第四章〜荒原の双鬼姫編〜

第212話「初めてのデート①」

 土曜日のお昼ごろ。

 オレと黎乃は、二人っきりで神里市の東住宅街を出て、中央区に遊びに来ていた。

 世界で〈アストラルオンライン〉の汚染が徐々に進んでいる現状で、こんな事をしている暇があるのかと誰だって思うだろう。

 だが今は〈アストラルオンライン〉はメンテナンス中であり、ログイン出来ないとなれば、もはや家で寝るか遊びに行くかの二択しかなくなる。


「蒼空、このアイスクリームとケーキのデザートセット美味しいね」


「うん、そうだね」


 今いるのは中央区にある、有名なスイーツの飲食店だ。

 チョイスした理由としては、誘った少女が甘い物を食べたいと言ったら、スマートフォンに宿っているサポートシステムのルシフェルが無線イヤホンを利用して『この店がオススメです!』とここぞとばかりに推して来たのである。

 まぁ、確かに店全体の落ち着いた雰囲気とか、値段もお手頃でどれを選んでも美味しそうだった。

 黎乃も喜んでくれているので、実に助かる思いなのだが、


『マスター、“デート”に最適な情報は全てインプットしています。困った事があったら、このルシフェルになんでも聞いて下さい!』


 君って、そんなキャラだったっけ?


 やけにテンションの高いルシフェルに首を傾げながら、強調された『デート』という単語に反応して心臓が強く脈打つ。

 オレは隣に座り、ぴったりくっついている、北欧系の血が流れる美しい銀髪の美少女──小鳥遊黎乃を横目で見た。

 二人っきりで出かけたいと、自分から誘ったので現在彼女は、気合いを入れてオシャレをしている。

 身につけているのはブランドもの。

 落ち着きのある、お嬢様っぽいワンピースだ。

 白と黒は自分の好きな色合いで、実に似合ってるし可愛らしいと思う。

 その一方で、自分はいつもの白のTシャツに短パンと黒いパーカーを羽織っただけの、近所のコンビニに出かけるようなラフな格好だった。

 詩織からはちゃんとした服装で行きなさいと、まるでオカンのような注意を受けたけど、今回はそれをスルーして来た。

 何故かというと、いつもの格好でなければ、確実に緊張して自然体ではいられなくなると思ったからだ。


(……うう、黎乃に告白されて以降、まともに顔を見れないんだよな)


 胸の内側に持て余しているのは、今まで感じたことがない、身が焦げるような熱い思いだった。

 ソフトクリームを口にしながら、なんとか黎乃と話をしようと話題を求めた結果、自分はスマートフォンを取り出しアスオンの現在の進捗状況を確認した。

 ホームページには、大きな文字でこう書かれている。


【アストラルオンライン、運営からのお知らせです】


 ──複雑化したシステムを一新する為に、大幅な変更が実施されます。


 一つ目は〈スキルポイント〉システムを廃止し、設定した『職業』は今後ポイントを振るのではなく、プレイヤーレベルを上げることで強化される仕様となります。

 ジョブスキルに関しましては、これまでと同じように、レベルを一定値まで上げることで獲得出来ます。


 次に新規要素と致しまして、〈ジョブポイント〉システムを追加します。

 ジョブポイントは、プレイヤーレベルを一つ上げることで1ポイント獲得でき、それをジョブスキルに5ポイント投入する事で強化する事が可能です。

 またレベルを一定値まで上げることで、ジョブスキルが進化するようになりました。

 これで好みのスキルを強化する事で、プレイヤーの個性を出すことができます。


 その大規模な変更に伴いまして、プレイヤーである皆様が設定している職業のスキルを、リセットするメンテナンスを実施します。

 これまでに獲得し、消費したスキルポイントにいたしましては、新たにジョブポイントという形でレベルと称号効果に応じて補填致しますのでご了承下さい。


 ──というのが、現在〈アストラルオンライン〉が長期メンテナンスしている大体の理由であった。

 ちなみにジョブの仕様変更もあり、その中の一つには〈付与魔術師〉の“同じ付与スキル重ね掛け”と“プレイヤーのスキル付与可能数の上限”も廃止される事となっていた。


「はぁ、他にも回数制じゃなくて時間制になったり色々と変更があるらしいけど、なんだってこんな急に……」


「詩乃お姉ちゃん達も困惑してたね。何だこの謎の大型アップデートはって」


「そりゃ困惑するだろ。下手すると今まで使ってた戦術を、1から作り直さないといけなくなるからな」


「うーん、それは大変だね」


 現実のオンラインゲームでも、似たような大型アップデートはあるので、実のところ珍しくはない。

 そういった時は、大抵は初心者を入れるための変更だったりするのだけど。

 アスオンの場合はお金目的の為ではないので、このような大規模な変更に意味があるのかは謎である。


「ジョブレベルを、プレイヤーレベルに合わせるか。……まぁ、元々100でカンストしてるオレみたいなのには、ここら辺の変更は余り関係ない話だな」


「それよりも、今まで強化されてきたジョブスキルのリセットがすごく怖いね。読んだけど、わたしの〈格闘家〉のスキルもポイントを振り直しする事になるのかな?」


「文面通りだと、オレもそういう事になな。はぁ……なんだって急に、こんな変更が来るんだよ」


『〈アストラルオンライン〉の神は、常日頃より試行錯誤されてますからね。もしかしたら、私達では測ることのできない、何かがあったのかも知れません』


「正に、神のみぞ知るってやつか。まったく、振り回される方の身になってほしいぞ」


 と嘆いていても、冒険者カードでプレイを義務付けられている自分達は、何があっても〈アストラルオンライン〉からは逃げられないのだから余計に質が悪い。

 SNSでは『これ一番影響受けるの、竜国で職業レベルカンストさせた〈白銀の付与魔術師〉では?』と数多くのコメントが散見される程だった。

 果たして自分の〈付与魔術師〉のスキルは、一体どうなるのか。


 ああ、考えるだけでも憂鬱だ……。


 少しやけになって、注文したアイスとケーキのワンセットを一気に食べきると、隣にいる黎乃が急に頭を撫でてきた。


「ちょ、黎乃さん?」


「んー、落ち込んでる蒼空を、慰めてあげようと思って」


「……ありがとう」


 優しく微笑む彼女の言葉に、短い感謝の言葉を告げると、その愛撫に身を委ねた。

 周囲からは、何だか温かい視線を感じるけど、害意は全く無いので無視する。

 数分間程、黎乃に撫でられていると落ち込んでいた気持ちは回復して、だいぶ元気になった。


「良し、そんじゃ次は予定していた映画を見に行こうか」


「うん。たしかVRMMOを舞台にした、事件を二人のプレイヤーが解決する話だよね」


「そうそう、しかも師匠とグレンがスタントマンになって撮影したらしくてさ。アクションのクオリティが凄いって、ネットで高評価なんだ」


「それは楽しみだね」


 席を離れると、そのままレジに向かって会計を済ませた後に店を出た。

 外は休日ということで人が多い。友人同士や家族連れが多く目にとまるが、やはりその中には男女のカップルもいる。

 賑やかな大通りに出た自分は、隣に並んで歩く少女の手を、はぐれないように無意識の内に繋いだ。

 すると足を止め、黎乃は此方をじっと見つめてくる。

 彼女は口元に微笑を浮かべ、何も言わずに繋いだ手を離さないように、

 ──強く握り返してくれた。

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