第186話「臨時休校とお泊まり」

 朝起きると外の雨はより強くなり、生徒達の安全面を考慮して、今日から学校は事態が収束するまで臨時休校することが緊急メールで全体に通知された。

 確かに窓の外を見てみると、雨は昨日より強くなり、街の歩道には何体かカニ型モンスター〈インクリィーシン・クラブ〉の姿が散見される。

 カニーと鳴き声を上げなら、傘をさして接触しないように避けている一般人の横をトコトコ歩く姿は、ここから見ても実にシュールでとてもコミカル要素が強い。

 ノンアクティブモンスターなので、此方から攻撃を仕掛けなければ何もしてこないが、いつまでもそうであるとは限らない。

 一刻も早く海底神殿を攻略して指輪を回収し、ラウラを歌姫として成長させて大災害を倒さなければ。

 次に蒼空は、リアルではスマートフォンと化しているサポートシステムの〈ルシフェル〉の名を呼び、世界樹に関する情報を液晶画面に表示してもらう。


「えーっと、世界樹は……今日も変化はないか」


 遠くに見える現在の世界変化の象徴とも言える、巨大な樹木の映像と資料を確認してオレはホッとする。

 世界樹の存在は、今の人類には到底無視することができないもの。

 故にアレに関する情報のアクセス数は凄まじく、色々なメディアが数字を取れるとリアルタイムでの実況と観測が常に行われている。

 オレはいくつかのサイトをチェックし終えて、そっとスマートフォンの画面をスリープモードに切り替えた。


「さて、今日の日課も終わったし一階に降りて飯食ったら、アスオンにログインするかな」


 半袖に短パンのラフな格好の蒼空はヘアゴムを手にして、長い髪を纏め邪魔にならない様に簡単にポニーテールに。

 机の上に置いたスマートフォンを手に取り、ポケットに無造作に突っ込むと一階に降りた。

 するとリビングには、昨晩は詩乃達の寮に帰った黎乃が、フリルの多い空色のワンピースに黒のカチューシャという可愛らしい格好で遊びに来ていた。

 その隣には長袖のカットソーに短いスカートの詩織が並んで立っており、朝から実に華やかな光景が広がっている。

 我が家の妹とハトコは、実に可愛らしいものだ。この二人が並んで街で買い物なんてしていたら、異性はほっとかないだろう。

 ──いや、それよりも先に芸能関係者が声をかけるか?

 実際に詩織は何度か中央区に行った時に、そういう人達から名刺をもらっている。


(……二人がテレビデビューなんてしたら、すっごい人気が出そうだな)


 歌って踊る二人の姿が容易に想像できてしまい、蒼空は慌てて首を横に振って頭の中の二人を記憶のタンスの中にしまう。

 オレの謎の動作に小首を傾げる二人に、誤魔化すように朝の挨拶を済ませて、洗面所に向かおうとする。

 そこでふとリビングに、黎乃の保護者である詩乃の姿がないことに気がついた。


「あれ、師匠は?」

「詩乃さんなら今日も仕事だって、黎乃ちゃんを預けたら申し訳無さそうな顔して行っちゃったわよ」

「なるほど、こんな状況でも午前は仕事に行かないといけないんだから、社会人は大変だな」


 詩乃の務める会社は、VRゲームの人気作品をいくつも世に出している。

 その中で今も人気がある代表シリーズ作品の一つは『モンスターベンディガー』だ。

 内容はテイムしたモンスターを育てて戦わせるゲームで、レベルアップ時のボーナスをプレイヤーが振ることができる。

 シンプルながらも奥が深く、オレもハマって好きなモンスターを自分好みに育てて、メインシナリオをクリアするまでプレイした(対人戦は、テンプレモンスター達で溢れていたのでやらなかったが)。

 そういえばあのシリーズは、五作目のタイトルが発表されていたはず。

 もしかしたらそこら辺の事もあって、詩乃は忙しいのかも知れない。

 どこか納得した蒼空は、洗面所に行き軽く顔を洗い、朝食の準備を手伝うためにリビングに戻ってくる。


 するとピンポーンと玄関の呼び出し音が鳴り、ダイニングキッチンに立っている二人は手が離せない状態なので、オレが様子を見に行く事に。


「あ、お兄ちゃん、祈理いのりさんかも。出たら家に上がってもらって!」

「祈理?」


 一応念の為にモニターで確認してみると、玄関の扉の前に立っている人物は長い黒髪で片目を隠し、魔女の意匠を意識したゴスロリ服を着ている少女──妹が言った通り祈理だった。

 オレは直ぐに玄関に向かい、鍵を解錠かいじょうして扉を開く。

 外が大雨の中で訪れた、胸に存在感のある二つの山をたずさえている少女は、オレの姿を見ると会釈えしゃくした。


「おはようございます、蒼空君……」

「お、おはよう、祈理」


 なんで私服姿でこんな大雨の日に、という言葉をオレは辛うじて口にする寸前で呑み込んだ。

 今日から学校は休校。恐らく祈理は遊びに来たのだろうが、事前に連絡なんてスマートフォンの履歴を確認しても一件も見当たらない。

 詩織が玄関前にいるのは彼女だと知っていた事から、恐らくは二人で何らかのやり取りしていたのだろう。

 とりあえず外は大雨なので家の中に上がるように言うと、次にオレは祈理に気を取られて視界に入らなかった女執事を見てギョッとする。

 肩辺りで切り揃えた黒髪。スーツを身に纏い背筋をピンと伸ばした女性が手にしていたのは、今から旅行にでも行くのかと思うようなMサイズのキャリーケースだった。

 この荷物は何だろう、と疑問の眼差しを祈理に向ける。

 彼女は歯切れの悪い声で答えた。


「あ、雨がおさまるまでは……休校になるみたいだし、たたぶん今日で海底神殿まで行けると思うから……お、おおおおお泊まりしようかと思って……」

「なるほど、そういう事か。それならオレも大歓迎だよ」


 それから家には祈理だけが入り、女執事さんは「お嬢様とご友人の空間に私は邪魔ですので」と言って、キャリーケースと何やら手紙らしきものをオレに託しその場を去った。

 筆跡は以前に見たことがある祈理の父親のもので、宛名は『上條蒼空様へ』と書かれている。


(一体なんだろう……)


 中身が気になるけど、先ずは荷物を手にオレは祈理を連れて、玄関から移動する事にする。

 玄関からリビングに戻ってくると、そこでは朝食の準備をしている二人の姿があった。

 丁度オレ達が姿を現すタイミングで、サラダとトーストとベーコンエッグの三種を並べ終えた詩織と黎乃は、祈理の姿を確認して嬉しそうな顔で歓迎する。


「おはよう、祈理さん」

「祈理ちゃん、おはよー」

「お、おはようございます……」

「にゃ〜」


 最近はご飯の時にしか顔を見せない肥満気味の白猫のシロが、歓迎するように祈理の足にすり寄っている。

 嬉しそうに「わ、久しぶり猫ちゃん」としゃがんでシロの頭を撫でていたら、彼女のお腹が『ぐぅ〜』と空腹音を奏でる。

 詩織は苦笑して、祈理を朝食を用意したテーブルに案内した。


 今の時間は8時になる前。


 どうやら祈理はうちに泊まるのが楽しみ過ぎて、朝食も取らずに来たらしい。

 昔と変わらない気持ちが先行する彼女らしさに、蒼空は自然と笑みを浮かべる。

 三人が席に座り、後はオレが座るだけとなる。


「……と、ちょっと手紙を確認してからメシ食うよ」


 すぐ座るから先に食べててくれと言って、蒼空は先程の女執事から手渡された白い手紙を開いてみる。

 少しばかり緊張して開いてみた中には、祈理の父親からオレに向かってこう書かれていた。


『拝啓、新秋快適の候、世界の為に活動されている皆様のご活躍に感謝致しております。──性転換したと部下から聞いた時は、危うく階段から転落して首を折りそうになりましたが、幸いにも現代は同性婚が許されます。私は変わらず婿むことして、君に接しようと思う。

 PS、娘の体調が優れず屋敷で寝たっきりの時に、手紙と娘が好きな花を届けてくれてありがとう』


 実に丁寧で祈理の父親らしい挨拶だな、と思いながら婿の部分に何とも言えない気持ちになった蒼空は、そっと手紙を丁寧に畳んでポケットの中にしまった。

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