第182話「海の洞窟トリアイナ」

 神殿から自宅に帰って、いつもの様に〈アストラルオンライン〉にログインをする。

 ゲーム内で目を覚ましたソラ達は、先ずは街で装備を整える事にした。

 洞窟内に入ってしまえば、そこから先は一切補給する事が出来ない。

 錬金術士のイノリがいても、無限にアイテムを作ることなんてできないので、ここで行う最後の補給はとても大事だ。


「改めて見ると、海中のボスバトルでかなり消費してるな……」


 ストレージのポーション類が、残り四個とか三個とかになっている現状をソラは苦々しく思う。

 回復アイテムが一桁になるなんて、このゲームをプレイして初めてな気がした。

 あの時の戦いを振り返ってみると、ラウラは万が一の事があってはいけないので、基本的にはスライムのスーちゃんと遊撃として動いてもらっていた。基本的に敵のタゲ取りをしていたのはオレとクロだったので、それだけ敵の攻撃を受ける回数が増えるのは当然の事。

 脳裏に思い浮かぶのは、ガードの上から常に四割以上削られていた苦い記憶。

 気をとリ直して、オレは剣のスキルでMPを自動回復できるのでいつも通りマジックポーションの数を減らし、HP回復とか武器の耐久値を回復するアイテムを多めにして七対三の比率で購入。

 最後に鍛冶屋で装備のメンテナンスを一通りしてもらい、ソラ達は最終チェックを済ませて店を出た。


 ──次に向かう場所は、いよいよ海底神殿に繋がる海の洞窟〈トリアイナ〉。


 船長のルーカスにガイドをしてもらい、街を出発して少し森林地帯を歩いた先に、水色の結晶で美しく装飾された洒落た洞窟が見えてくる。

 近づくとイベント戦が発生して〈インクリィーシン・クラブ〉と戦う事になったが、今更この程度の敵に遅れを取る事はない。

 剣を手にしたソラとクロとラウラは、スライムのスーちゃんの補助、イノリの弓による援護狙撃を貰ってニ分も掛からずに数体を処理。

 改めて洞窟の出入り口前に立ち、五人のパーティーは、ルーカスに見送られる事となった。


「ソラ様、姫様の事をよろしく頼む」

「おう、任せろ。なんていったって最強のメンバーだからな。これで負ける方が難しいよ」

「……全く、頼もしい限りだ。油断だけはするんじゃねぇぞ」

「了解した。心配してくれてありがとう、キャプテン」


 二人で軽く右手の拳を突き合わせた後、ソラ達は「行ってきます」と言って洞窟内に踏み込んだ。

 当然だが中は薄暗く、小学生の時に修学旅行で見学した洞窟の独特な臭いが充満していた。

 父親から以前に、洞窟には放線菌というのがいて、そのカビの臭いだと教わった事があるのを思い出す。

 ゲームの洞窟にも、そんな菌がいるのかは分からないが、この臭いは少なくともあの時の洞窟と同じだった。

 広さはパッと見で五メートルはある。いざモンスターとの戦闘になったとしても問題なく戦えそうだ。

 先頭を歩いていると、どうやら洞窟と外との境界線に来たらしい。

 急にウィンドウ画面が出てきて驚いたら、勝手に何やら確認が始まる。


 海の姫、ラウラ・エノシガイオスの個体を確認。

 ユニーククエスト【歌姫の試練】を受注しました。立ち入りを許可します。


 クエストの受注が完了したら、不意にマップが切り替わって周囲の今までの穏やかな空気が一変する。

 先ず顕著けんちょに五人の身体に起きた異変は耳鳴り。

 キーン、と不快になる高音がしたかと思えば、その次には音が消失。

 薄暗い洞窟内を、足音と呼吸しか聞こえない程の深い静寂が支配する。


〘マスター、特殊エリアのようです。これより感知範囲は三メートルまでしか広げられません〙


 サポートシステムのルシフェルから聞かされて、やはりそういう仕様かとソラは納得した。

 普段は無意識で広げている知覚範囲が、まるで蓋をされたかのように狭まっている。

 窮屈さは感じるけど、この頃索敵は強敵を相手にする時以外、ルシフェルに任せているので問題はない。


〘いつも通りお任せください、マスター〙


 ……やる気満々だな。

 抑揚がないから分かり辛いけど、言葉の端に嬉しさがにじみ出ていた。

 そういえばリアルにも進出するようになってオレだけじゃなく妹と話すようになってから、ルシフェルの感情のバリエーションが少しだけ増えたような気がする。

 これはあくまで予想だけど、彼女?は最終的には人と変わらない所まで成長するのではないか。

 有り得そうな未来を想像しながら、真っ暗な洞窟内を更に奥に進むためにストレージから魔法灯マジックランプを取り出す。

 暗闇を魔法灯の明かりで照らしながら進み、だいぶ奥まで来ると。

 何やら青白い光らしきものが、遠くの通路から見える。

 アレは一体……。

 ラウラを一瞥するが、王妃から試練の一環として洞窟の内部に関して何も聞かされていない彼女は、首を横に振って申し訳無さそうな顔をする。

 仕方ないので一本道を真っすぐ光に向かって進むと、ソラ達は広い空間に出た。


「うわー、綺麗だね!」

「ほう、これは素晴らしいのじゃ」


 クロとイノリが目を輝かせて、目の前に広がる光景に対してそれぞれ感想を口にする。

 分かりやすく表現するのならば、ソレは───〈結晶洞窟〉と呼ぶのがピッタリだった。

 特殊な魔力を帯びた結晶が上下左右の至るところから生えていて、オマケに淡い青色に発光している。

 その光景は幻想的で、まるで天然の宝物庫のようだ。

 確かリアルにも一般人が立ち入る事が出来ない結晶の洞窟が存在するが、もしかしたらアレをモチーフにしているのかも知れない。

 洞察スキルで見たところ、ブルークリスタルと呼ばれるこの洞窟内でしか生産されないこの結晶はレアアイテムで、主に武器や防具を作成する素材として使用することができるらしい。

 一応この洞窟は〈エノシガイオス〉の所有地なので、ソラ達はラウラの許可を得てから、折れて地面に転がっている貴重なクリスタルを拾わせてもらう事にした。


「うーん、これ一つしか持てないのか」

「お一人様お一つは世知辛いのじゃ……」


 アイテムには、所持できる最大個数が設定されている。

 基本的にはポーション類は千個まで所持できるのだが、どうやらクリスタルは一個までしか持てない様子。

 一つ拾うとこれ以上拾えないエラーが表示されて、二個目を拾おうと思っていたイノリが不服なのか頬を膨らませる。

 オレもシンとロウに持って帰ってあげたかったが、これでは諦めるしかない。

 クリスタルの回収を済ませたら、ソラ達は一本道の洞窟を更に奥に向かって進んだ。

 しばらく歩くと、結晶で作られた階段に到着したので、ソラ達は下に降りる事にした。

 地下二階に地面を踏み締めると、ソラはふと思い出したようにウィンドウ画面を開いて洞窟マップを確認する。


「これは……」


 どうやら作りとしては、基本的に一本道のダンジョンらしい。

 途中で分かれ道があるようだが、その先がどうなっているのかは分からない。

 実際に進んで分かれ道に到着すると、クイズ番組なんかで良くある正しいのは何方かを当てる『〇✕クイズ』みたいな看板が立っていた。

 皆でなんだこれ、と首をかしげていたらラウラが両手に握り拳を作って説明してくれた。


「これが歌姫の最初の試練、正しい道を選ばなければ先に進めない知恵の道です」

「ふーん、ちなみに間違えるとどうなるんだ?」

「間違えると洞窟を守るゴーレムに襲われて、通路がシャッフルされた後に再トライになります」

「なるほど、妥当なペナルティだな」


 ちなみに【第一問】は、風の精霊を守るゴーレムのレベルは100であるか否かという簡単なものだった。

 こんなの迷わずに回答できるぞと思っていたら、当の本人は自信満々にこう答えた。


「王家のゴーレムなら確実に100以上あります。よって最初の正解は右の通路の否です!」

「ちょっと待て待て、初っ端から間違えるなお姫様!?」


 慌ててハズレの道を進もうとするラウラの肩を掴んで、引き留めるソラ。

 キョトンとした顔をされたので、何でハズレなのか丁寧に説明してあげた。


「前にアリアからゴーレムのレベルが100だって聞いた事がある。そんでもってこの謎かけはゴーレムのレベルが100であるか否かを問われているんだから、この場合正解は100である左の通路になるんだよ」

「なるほど、そうなんですね……」


 ゴーレムのレベルが上がるのであればオレが間違っている事になるが、その可能性は今は考えないでおく。

 即座に謝罪する気持ちで左の通路を選択して進むと、どこからかピンポーンという音が鳴って進路先に下の階に降りるための階段が出現する。

 どうやら正解だったようで、ホッと胸をなでおろす。

 ラウラは目を輝かせて、やる気に満ちた顔でこう言った。


「なるほど、要領はなんとなく分かりました。ここからはわらわが正解して見せます!」

「まぁ、オレ達もサポートするから気楽にいこうか」


 こうしてソラ達の、アストラルオンラインの知識を試される攻略が始まった。

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