第213話「初めてのデート②」
映画館に到着すると、先ずは予約購入していたチケットを発券する。
飲み物と食べ物に関しては、自分は基本的に鑑賞中は取らない主義なのでスルーだ。
黎乃に一応買うか確認してみたら、彼女も集中して観るタイプだから、いらないとの事だった。
時間が来てシアターの中に入ると、チケットに記載されてきる番号の座席に向かった。
座席は一番のお気に入りでスクリーンを苦なく見渡す事ができる、中央のやや後方。そこに黎乃と並んで座ると、流れていたPVが終わった後に上映が始まった。
──大画面で映し出される迫力満点の映像を、オレはただ無心になって眺めた。
物語は『なんでも屋』みたいな仕事をしているクール系の青年が、他のゲーム内で起きた怪奇事件の調査を頼まれ、自身が育て上げた最強のキャラデータをコンバートする所から始まる。
主人公がステータスを確認するシーンは、つい先日──自分のレベルが、100に到達した時の事を思い出す。
『チュートリアルを達成しました』
『〈ビギナー〉から、〈アドバンスド〉にクラスチェンジします。それに伴いまして、HP以外の現ステータスをリセット。レベルに応じて、ボーナスポイント990を獲得しました』
ルシフェルから突然聞かされたのは、全く予想だにしていなかった内容だった。
一体どういう事なのかと、気を取り直した後に彼女に聞いてみたら、
『文字通り、レベル100に到達する事でマスターは
そう答えたルシフェルは、次に新ステータスの詳細を見せてくれた。
『HP』体力、持久力、疲労値の上限を強化する。
『MP』魔力の上限、状態異常に対する耐性を強化する。
『筋力』物理攻撃にプラス補正。装備重量の上限を強化する。
『物防』物理耐性を強化する。
『魔防』魔法耐性を強化する。
『理力』魔法攻撃や奇跡などの効果値をプラス補正する。
『敏捷』速度の上限を強化、スキルの発生速度や硬直時間を短縮する。
『積量』レベルを一つ上げると、基本数値にプラス5される他に、筋力を強化する事によって上限が上がる。オーバーした際には、敏捷が減少する等のペナルティが発生する。
これら八つのステータスが、ボーナスポイントで強化できるようになった新要素。
アリサいわく、この領域に踏み込んだ者達は〈アドバンスドプレイヤー〉と呼ばれているらしい。
まさかレベル100に到達する事が、初心者を卒業するための最低ラインだったなんて、一体誰が想像できるか。
だけど獲得したポイントを、頭を悩ませながら振り分けるのは実に楽しかった。
(……ああ、昨日はポイントを振り終わったタイミングでメンテナンス告知がきたから、全く試せなかったんだよな)
強化したステータスで、一体どれだけ強くなれたのか。新しくなる職業スキルと合わせて、早く色々と試したい。
そんな事を考えながら、肘掛けに両手を掛けると、右隣にいた黎乃の左手の指に自分の指が軽く絡んでしまった。
(ぴぇ───っ!?)
全く意図しない接触に、油断していたオレの心臓は大きく飛び跳ねた。
とはいえ、ここは映画館の中。声や音を出すのは、絶対に許されない空間である。
頬が湯たんぽのように熱くなるのを感じながら、慌てて肘掛けから手を退け胸に抱く。
横目で黎乃の様子を伺うと、彼女もびっくりしたらしく同じように触れた手を胸に抱き、頬を赤く染めていた。
映画館の中でも手を繋ぐとか、完全にラブラブなカップルがやる事ではないか。
自分でやってしまったとはいえ、衝撃的すぎて先程まで考えていた〈アストラルオンライン〉の事とか、今見ている映画の内容とか色々なものが頭の中から一気に消し飛んでしまった。
体温が急上昇するのを感じながら、今日は空席で良かったと、少しだけ安堵する。
真横に人がいたら、こいつ上映中に何してんだと顔をしかめられていたか、怒られていたかも知れない。
冷静になろうと努めながら、深く呼吸を何度か繰り返し、乱れた心身を鎮める。
その間にスクリーンの中では、主人公が調査に協力してくれるヒロインの女性と、中々に良い雰囲気になっていた。
それを眺めながら、
(……黎乃は、オレの事が好きなんだよな)
落ち着いた後に考えたのは、隣にいてくれるパートナーの事だった。
自分が鈍感すぎただけで、思い返せば今まで彼女なりに色々とアピールはしていたのだ。
今まで気づいてあげられなかったのが、ハッキリ言って申し訳ないレベルであった。
穴があったら入りたいって、こういう事を言うんだな……。
じゃあオレはどうなのかというと、正直に言って黎乃の事は──好きだ。
お互いに辛い時に支え合った仲だし、隣に彼女がいない未来を考えると、ギュッと胸が締め付けられるような痛みを感じる。
恋愛初心者で、過去色んな少女達に告白されたけど、こんな現象に陥ったのは生まれて始めてだった。
黎乃と同じくらいの美少女である、弟子のイリヤやイノリに告白された時だって、彼女達の気持ちに応えられる程の思いを抱けなかったのだから。
故に困惑もしている。
どうして、今まで抱くことのなかった好きという思いを得る事ができたのか。
どうして、同時に幼い頃の自分がエルと共にいた記憶を思い出したのか。
二つが関連しているとしたら、もしかしたらこの感情には、エルが関与している可能性だって考えられる。
(エルが何者なのかは分からない。だけど、少なくとも今のオレは……)
黎乃の事が、世界で一番大切だ。
例え作られた感情であったとしても、今ここにいる自分が好きで、ずっと一緒にいたいと思っているのは隣りにいる彼女である。
それを否定したくない。偽物かもしれないと言って拒絶したくない。
スクリーンに映し出されている、主人公とヒロインのキスシーンを、目を逸らさず真っ直ぐ見据える。
『マスター、助言は要りますか?』
ルシフェルの問いかけに対し、オレは無言で首を横に振った。
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