼き上がった音を立てる。

 母さんがお手性の丸いできたてパンを取り出すと、それを大きめのバスケットに入れてテーブルの上に並べた。


「あらあら、雄一郎さん女の子になりたいのなら、いつでも服を貸してあげるわよ」


「「「ヒェ……」」」


「なーんて、冗談よ。ほら、みんな早くご飯を食べなさい」


 わ、笑えない冗談だ……。

 母さんの爆弾発言に、オレと詩織とオヤジは怯えながら気を取り直す。 

 全員が揃うと、手を合わせて「いただきます」を言ってから食べ始めた。


 ──うん、やっぱり母さんの料理は美味い!


 と言っても、詩織の腕前は母親と同じレベルなので、味についてはいつもの食事との差は無かった。

 強いて言うならば、皆が揃っているからいつもより、少しだけ美味しく感じるのかも知れない。

 現に詩織も食が進んでいるらしく、一個目を食べ終わると、二つ目のパンに手を伸ばしていた。

 その様子を愛詩は、ニコニコと笑顔で眺めていた。

 楽しい食事の時間があっという間に終わったら、空になった食器を片付けるのを手伝い、学校に向かうためにカバンを手に玄関に向った。


「さて、今日は学校が終わったら──アスオンにログインして、ハルトさんとアリサさんにオレ達の事を報告しないと」


「パパとママ、びっくりするかな?」


「びっくりするどころか、オレはハルトさんがどんな反応をするか分からなくて、怖いんだけど……」


「パパは……うん。わたしが蒼空と付き合うって言ったら、凄い顔するかも」


 一人娘が不在の間に彼氏を作ったりしたら、その精神的ショックは計り知れない。

 特にハルトは、黎乃に毎日フレンド機能を使って、近況メッセージを送っている程だ。その溺愛っぷりは、絶対に良い方向に転がりそうにない印象を自分に与える。

 最悪の場合は、ベータプレイヤー最強の一人である暗黒騎士と、戦う場合も考えなければいけない。

 覚悟を決めながら、オレは黎乃と詩織と共に、先ずは学校に向かって出発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る