第184話「勇気の試練」
「うひぃ! 意外と後ろのヤツ速いな!?」
背後から接近する赤い線から、全力で逃げるソラ達。
足場が平坦ではない洞窟を走るのは、整備された道とは違って中々に神経を削られる行為だ。
でこぼこした岩場はぬめっていて何度も滑りそうになるし、わずかな段差につまずいて転びそうになったりする。
そもそも洞窟の中を、こんな全力で疾走することが自殺行為に等しい。
少しでもミスしたら、転倒して一時的な
EX職業の〈運び屋〉を所持していないこのメンバーでは、転倒した仲間を抱えて助けることはできないだろう。
しかし背後から殺意に満ちた赤い線──火属性の魔法を圧縮させた格子状のモノがいくつも重なっている罠──が、一定の速度で近づいている以上、少しでも速度を落とすのは死に近づく事を意味する。
つまり転倒と背後から迫る光線を恐れず、常に全力で進み続けるのがこの『勇気の試練』のコンセプト。
製作者の
NPCのラウラを含め例えミスをして死んだとしても、誰か一人が生き残ってゴールした時点で達成扱いになり復活できることから、この試練の難易度の高さをうかがい知れる。
実際に次から次に絶え間なくやって来るトラップの数々は、洞察スキルがなければ危うい場面が何度かあったほど。
それに加え、濡れて滑りやすい地面の悪さも中々である。
過去にプレイしたVRゲームの中で、似たような洞窟の全力走破を何度も経験していなかったら、オレも転びまくっていたかも知れない。
前に踏み出す足が滑りそうになる度に、巧みな身体操作で体勢を立て直しなす。
真っすぐに進路の先を見続けるソラは、洞察スキルで見抜いたトラップの詳細を仲間達に素早く伝えた。
「上からスパイダーネット来る。カウントに合わせて突進スキルで前方に回避!」
先頭を走るソラの指示に従い、全員が3、2、1のカウントに合わせて突進スキルを発動。
瞬間的に身体が前に加速。上から降ってきた網目状の白い糸を、全員触れずに背後に置き去りにした。
だが回避に成功したからと言って、ゆっくり休む暇はない。
次に待ち構えているのは、左右から投石が出てくるトラップだ。
直撃をしたら強制的に動きを止められるので、これは回避行動と防御も必須になる。
「全員、左右の穴から出てくる石に気をつけろ! ヤバそうだったらソードガードで防御するんだ!」
走りながらソラは、サポートシステムから提供される感知範囲内に入って来た投石の軌道を全て把握。
一切視線を向けないで次々に避けて、回避が難しいのは愛剣の〈白銀の魔剣〉を抜いて切り払う。
幸いにも穴から投石されるトラップは、高速で射出されるような鬼畜難易度ではないようだ。
投石はそこそこの速度が出ているが、見てから防御する事は容易。
オレは問題ないけど、後ろは大丈夫かな?
最小限の動作で全てをこなしながら、感知スキルで振り向かずに背後の様子を見る。
洞窟に不慣れなクロは、体得した切り払いを駆使しながら迫る投石を防御。
始めたばかりは何度か滑ってアリサに助けてもらっていたけど、今はこの足場に慣れたのか完璧な動作で滑らないように走っていた。
こういうのを見ると、改めてクロの人並外れた学習能力の高さを認識させられる。
兄弟子として喜ばしい事ではあるのだけど、自分が一週間ほどかけてマスターしたテクニックを僅か数時間で体得されるのは少しだけ悔しく思う。
他のメンバーも状況としては同じで、今の所は危なげなく走っていた。
良い感じだ。このペースならば『勇気の試練』も問題なく突破することができる。
走りながらソラがそんな事を考えていたら、お決まりの展開としてサポートシステムのルシフェルが唐突に叫んだ。
〘警告、この先に大きな穴があります!〙
同時に洞察スキルで提供されるのは、大きな穴の向こう側にあるゴールだと思われる一つの門。
向こうまでの距離は、およそ十メートル。
全力からのダッシュでも届きそうにない距離だが、他に抜け道などは洞察スキルでも見つけられない。
恐らくは初見殺しと呼ばれる、挑戦者たちを必ず一度は殺すための罠。
普通の人間ならば、パニックになってそのまま落下するか、足を止めて背後から来る罠に削り殺されるかの二パターンが予想される。
しかし残念ながら、ここにいるのは普通のプレイヤーではない。
ルシフェルに一つ提案して、二人分の思考で即座に一つの解決方法を導き出す。
走りながら、レベル五の〈跳躍力上昇〉を発動させて、パーティーメンバー全員に一括付与。
それによってソラ達は中級のスキル〈ミィル・シュプルング〉が解禁された。
「跳ぶタイミングは穴の手前ギリギリで。半ばまで跳んだら、スキルを発動させて地面を蹴る感覚で跳べ!」
言っている間に穴が近づく。
タイミングを見計らって──今!
右足で強く地面を蹴り、全力で跳躍。
天井に触れるか触れないかの高さを飛行して、山なりから徐々に落下を始める。
スキルを発動させたソラは、中間ラインに達すると空間を蹴って更に二度目の跳躍。
無事に向こう側の地面に着地すると、滑りそうになる足を〈イモウビリティ〉で強制的に停止。
ブレーキを数回かけながら、身体の勢いを完全に止めた。
「ふう、何とか一発で行けたな」
知恵の試練と同じように達成したアナウンスと、経験値を獲得してレベルが一つ上昇。
安堵の溜息を一つして、ソラはふと後方の皆が無事か確認する為に振り向く。
〘あ、マスター危な〙
穴を突破して、気が緩んでしまっていたのだろう。
サポートシステムから提供される感知情報の確認を怠って振り返ったソラの目の前に、着地からの勢いを止めるのに失敗したクロの姿が視界いっぱいまで迫っていた。
ヤバいと思うが、すでに回避行動を取るだけの時間的な余裕はない。
仕方なく両手を広げて、自身と同じくらい小さな身体を受け止めた。
不幸中の幸いだけど、足のスリップを無効にする〈イモウビリティ〉はまだ継続している。
クロを途中で離さないようしっかり抱き締めながら、ソラは何度かたたらを踏む。
慣性に負けないように身体の制御を必死に行い、スキルの効果が切れて滑りながらも三メートルほど進んだ所でようやく停止した。
「ふぅ、何とかなったな」
「ソラ、ありがとう……」
「どういたしまして。まさか一回も脱落しないでここまで来れるなんて、クロはすごいよ」
間近で素直に称賛を受けた少女は、頬を赤く染め俯いてしまう。
オレはその可愛らしい仕草に頬を緩めて、なんだか胸が温かい気持ちで満たされると。
「ぬわー! 止まらないのじゃー!?」
「「ッ!?」」
完全に油断しているところに、暴走車の如くイノリがクロの背後から衝突。
流石に踏ん張ることが出来なくて、ソラ達は重なって地面に倒れた。
「むぎゅう……!」
二人分の重量に押しつぶされて、ソラは目を回す。
彼女たちが装備している分の重量も加わり、かなり重たい。
なんとか抜け出そうとソラは両手を使い、一番下にいる状況から身体をスライドさせて脱する。
「ぷはぁ、死ぬかと思った」
二人は大丈夫だろうか、と視線を向けたソラは次に何とも言えない顔をした。
黒髪の少女を下敷きにして、上にのしかかる形で倒れている青髪の巨乳少女。
滑る足場のせいなのか、じたばたしている内に何だかスカートやら色々なものがめくれて、大変な事になっておられる。
普通ならこの状況は、セクシュアルディフェンスが仕事をして黒い海苔みたいなのが他の冒険者に見えないようにするのだけど、どうやらクロとイノリはオレに対する防御値をゼロにしているらしい。
ハッキリ言ってMOROMIEDA。
いくら外見が女の子とは言え、オレの中身は高校男子。
不用心だと思う反面、信頼されている証拠だと思えば嬉しい事なのだが。
そもそもの話として、セクシュアルディフェンスの視覚防御をゼロにするメリットは全くない。
オレの視点から意味を強いて挙げるのならば、二人とも年相応の下着を身に着けている事を知れたくらいか。
無理して大人っぽいのを着ていないのは、自分としてはポイントが高い。
やはり黒とかセクシーなものよりは、普通のシンプルな下着の方が清楚っぽくて良──って、オレは何を冷静に自分の好みの解説をしているのだ。
急に冷静になると、何とか体勢を立て直してペタン座りしたイノリが、何やら恨めしそうな顔をソラに向けていた。
どうしたのか尋ねてみたら、彼女は目じりに涙を浮かべてこう言った。
「パンツを見られて全く反応されないのは、女として屈辱なのじゃ……ッ!」
「えぇ……」
悔しそうに申されても、女の身体になってから色んな事があったせいで、今更女子の下着程度では動じないというかなんというか。
対応に困っていると、ラウラが助け舟を出してくれる。
「皆様、次は休憩所みたいです。ここまで数時間も休まず進んできたんですから、一休みしましょう」
「う、うん! そうだな、ラウラの言うとおりにしよう!」
ムスッとした顔をするイノリと、キョトンとした顔をするクロに手を貸して起き上がらせる。
ソラは逃げるように、レストエリアと表記された部屋に入った。
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