第185話「戻れない道と前向きな気持ち」

 レストエリアの中は広く、壁と天井は洞窟を加工して人が住みやすいようにしたホテルの一室みたいな作りだった。

 広さとしては、六人住まいの一戸建てのリビングと同じくらい。

 排泄機能はいせつきのうはゲームの仕様上は無いので、トイレ等は付属していない。

 あるのは料理用のダイニングキッチンと、別室にはフルメンバーの六人が寝れるように設置されたベッドが六つ。

 他には疲労度回復の為のお風呂が付属しているらしく、中の様子を見に行ったクロが温泉になっていると大喜びをしていた。

 最後に殿しんがりをしてくれていたアリサが警戒しながらエリアの中に入ると、彼女の背後で扉が自動で閉まり鍵がロックされる。


 その直後に足元が揺れて、軽い地震があった後に扉の向こう側で何かが崩れる大きな音がした。


 アリサと顔を見合わせ、まさかと思い扉に触れて確認したら『この先でトラブル発生中、安全確保のため扉を開くことはできません』と目の前に警告文が表示される。


「あら、これってまさか……」

「ゲームだと定番の展開ですね。扉が開かないって事は、ここから来た道を戻る事は出来ないのかな?」


 アリサと顔を見合わせ、ソラは過去ゲームの経験から予想する。

 この状況から発生するゲームのお約束的な展開というと、頭の中にパッと思いつくのは一つだけだ。

 恐らく最終地点にある『海底神殿』を攻略することで、地上に帰還する為の何かが出現するんだと思われる。

 それが各国の中央広場にある転移門なのか、それとも魔法陣の形をしているのかは実際に行ってみなければ分からない。

 だが今通って来た道を再び徒歩で戻る必要がないのは、とてもありがたい事だとソラは思った。


「道が塞がれたってことは、ここから先は背後からの襲撃を気にしなくて良くなったってことね」

「アリサさん、前向きに考えるのならそうですね。ただ悪い意味で言うなら、進んだ先で何かあったときにオレ達には退路がないって事になりますが」

「退路を考えているようじゃ、冒険者としてはまだまだ未熟よ。私達は常に危険と隣り合わせ、何が来ても力とパワーで乗り越える覚悟を持たなきゃ」


 ああ、そういえばこのお方は脳筋思考のパワータイプだった。

 灰色の天使イヴリースを、取りあえず殴るスタイルで撃退したのは記憶に新しい。

 これまでも厄介ごとは、全て力で解決してきたのだろう。

 力説する彼女は真剣そのものの顔で、強い圧をソラに感じさせる。


「……まぁ、その考え方には一理あるとは思います。でも残機制のこのゲームだと、一つ減るのも後にどれだけ影響するか分からないので、どうしても慎重になるというか何というか」

「ふふん、そんなソラちゃんに良い事を教えてあげるわ」

「良い事?」

「後の事は考えないで今を最大限に楽しみましょう。人生後ろ向きになっても何も良い事はないわ。現に私はその考え方でこのゲームをプレイしてから────まだトータルで五回しか死んだことがないわ」

「ご、五回……ッ!?」


 レベル180で五回しか死んでないのは、化け物すぎないか。

 絶句するソラの様子にアリサは満足そうに笑顔を浮かべ、この場を離れてクロと合流する。

 レストエリアの内部を母と娘が一緒に探索する微笑ましい姿を眺めながら、ソラは彼女から言われた言葉を胸中で呟いた。

 今を最大限に楽しむか……。

 ベータプレイヤーのレベル180で、オマケにこの世界に囚われている彼女から言われると説得力がすごい。

 思い返せば最初のころと違って、最近はゲームを遊んでいる気持ちの中に少なからず義務感でプレイしている部分もある。

 純粋に楽しめているかと問われたら、YESと即答することはできないだろう。

 しかしアリサは自身の置かれている現状を理解した上で、このゲームを楽しんでいる。

 これは見習わないといけないな、とソラは苦笑して気合を入れるために自身の頬を軽く叩いた。


「良し、取りあえず次のステージの確認だけしておくか」


 指で何もない空間をタッチしてルームの構造マップを表示、NEXTと表記され存在をアピールするかのように点滅している場所に向かう。

 出入口は二か所。片方は今オレがいるバツ印がしてあるのと、ちょうど反対側にもう一つの外に繋がる道がある。

 一目で全体の構造を把握したソラは、迷わずに扉がある場所に真っ直ぐたどり着いた。

 するとそこには大きな扉があり『力の試練』と書かれていた。

 『力』がテーマということは大体予想できるのは、敵を倒しながら進む系のダンジョン。

 残念ながら洞察スキルで、この先がどうなっているのか知る事はできない。

 扉に触れてみるとウィンドウ画面が目の前に出てきて『扉を開くと安全地帯が解除されます』という注意文と共に、扉を開くか開かないかの二択が表示された。


「なるほど、そういう感じか」

「ふむふむ。この文から予想するのならここは中間か、最終的な休憩地点なのじゃ?」


 探索を終えたのか、後ろからついてきていたイノリが、オレのウィンドウ画面を覗き見てそんな感想を口にする。

 オレは彼女の言葉に頷いて扉を開かないを選択、表示された画面が消えるのを確認してから振り返った。


「開くとログアウトできなくなるっぽいから、今日はここらへんで切り上げるのが良さそうだ」

「そうじゃな、リアルの時間はもう夜中の22時じゃ。明日は学校もあるからその考えに我は賛同するのじゃ」


 この先に進んだ場合、どれだけ時間が掛かるのか想像もできない。

 フルダイブのVRゲームで長時間の継続プレイは、気を付けなければ救急車で運ばれる事になるので中断できるのは有り難い事だ。

 方針が決まるとソラはイノリと共に、クロ達にその事を伝えるために扉から離れてリビングがある部屋に戻る。

 するとそこには、何故か水着に着替えているクロ達の姿があった。


「ごめん、ちょっとこの現状についていけない……」


 扉を確認してから戻って来るまで、僅か数分の事である。

 その間に戦闘服から水着に着替えていたクロ達三人の姿に、流石に理解が出来なくて脳が拒否反応をする。

 オレ達に気が付いたクロは、白のワンピースの水着姿という可愛らしい姿で歩み寄り笑顔でこう言った。


「ソラ、みんなで一緒に温泉入ろう」

「え……」

「ふふん、石造りの本格的な温泉よ」

「妾も見ましたが、このダンジョンにいる間は疲労値がたまり難くなる効果が付くみたいです」

「ソラ君、これは入らないともったいないのじゃ!」


 大人の色気を漂わせる三角ビキニ姿のアリサと、清涼感のある青い生地のワンピース姿のラウラ。

 そして隣にソラがいるというのに、彼女たちの言葉に力強く頷いて無防備に身に着けている装備を解除、下着姿から装備を変更してトップとボトムに、フリルが付いた可愛らしい水着姿になるイノリ。

 嫌な予感がしたオレは何もない空間を指先で素早くタッチ、ウィンドウ画面を出して慌ててこの場からログアウトしようと操作する。

 しかし、ログアウトするためには画面を出してから、操作してログアウト用の画面を出さないといけない。

 時間にして二秒を必要とするため、その隙をついて歴戦の強者であるアリサの手がソラの手を横から素早く掴んだ。


「ふふふ、そう簡単には逃がさないわよ」

「くぅ、後一秒でログアウトできたのに!?」


 指をウィンドウ画面から大きく離されて、一定距離まで離れると自動で閉じる仕様を利用してアリサは逃げるのを阻止する。

 更にそこから背後を取って羽交い絞めにした彼女は、邪悪な表情を浮かべてソラに告げた。


「疲労値がたまり難くなるバフはこの先に進むなら必須よ。ここで大人しく一緒に入らないのなら、ソラちゃんの身体をクロちゃんと一緒に身体でサンドイッチにして洗うわよ?」


 脅し文句が、余りにも酷すぎる。

 隣で頬を赤く染めながらも覚悟を決めたような顔をするクロは、どうか冷静になって思いとどまってほしい。

 そしてイノリとラウラは、自分たちも参加して良いのか期待の眼差しを向けるのをやめてくれ。

 オレは心底嫌な顔をした後に、周囲を見回して逃げ場がない事を理解すると嫌々ながらも頷いた。


「はぁ、分かったよ……」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る