第194話「歌姫の告白」

 巨大生物が泳いでいるのを眺めながら、ソラ達は歩き海底トンネルの奥深く──神殿を目指して進む。

 透明なトンネルの向こう側に見えるのは、クラーケン、キングシャーク、どれも一度は相手をしたモンスターばかりだ。

 こうして下から眺めてみると、やはり全長10メートル級のモンスターはヤバいくらいにデカい。

 海底トンネルは破壊不可能に設定されているオブジェクトとはいえ、特殊イベントで崩壊する可能性も十分に有り得るだろう。

 もしもそうなったら、戦闘は避けられないなと考えている内に、遠くに見えていた建造物は着実に近づく。

 その数分後には、危惧していたイベントが起きることなく無事に神殿にたどり着く事が出来た。


「うわぁ、綺麗な建物だね」


 目の前にそびえ立つ大きな神殿を間近で見て、クロが素直な感想を口にする。

 そこには旅の最終目的である、水色に輝く全長10メートル程はある柱に囲まれたピラミッド型の建物が一つだけ建っていた。


 海底神殿エノシガイオス。

 王族と同じ水神の名を与えられた古代遺跡の一つで、歌姫を育成する為のシステムが備え付けられている訓練場でもあるらしい。


 周囲の柱は地面に刻み込まれた線で繋がっており、綺麗な六芒星が神殿に容易に入れないよう強力な結界を作り出している。

 強度は例えるならば、アリサが以前に見せた魔槍〈ゲイボルグ〉の一撃を放ったとしても、破壊する事は出来ないと思われる程だ。

 ラウラが先頭に立つことで、結界は歌姫を認証してパーティーであるソラ達に対してその効力を停止させる。

 そのまま一行が中に入ろうとしたら、リーダーであるソラの目の前にウィンドウ画面が出現して、彼に二つの選択肢を要求して来た。


 一つはラウラと、もう一人だけを選び、二人で神殿の敷地内に足を踏み入れる事。


 二つ目は、この場に背を向けて大人しく引き返す事。


 ここまで来て、今までの労力を全て無にする二つ目の選択肢を選ぶ事は、誰が考えたとしても絶対にあり得ない。

 ならば誰が組むのかという話になると、メイン武器が破損しているクロと後衛の装備である弓のイノリは、自然とメンバーから外れる。


 そうなると最終的に残るのは、ソラとアリサの何方かだったのだが。


「ここで私はクロちゃん達を守るから、ソラ君はラウラちゃんを守ってあげなさい」


 早々に彼女が娘とその友人の側にいる事を宣言した事によって、ソラとラウラのペアで神殿に入る事が決まった。


「ま、リラックスして行こうか」


 苦笑しながらオレは、青髪の歌姫の横に並び立つ。

 二人が歩いて淡い輝きを放つ階段を上がり、結晶で作られたピラミッドの内部に足を踏み入れると、そこは四方を柱で支えられた広い空間だった。

 真ん中にある六芒星の結界で守られている台座には、青い宝石がめられた指輪を確認する事ができた。


 ──〈蒼玉そうぎょくの指輪〉。


 大天使ガブリエルの力を宿す、癒やしの力が込められた秘宝。

 長い船旅の終わりを告げる、オレ達が目指していた三つ目のユニークアイテム。


『これより、最後の試練を開始します』


 一定の距離まで近づくと、青色の床からスッと青い結晶で作られた七体の鎧騎士が出現する。

 〈クリスタルナイト〉指輪を守るために設置された守護者。倒したとしてもHPが全回復して、永久に立ち上がってくる仕様らしい。つまりコレは、単純に敵を倒せば良い試練ではないという事だ。

 全てを理解したソラは、自然と攻略の鍵であるラウラを守るために前に出る。


「オレが相手になってやるよ」


 白銀の魔剣を抜き、構える白銀の少女。

 結晶騎士はそれに応じたのか、歌姫のラウラには見向きもせず、オレに殺意を剥き出しでそれぞれの武器を手に猛烈な速度で一斉に向かって来た。




◆  ◆  ◆




 ──神殿に向かって歩いている間、ふとラウラは昔の事を思い出していた。


 幼い頃に自分は、王家のみが閲覧を許される天上の物語『六人の勇敢なる冒険者』の絵本を母上に読んでもらうのが大好きだった。

 内容は空の世界に蔓延はびこる古の化物達を彼等が仲間達と討ち倒し、国を救っていく冒険をメインとした物語だ。

  

 基本的に、六人が負ける事は全く無い。

 皆卓越した力と技術の持ち主であり、数多の冒険者達の中でも上位の実力者ばかりだったから。

 そして殆どの危機的な状況を打破する鍵となっていたのは、六人の中で更に突出した戦闘能力を持つ、七つの神器を自在に操る一人の冒険者だった。


 彼の二つ名は、黒閃コクセン


 他の全ての者が倒れたとしても、彼は最後まで諦めずに戦場に立ち続ける。

 救ったモノは、スラムの小さな少女から大きな国まで千差万別で、両手の指では到底数え切れない程。

 七つの神器と共に数多の戦場を駆け巡り、全てに勝利をもたらす武之神の化身。


 唯一の欠点は、恋愛に関してとても鈍感なところ。

 パーティーメンバーの女性二人が好意を寄せていても、全く気づかずに彼は常に次の戦いの事を考えていた。

 そんな彼に付けられた裏の二つ名は『天然武神ジゴロ』『強さの代償に愛情を失った剣士』と散々なモノばかり。


 でも妾は──仲間の女性達と同じように、優しく全てに手を差し伸べる少年の事が気に入った。


 何度も飽きる事なく彼の登場するページを読み返し、一喜一憂しては読み終わると、一度でも良いから会ってみたいと空を見上げ思っていた。


 ──ラウラは結晶騎士達との戦いに真正面から応じ、その全てを剣技で捻じ伏せる白銀の少女の後ろ姿を見て、胸から込み上げてくる『思い』を力に変えて歌い出す。


 どんな強敵が相手でも、真っ向から怖じ気づく事なく立ち向かう勇姿。


 ソコにいるだけで、安心感を与えてくれる心強い存在。


 ──ああ、天上からこの世界を救う為に選ばれたのは、やはり貴方だったんですね。


 灯台で夜景を眺めながら全てを語った時、大災害を封印するのではなく倒してしまえば良いと言ってくれた白銀の少女の姿が、物語の少年と重なった。

 見間違いかもしれない、と自分に何度も期待するなと言い聞かせてきた。

 でも旅を共にする内に、全ての戦いで率先して前に出る彼の姿は、何度も黒髪の少年を幻視させた。

 歌いながらラウラは、城を抜け出す際に手伝ってくれた母が、最後に助言してくれた事を思い出す。


『歌姫として目覚めるには、ずっと一緒にいたいと思えるほどの熱い恋をしなさい』


 鎮める歌の力の根源は、全てを包み込む愛情を持たなければ真価を発揮することは出来ない。


 幼い頃から真に思える人は、物語の中にしか存在しなかった。

 そんな自分が現実で、心から恋をするなんて事が果たして出来るのだろうかと、ずっと疑問に思い続けていた。


 だから、


 ああ──こんな素敵な旅が出来た事を神様に感謝します。


 先程のキスの件について、仲間の黒髪の少女と青髪の少女には悪いと思いながら、この締め付けられるような胸の思いが届いたら良いなと願いながら。


 海の歌姫は歌い、一体、また一体と結晶騎士の活動を鎮めその機能を停止させていく。


 そうして全部の結晶騎士が活動を停止させると〈蒼玉の指輪〉を守っていた結界は消失した。


『最後の試練を完了致しました。歌姫様、お疲れ様でございます。指輪を受け取り、転移の結晶を利用して地上にお帰り下さいませ』


 終わ、った……?


 呆然となって、ラウラは自身の目の前に表示された【Mission Complete】の文字列を眺める。

 剣を腰の鞘に納めたソラは、振り返ると満面の笑みで「GJグッジョブ、ラウラ」と物語の中と全く同じ言葉を口にした。


「周囲の結界が消えてないって事は、指輪を回収するまでクロ達は中に入れないって事かな」


 彼はそう言って背を向け、指輪がある台座に向かってゆっくり歩き出す。

 ラウラは後を追い掛けて、ソラと肩を並べると台座の前で足を止める。

 ──結晶で作られたリングに、青い輝きを放つ宝石が嵌め込まれた指輪は、思わず息を呑んでしまう程に美しい。


 ソラは指輪に右手を伸ばすと、何事もなく指輪を手に取り、次に此方を伺うように見る。

 元より〈蒼玉の指輪〉は渡すつもりだったので、頷いて「ソラ様に差し上げます」と伝えてあげると、彼はアイテムストレージに収納した。


「さて、結界も消えたし後は帰るだけか。色々あったけど、皆で無事に乗り越える事が出来て一安心だよ」


 軽く伸びをして、ソラは口元に笑みを浮かべる。

 さり気なく彼の右腕にそっと左腕を絡ませ、身体を預けた少女は、勇気を振り絞って口を開いた。


「ソ……ソラ様、お話があります」


「うん? どうかしたか、ラウラ」


「妾は、妾はソラ様の事が…………好きです」


 押さえきれない胸の熱い思いを、星の鼓動のように脈打つ思いを、歌姫は想い人である白銀の冒険者に告げた。


 彼は少しだけ逡巡しゅんじゅんした後に顔を伏せ、告白した少女にしか聞こえない程度の小さな声で答える。


「ラウラ、オレは───」




 それは、実に分かりきっていた答えだった。



 

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