第215話「アロハパリピー」
告白イベントを終えた後、二人で手を繋いで自宅にようやく帰り着く。
すると家の前に、一人の不審な男性が立っているのが目に入った。
身長は180程度。短く切りそろえた短髪、ド派手なアロハシャツと短パンを身に纏い、パッと見はどこかのパリピーに見える。
腕組みをして此方を凝視する五十代の男性を前に、足を止めた自分は告白とは違った緊張感に支配された。
男性を警戒した黎乃が、怯えた子猫のように背後に隠れる。
強い
「お帰り、オヤジ」
「え、蒼空のお父さん!?」
黎乃が驚いた声を出すと同時、ニヤリと笑みを浮かべた父──
「久しぶりだな、蒼空!」
ゾワッと、何だか嫌な予感がする。
その予感は直ぐに的中し、オヤジは走りながらオレを抱きしめようと、両手を左右に大きく広げる。
一瞬だけその腕の中に身を委ねようか考えたけど、隣に現実で一年近く両親が不在の恋人がいるのに、目の前で甘えるのはどうなのかと思い至って拒否する事にした。
迫る手を、冒険者の強化されたステータスを以て、とっさにいなす。
更に姿勢が崩れた所で、隙だらけの片足を蹴り払った。
「へぶぅ!?」
すると雄一郎は、顔面からコンクリートの地面に、まるでギャグシーンのように綺麗にぶっ倒れた。
やった後で、ふと冷静になる。
いなしはともかく、どう考えても足払いは余計な追撃であった。
受け身を取ることすらできなかった父親は、地面に衝突した衝撃が強すぎたのか、小刻みに
殺ってしまったかと少しだけ心配すると、彼はいきなり地面に両手を着いて、腕立て伏せの姿勢から勢いよく立ち上がって見せた。
なんだ、元気じゃないか……。
余計な心配だったなと思い、少しだけ安心する。
立ち上がった雄一郎は、服についた汚れを払うと、正面に立って此方を見据えた。
想定外のカウンターを食らったからなのか、今度は先程みたいに、いきなり抱き着いて来ようとはしない。
実に数ヶ月ぶりに再開したオヤジに、オレは少しだけ緊張しながらも、改めて向き合った。
話題はどうしようか。
こうして久しぶりに会うと、身内が相手でも会話に困ってしまう。
何せこの数ヶ月の間に起きた、色々な出来事は余りにも衝撃が強すぎて、そして自分に数多の影響を及ぼしたのだから。
だから先ずは、全ての始まりであるTSしたという非現実的な話から、オヤジに話すことにした。
「えっと、その……。もう電話で事前に知ってると思うんだけど、ゲームの呪いでオレ、女になったんだ」
「ああ、知ってるよ。テレビでも取り上げられてたし、詩乃ちゃんからも定期的に連絡は貰ってたから。それで、元に戻る方法は?」
「男に戻るには、ラスボスを倒さないといけないんだ。だから、しばらくはこのままで過ごさないといけない……と思う」
「……そうか、今の進捗は確か災厄の三体目を倒した所だったな。一ヶ月に一体のペースだと考えれば、後四ヶ月くらいは掛かる計算になるな」
「うん。それと一番大事な報告になるんだけど──」
真剣な顔で、話を聞いてくれる父親の視線を真っ直ぐ受け止め、黎乃の手をギュッと強く握る。
勇気を振り絞って、正直に彼女との現在の関係をカミングアウトした。
「オレ、この子──クロと付き合ってるんだ!」
「………………………は?」
ウソだろ、と言わんばかりに雄一郎は目を大きく見張り、その場で硬直した。
父親からしてみたら、銀髪少女になった息子が似た容姿をした銀髪少女と付き合っていると、いきなり打ち明けてきた構図だ。
数ヶ月ぶりの再開でいきなりこんな事を告げられたら、誰だって雄一郎みたいになるだろう。
だけどそこに、恋人である黎乃が一歩だけ前に出て、綺麗なお辞儀をしてみせた。
「は、はじめまして。わたしは
「……っ!?」
あまりにも、衝撃的だったのだろう。
その場で一瞬だけ倒れそうになるが、彼はギリギリの所で踏ん張って耐えた。
「な、なるほど。君がハルトと、アリサちゃんの娘か……」
「え? パパとママの事を、知っているんですか?」
「知ってるも何も、ハルトは詩乃さんと一緒に、私のもとで切磋琢磨していた弟子なんだ。アリサちゃんは、彼女の父親がVR対戦ゲームで私が現役の世界ランカーだった頃のライバルで、その時に知り合ったんだよ」
「な、なんだと……!?」
この場面で、驚きの新情報が三つも出てくるとは。
先ず現在デバッガーの正社員で働いている雄一郎が、プロゲーマーだったというのは初耳だし、詩乃とハルトが弟子だ
ったというのも初耳だった。
極めつけはアリサの父親がライバルで、更には北欧地方のプロゲーマーというのも、驚きを禁じえない。
──ああ、でも確かに思い返せば師匠は昔からオヤジに対して、いつも尊敬の眼差しを向けていた気がする。
アレは年長者であること以外に、師である雄一郎に敬意を払っていたのか。
アリサに関しては、あの化け物みたいな動きを知っている身としては、その父親が人外魔境の世界ランカーならば腑に落ちると思った。
「全く、なんで黙ってたんだよ」
「本当は蒼空がプロになった時に明かして、私と戦えっていうサプライズがやりたかったんだがな。世界がこんな状況で、何があるか分からないから、今の内に教えておく事にしたんだ」
「なるほど?」
「なんていうか、世間って狭いんだね」
「……周りに世界クラスが多すぎるんだよなぁ」
黎乃の素直な感想に、自分は苦笑いする。
雄一郎は目の前まで歩み寄ると、隣りにいる彼女に優しい眼差しを向けた。
「まさか二人の娘と、蒼空が付き合う事になるなんてね。黎乃ちゃんは、蒼空のどんな所が好きなんだい?」
「蒼空の、好きな所……」
問い掛けられた黎乃は、少しだけ考えるような素振りを見せた後、
迷いの無い、真剣な表情で答えた。
「とても優しくて、誰よりも強くて、そして守ってあげたくなる所です」
「……守ってあげたくなるか。色々と大変だと思うけど、末永く息子のサポートをよろしく頼むよ」
「はい、まかせて下しゃい!」
……あ、良いところで綺麗に噛んだ。
緊張すると、時々舌が回らなくなるのが、彼女の可愛い特徴の一つである。
実に微笑ましいが、噛んでしまった本人はやってしまったと、顔がリンゴのように赤く染まった。
恥ずかしさの余り、黎乃は両手で顔を覆い隠してしまう。
その姿が余りにも可愛くて、オレはオヤジと揃ってほっこりしていると、
「もう、恥ずかしいからじっと見ないで……っ」
「ぐふぁ!?」
視認する事が困難なレベルの左肘打ちが、隣りにいた自分の脇腹を、的確に鋭く打ち抜く。
絶妙に手加減されていて、威力が全くない辺りに黎乃の技量の高さを
雄一郎は、そんなオレ達を眺めながら、ずっと楽しそうにニコニコしている。
先程まであった気まずい雰囲気は、気が付けば完全に消失していた。
玄関の扉が開く音がすると、詩織がエプロン姿の可愛らしい姿で、此方をジッと恨めしそうに睨みつけてきた。
「ちょっと三人とも、いつまで家の前で遊んでるのよ。話が終わったなら、手を洗って夕飯食べに上がりなさい」
「おお、すまない。今日は久しぶりに詩織の手料理が食べられるんだ。早く戻らないと冷めてしまうぞ!」
機嫌よく鼻歌まじりに、父親は素早く家の中に上がっていった。
詩織と視線が合うと、彼女は歩み寄り満面の笑顔を浮かべ、
「お兄ちゃんと黎乃ちゃんも、早く家に上がりなさい。今日はお父さん達が帰ってきた事と、二人が付き合い始めた記念日なんだから」
「おま、なんで──」
「何で知ってるのかって? それはもちろん、お兄ちゃんの妹だからよ」
「ふふふ、詩織ちゃんには敵わないね」
まったくだと、黎乃の言葉に同意する。
昔から隠し事を直ぐに見抜いてしまう妹の洞察力に、オレは心の底から感服するのであった。
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