第181話「不穏な影」
朝の騒動があった後、体育館に生徒全員が集められ、校長から守護機関のホームページの案内があった。
蒼空達の前にある大きなスクリーンに映し出されたのは、現在リアルで確認されているモンスター達のリスト。
今の所はカニ型のモンスターと、サメ型のモンスターの二種類だけ。
大型のクラーケンとかキングシャークとかは、まだ確認はされていない様子。
ノンアクティブで無害とはいえ、アレがリアルで泳いでいる姿を想像すると、恐ろしくて誰も海には近づきたくなくなるだろう。
そんな事を考えていると、校長がリモコンを操作してスクリーンの内容が変更される。
次に表示されたのは、今日起きたモンスターが関係する事件だった。
全国では人的被害として死者は0人、重軽傷者が数百人、意識不明の者が数名出ているらしい。
この事態に対処するために、守護機関の専門の部隊が動いているニュースも添えて、睦月校長は最後に体育館にいる全ての者に、
「モンスターを見かけたら、絶対に手を出さないで逃げるようにして下さい」
と言って、今回の集会を閉めた。
全校集会が終わりクラスメート達と教室に戻ると、青いジャージ姿の蒼空に何人かが心配して声をかけてくれる。
もちろんオレはびしょ濡れになった事を除けば怪我なんて一切していないので、声をかけてくれたクラスメート達に笑顔で問題ない事とお礼だけ伝えて自分の席に戻った。
隣で
「おはよー、朝から大変だったみたいだけど大丈夫?」
「おはよう、かなり怖かったけど大丈夫だよ」
「……最強って言われてる上條君が怖かったんなら、リアルで会ったら即逃げないとやばたんだね」
「うん、メチャクチャやばたんだから、絶対に逃げた方がいいと思う」
蒼空が口を尖らせて忠告すると、仲居は「了解しました、上條教官!」と綺麗な軍隊式の敬礼をして見せた。
相変わらずノリの良い彼女に、オレは思わず苦笑してしまう。
「元気そうで何より、後でそのジャージ姿に似合う髪型に変えさせてね」
「お、覚えてたらな」
「分かった、私がしっかり覚えとくね」
仲居はそう言い残して、背を向けると再び友人達の会話に加わる。
相変わらず委員長の次に押しが強いやつだ……。
しみじみ思いながら時間を確認してみたら、もう少しで一時間目の授業が始まりそうだった。
このタイミングで席を立ち、誰かと話をするだけの時間はないだろう。
……それにしても、意識不明が数名か。
仕方ないので右手で頬杖をついて、窓の向こう側を眺めることにした蒼空。
外の状況としては変わらず、綺麗な青空なのに大雨が降るという異常気象が起きている。
窓に付着する雨粒を眺めながら脳裏に思い出すのは、ニュースにあった出来事。
冷静に今朝の一件を振り返ると、あそこで避けずにカウンターを決めていたら、モンスターはアクティブ化して周りに被害を出していた可能性があった。
結果オーライとはいえ、一つ選択を間違っていたら大惨事になっていたのだ。
ここはリアルであって、ゲームの中ではない。
あの時、少女に最悪のケースとして“死”という結末が有り得たことを考えて、蒼空は背筋がゾッとした。
今後はリアルも、気を引き締めなければいけない。
改めて今後の事を考えていると、数学の男性教師が教室に入って来る。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響き、彼が席を立っている者に着席するように告げる。
蒼空は思考を切り替えて、重たい気持ちを外に出すように、一つだけ溜め息をついた。
◆ ◆ ◆
午前の授業が何事もなく終わり、それから昼食まで終えた蒼空達。
何時もならそこで解散になるのだけど、今日は学校から少し離れた場所にある神殿に五人で向かう事になった。
理由は、真司と志郎からオレ達に何やら話があるらしい。
内容を尋ねてみたけど、どうやら周りに他の人がいない場所でしか話せないとの事。
そこで選ばれたのが、利用者が絶望的に皆無な神殿。
執事が速やかに扉を開けてくれると、礼を言ってから車を降りた。
蒼空達は、傘をさして手入れされている神殿の敷地内に立ち入り、そこから木製の扉を開けて礼拝堂に入る。
中の様子は、以前に来た時と同じで新築のように綺麗だった。
木製の床は、きちんとワックスが掛けられていてピカピカ。
等間隔に並べてある長椅子に軽く触れても、指先には埃が一つも付着しない。
誰も利用していないと思うのだが、あの白い少女達が小まめに掃除しているのだろうか。
考えながら歩いていたら、真司と志郎が講壇(こうだん)の向こう側に立つ。
背の高いイケメンであるこの二人が並んで立つと、なんだか学校物のドラマとかで良くありがちな、新任教師の自己紹介みたいに見えた。
「それで二人共、こんな場所でしか話せない内容ってなんだ?」
蒼空の質問に対して、先ず口を開いたのは真司だった。
「実は最近、俺と志郎とヨルの三人で遺跡巡りをしていたら、敵性NPCに襲われたんだ」
「敵性NPC……まさか、魔竜王ベリアルの信仰者か?」
プレイヤーに対して敵対しているNPCというと、パッと頭の中に思い浮かんだのは、以前に溶岩地帯を旅していた時に自分と黎乃を襲った集団。
遺跡巡りをしいる三人が現在いるのは、溶岩地帯なので生き残った残党かと思ったのだが、志郎が首を横に振り蒼空の予想を否定した。
「相手は〈ヘルヘイム〉から派遣された兵士でした」
「……ッ!?」
志郎の返答に、蒼空と黎乃と祈理の三人は驚いて目を見開いた。
〈ヘルヘイム〉とは以前に一度だけ、風の姫アリアから聞いた国の名前だ。
冥国の女王が治めているという情報を除けば、唯一分かっているのは黎乃の父親であるベータプレイヤーのハルトが以前に捕まり、洗脳効果のある呪いの鎧を装着させられた事件があった事。
NPCがプレイヤーを捕まえて洗脳するなんて、どう考えても絶対にヤバい存在である。
上位の冒険者達には以前に、詩乃と詩織の二人から〈ヘルヘイム〉には十分に気をつけるようにお達しが出た事がある。
故に冒険者全体で冥国は、警戒しなければいけない国という認識で広まっていた。
「真司、志郎、それって本当なのか」
「本当の事だ。ドロップしたアイテムに、ヘルヘイム製の物があったんだ」
「見たことがない片手用直剣で、レアリティはBとかなり高かったですね。────もちろん安全性を十分に確認して、装備とか売ったりしないように厳重に保管していますが」
志郎が最後に付け加えた言葉に、蒼空は少しだけ安堵する。
万が一装備してハルトと同じような事になったら大変だし、以前にハルトが解除後に所持していた〈ヘルヘイム〉製の鎧には友好NPCの好感度を大幅に下げるデメリットが付いていた。
もしも不用意に売った場合に、ハルトは今後NPCの店を利用できなくなる可能性を危惧していた。
「オレとか真司だと売ってしまう可能性が高いけど、志郎が管理しているなら安心だな」
「俺も志郎なら大丈夫だと思って任せたぜ」
「信用してくれるのは嬉しい事ですが、くれぐれも丸投げはしないで下さい」
苦々しい顔をして、志郎は苦言を呈した。
蒼空は真司と明後日の方角を眺めてそんな彼の視線から逃れると、口笛交じりに逸れた話の軌道を修正する。
「まぁ、場を和ませる冗談はここまでにして、問題は何でこのタイミングで〈ヘルヘイム〉の兵が現れたのかだな」
「パパみたいに、三人を狙ったとか?」
「その可能性もあるとは思うけど、たぶん違うな。この場合は遺跡に現れたっていうのがポイントなんだと思う」
「遺跡……?」
首をかしげる黎乃に、ハッと何かに気付いた祈理が答えを口にした。
「まさか、天使が関係してる……?」
「正解だ。以前にオレと黎乃が襲われた時に操られていたハルトさんは〈翡翠の指輪〉を狙っていた。そして今回狙われた三人が進めている遺跡の調査には、天使が関係している。100パーセントではないかも知れないけど、八割以上の確率で〈ヘルヘイム〉の連中は天使に関係するアイテムを狙っているんじゃないかな」
とはいえ、まだ二件目。
間違っている可能性も十分に考えられるが、オレは長年の直感で連中の狙いがそうであると確信した。
そうなると、なんで前回の〈紅玉の指輪〉に関わってこなかったのかという問題が浮上してくるが、仮にこう仮定しよう。
もしも魔竜王の信仰者達のバックに〈ヘルヘイム〉が関わっていたとしたら、
「どちらにしても今後は、より気をつけないといけなさそうだな。天使に関連するクエストを進める以上、オレ達は〈ヘルヘイム〉との衝突は避けて通れない」
ようやく浮き上がってきた一つの敵の
まだ何も言っていないのに四人は覚悟を決めた表情を浮かべ、蒼空に力強く頷いた。
「わたしは、パパに酷いことをしてくれた借りを返さないと」
「アイツ等が狙う先にはユニークアイテムがあるんだろ。それならゲーマーとして譲るわけにはいかないよな」
「ボクもゲーマーの一人として、そろそろユニークアイテムが欲しいですからね。争奪戦なら喜んで戦いますよ」
「わ、われも……頑張る……」
四人の意思を受け取った蒼空は、微笑を浮かべて最後にこう告げた。
「良し、今後は打倒〈ヘルヘイム〉を一つの目標として行こう。みんな、くれぐれも敵に負けて捕まるなよ」
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