第195話「振った少年と振られた少女」
アレから結晶の力で地上に戻ったソラ達は、船長達と合流してそのまま船に向かい、急いで島を出発する事になった。
なんせ国に戻ったら王女様の身体を
一刻も早く王女を苦しみから開放して、長き因縁を断ち切ってやらなければ。
島の人達に見送られて出発したソラ達は、そこでようやく休憩する事ができた。
ルーカスが労いの言葉をかけに来ると、
その話には賛成なのだが、オレ達は流石に〈ヘルヘイム〉との戦いで疲れ果てている。
船の移動速度では、国に戻るまで数日を要する事から、一旦解散して休憩を終えた後に行う運びとなった。
自室に戻ろうとすると、いつも後ろをついて来ていたラウラは違う方角に向かう。
察するに、どうやら今回彼女は一緒の部屋ではなく、あてがわれた自室を使うらしい。
少し気落ちしている様子の彼女のことを心配して、何が起きたのか何となく察しているクロとイノリが、ラウラの後をついて行った。
これに関しては、オレから何かを言う資格はないし、かえって逆効果になりかねないので黙って静観するしかない。
珍しく一人で部屋を扱う事になったソラは扉を開け、いつもより広く感じる個室に入る。
シャワーを浴びるような気分ではなかったので、そのままベッドの上に横たわると、ゆっくり深いため息を吐いた。
考えなければいけないのは沢山ある。
自分が最初に魔王と戦う事になったのには、何らかの理由がある事。
チャンスだったにも関わらず、何もしないで去ったヘルヘイムのお姫様。
だが優先すべきそれ等よりも、少年は一つの事柄に思考が向いてしまう。
それは他でもない、神殿内部でラウラから告白された事だった。
「……好きです、か」
告白されたのは、素直に嬉しかった。
こんな女の子と付き合えたら、現実の世界ではないとしても幸福な事だと思えるだろう。
だけど、その思いに応えてあげる事は出来なかった。
大切だと思う、守りたいと思う、可愛らしいと思う、優しい子だと思う。
それでもなお、付き合う事はできない。
何故かと問われると、その理由は───
「あれ、なんでオレ付き合えないんだっけ……?」
全く頭の中に浮かび上がらない事に気がついて、ソラは驚いた顔をした。
物事には必ず理由がある、付き合えない理由と言ったら普通は好みじゃないとか、他に好きな人がいるとか。
普通はそういったものが挙がる筈なのだが、この時に自分は何一つとして思い浮かばなかった。
認識できるのは唯一つ、自分の胸の中に謎の大きな欠落が生じている事。
この欠落は一体、
「──、ッ!?」
意識した途端に、ズキンと急に頭に謎の小さな痛みを感じた。
しかもそれは、欠落を意識すればするほどに増していき、次第に無視する事が出来ない程にまでなる。
──フルダイブゲーム内では、あらゆる痛みが遮断される。そうでなければモンスターの攻撃を受けて痛がっていては、まともにプレイもできないし、最悪のケースとしてショック死も有り得るから。
だというのに、プレイヤーを守るための防壁が一切機能していない。
〘マスター! 謎のエラーが発生して、アバターに深刻な障害が発生しています!?〙
謎の頭痛が発生している事に、サポートシステムのルシフェルが驚いた声を出す。
「なんで、バグのないアスオンで……こんな、事が…………」
〘……私にも分かりません。これは一体、……ッ、サポートシステムよりワールドサポートシステムに緊急要請、謎のバグにより冒険者〈ソラ〉に深刻なエラーが発生しています! 至急原因の解明と対応を!〙
これまでにない程に珍しく、ルシフェルが焦ったような声で、運営側である〈ワールドサポートシステム〉に呼びかける。
だがいくら待っていても、システムは答えてくれない。
こうなったら、一か八かログアウトをしようかと思った瞬間、
何か、見たことが無い映像が頭の中をフラッシュバックした。
顔の見えない白髪の少女が目の前に立ち、何かを自分に言っている。
上手く聞き取れないが、口の動き方から何を伝えようとしているのか、ソラはゲームで身に付けた拙い読唇術で読み取ろうと試みる。
その結果、一部分だけだが理解することが出来た。
『わたしとのやくそく、わすれないでね』
約束? 約束を忘れないでとは一体──
【外部によるセキュリティの綻びを確認。ワールドサポートシステムにより、冒険者ソラに処置を行います】
無感情な少女の声が耳に届くと、ソラの意識は強制的に深い闇の中に落とされた。
◆ ◆ ◆
「ようやく落ち着いて眠ったのじゃ」
消沈したラウラを心配して追いかけたイノリとクロは、部屋に入るなりせき止めていた悲しみを爆発させた彼女が泣き止むまで、ずっと側で話を聞いていた。
王家だけが読むことを許されている、絵本に出てくる『武の神』がソラである事。
好きだった思いに、応えられないと言われたこと。
それら全てを吐き出した失恋のお姫様は、泣きつかれて眠りについた。
ラウラの涙を拭うスライムのスーちゃんを眺めながら、イノリは苦笑交じりにこう言った。
「まぁ、ラウラの気持ちは良く分かるのじゃ。我もその昔にソラ君に告って、あっさり振られておるからの」
「え、そうなの!?」
突然のカミングアウトに、クロが目を丸くして凝視する。
イノリは視線を受けながら、驚いている様子の彼女に頷いて見せた。
「実はそうなんじゃよ。……と言ってもソラ君に彼女は居らぬからな、未だに諦めないスタンスで、頑張って好感度を上げようとしている所じゃ」
「わ、わたし、ソラのパートナーだよ」
「クロよ、それは多分彼女と認識はされていないのじゃ」
「ゔぅ………ッ」
薄々感づいてはいたのか、ストレートに指摘を受けたクロは黙ってしまった。
それが何だか可笑しくて、つい吹き出すように笑ってしまう。
少しだけ悔しそうな顔をするクロの視線を受けながら、ラウラは話を続けた。
「まぁ、もちろん断られた最初の頃は、大泣きして枕を濡らしてしまったのじゃが。後にイリヤまで断られた事を知っての、何だあのゲームバカ絶対に振り向かせてやるぅ、と逆に燃えることになったのじゃ」
「イリヤちゃんまで……イノリちゃんは、強いんだね」
「ふふん、我は胸の大きさと諦めが悪い事に関しては自信があるのじゃ」
「ゔぅ……確かに胸は大きい……」
Hカップはある二つの山を見て、クロが自身のと見比べて敗北感に小刻みに震える。
とはいえ、彼女にマウントを取るために、このような話をしたわけではない。
イノリは真剣な顔をすると、絶望的な戦力差に震えるクロに一つだけ大事なことを告げた。
「ちなみに現状で、ソラ君に誰が告白しても全て断られると思うから止めとくのじゃよ」
「え、なんで?」
「申し訳ないのじゃが、上手く言葉にする事ができないのじゃよ」
「…………?」
怪訝な顔をするクロを、イノリは可愛らしい子だと思いながら先程聞いた情報から一つの確信を得る。
第一にこのゲームが本格的に動き出したのは、全てはソラが魔王と出会った所から始まっている。
そして先程の話に出てきた絵本、これは内容からして間違いなく自分達がプレイしていた〈スカイファンタジー〉の内容に間違いないだろう。
彼が選ばれた事に意味があるのならば、先ず間違いなくソラとこのゲームは無関係ではない。
ラウラは額に汗を浮かべて、自分の推測に一つの答えを得る。
ソラが進める攻略は偶然ではなく、何者かが計画的に進めている事なのかも知れない。そしてそれを計画した者は、彼の事を良く知っている人物なのではないか?
背筋に寒い何かを感じたイノリは、思わず背後を振り返る。
だけど、そこには当然、
誰もいなかった。
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