第176話「黒姫は成長中」

 その日の夜、眠れなくてリビングに降りると、スーツ姿の黒髪の女性──詩乃と出会った。


 壁に掛けてある時計の針が指している時刻は、丁度12時くらい。


 こんな真っ暗な時間にどうしたのかと尋ねてみると、どうやら最近こちらにいる黎乃くろのの様子を見に来たらしい。

 

「……ちょっと今月は色々とあって、私は仕事で留守にしがちだからな。代わりに蒼空が黎乃と一緒にいてくれて助かるよ」


「良いよ、師匠は仕事があるからな。黎乃の面倒はオレに任せてくれ」


「頼もしい限りだ」


 詩乃はそう言って苦笑する。


「そういえば蒼空は今、アリサと一緒にいるんだよな」


「ああ、そうだけど。それがどうしたんだ?」


 〈アストラルオンライン〉に関する現在の状況等は、黎乃の近況報告とまとめて詩乃に教えている。


 その中には当然の事だがアリサの事も含まれていて、最初に聞いたとき志乃はどこかホッと安心するような顔をしていた。


 どういう関係なのかは知らないが、少なくとも知り合いなのだろう、と察している。


 次に彼女はこちらに視線を向けて、どこか懐かしむような顔をした。


「アリサは強いだろう」


「ああ、見たところ技術なら師匠と同レベル。アバターの強さを含めるなら、現環境の〈アストラルオンライン〉で最強なんじゃないか?」


「そうだろうな。なんて言ったって彼女は、私の親友でありライバルだったから」


「親友でライバル……?」


「中学時代に私は、プロゲーマーだった彼女と小さな大会で知り合ってね。それからよく一緒にVRゲームをやっていたんだよ。とは言っても、対戦よりは彼女の趣味でファンタジー物ばかりやっていたけど」


 共に冒険して、モンスターと戦い、時にはケンカをしたり。


 色んなゲームをプレイして詩乃とアリサが戦った時の戦績は、今の所は五分五分らしい。


「高校に上がる時にあいつはプロゲーマーを引退して当時付き合ってた陽斗はるとと結婚してな、私は対戦ゲームのプロになる為に修行を始めて、そこからは誘われた時以外で一緒にゲームで遊ぶことはなかったな」


「つまり師匠は相方を男に取られたとぐふぁ!?」


 鋭い手刀を脳天にもらい、蒼空はその場にしゃがみ込む。


 詩乃は少しだけ、ムッとした顔をしていた。


「まぁ、少しだけ寂しかったけど仕方ないだろう。自分から陽斗と彼女に混ざってゲームをするなんて、気まずいだろうし」


 確かにそれは気まずいと思う。


 ついでに熱々な姿を見せられたら、いたたまれない気持ちになる事は間違いない。


 コップに注いだ麦茶を飲んでいると、詩乃は溜め息を一つ吐いて、おもむろにこう言った。


「……蒼空、黎乃くろのを大事にしろよ」


「ッ! な、なんだよ急に……!?」


 危うく麦茶を吹き出しそうになったのを堪えて尋ねるが、彼女は「鈍感な弟子め」と呟いてリビングから出て行った。





◆  ◆  ◆



 


 現在ダメージトップを維持して、ソラの旅は四日目に突入した。


 この数日の大型モンスター狩りによってオレのレベルは85に、クロは80、イノリが77、ラウラは75と改めて見ると中々に凄い事になっている。


 何せ相手にしてきたのはレベル100の〈キングシャーク〉を十数体。


 上半身が真っ黒な女性で下半身がタコ足の怪物、レベル120の〈スキュラ〉を一体。


 大きな口をもったイソギンチャクの姿をした怪物、レベル150の〈カリブディス〉を一体。


 通常モンスターと違い、大型ボスにカテゴライズされているモンスターを倒す事で得られる経験値は、当然のことだけど比較にならない程に大きい。


 普通はフルメンバーの六人で狩る相手を五人で狩っているので、一人頭の経験値は増えるし、オレが所有している英雄の称号によってその経験値は更に増加する。


 その結果全員のレベルがたったの三日間で15も上がるという、過去に無い程のパワーレベリングとなった。


 かつてこんなに集中して、モンスター狩りをしたことがあっただろうかと思いながら、ソラは最近ゲームの中でしか見ることがないお日様を全身に浴びて、釣り竿を片手にエンジョイする。


 なんで海に潜って戦わないのか?


 聞かれると理由はとても単純なもので、今日はなんと敵が一体も見当たらないからだ。


 もしかすると、狩り過ぎたのかもしれない。


 最大まで広げている感知スキルに反応が見つかると、まるでこの船から逃げるように範囲から出ていく。


 まぁ、もしもモンスターのコミュニティみたいなものがあるのならば、オレ達は間違いなくブラックリスト入りは確実。


 きっとこの船を見かけたら、全力で逃げろと回覧板が回っているのかも知れない。


「あー、今日は平和だなぁ」


 そんな有り得ない事を考えながら、後に厨房で調理される魚を釣り上げては、エサを取り付けて再び海に放り投げる。


 しばらくぼんやりしてると、その背後からは金属同士がぶつかる音が聞こえた。


 その音を鳴らしている者達を、ソラはタイみたいな魚を釣り上げながらチラリと横目で確認する。


 うーん、アレから火が点いたみたいだな……。


 武器を手に、HPが半減した時点で決着となる〈決闘デュエル〉を行っているのは、黒髪の女性のアバターを使用している母親と娘。


 二日前から始まった、あの特訓。

 彼女達は槍と片手用直剣を振るい、何度も刃を交える。


「うーん、良い剣筋。シノちゃんの指導が上手なのもあるけど、クロちゃんのセンスの良さも見てわかるわ」


「セイッ!」


 緑色の眩いスキルエフェクト、気合を込めて放たれるのは、水平二連撃の〈デュアルネイル〉。

 アリサは高速で放たれる斬撃を、手にした槍で巧みに防御した。


「これが通じない、それなら!」


 声を上げ、少女の身体が真紅の光を放つ。


 アレは格闘家の固有スキル〈戦意高揚〉。


 ステータスを上昇させて、続けて彼女が繰り出したのは突進技の〈ソニックソード〉と四連撃技の〈クアッドスラッシュ〉をユナイテッドさせたスキル〈クアッド・ソニックソード〉。


 金色のスキルエフェクトを放つ剣を手に、クロの動きが驚異的な加速を見せる。


 最初の鋭い袈裟けさ斬りはとっさに回避され、地面を蹴って更に加速したクロは、今度はアリサに逆袈裟斬りを放つ。


「良いわね!」


 とっさに槍で防御するが、戦意高揚によって強化され、更には二度の加速を活かしている少女の勢いは止まらない。


「ハァッ!」


 気合の声を上げて、防御したアリサを後方に弾き飛ばす。


 更に三度目の加速を見せた少女は、そこで何と───剣を投擲とうてきした。


「!?」


 驚いた顔をしたアリサは咄嗟とっさに槍を振るい明後日の方角に弾く。




 ──って、コッチに来るのかよ!




 まるで狙ったかのように飛んできた〈黎明の剣〉を、ソラはとっさに両手をだして白刃取りでキャッチ。

 額にびっしり汗を浮かべながら、二人の戦いに再度注目する。


 さて、クロは武器を失った状態で、どうするのか。


 ソラの視線を受けてクロは、格闘家の固有スキル〈瞬歩〉を使用して加速。

 蹴り技の〈龍蹴りゅうしゅう〉と〈ストライクソード〉をユナイテッドさせて〈龍牙りゅうが〉を放った。


 青いエフェクトを発生させた鋭いスチールブーツが、鮮烈な輝きと共にアリサの腹を捉える。


 防衣は防御力がいくら高くても、打撃に対しては耐性値が極端に低い欠点がある。

 だからA評価でも、受ける攻撃が打撃ならば防御力は殆ど無いに等しいのだ。


「良い、最っ高に良いわ!」


 この上ない最適解。

 不敵に笑ったアリサは、ここで温存していた〈ソニックステップ〉を発動。

 紙一重でクロの蹴りを回避すると、槍を一閃させた。


「ふぎゅ!?」


 容赦ようしゃのない斬撃を受けたクロは、そのまま甲板に叩きつけられてHPが半減する。


 決着がつくと、周りからは熱い拍手と歓声が船員達とルーカスから送られた。


「ううぅ、また負けちゃった……」


「いや、今のは〈ソニックステップ〉がなかったらアリサさんが負けてたから、かなり惜しい戦いだったぞ」


 女の子座りで悔しがる相棒に歩み寄り、手を差し伸べると、ソラは素直な感想を述べる。


「今のクロは、以前オレと戦った時とは段違いの強さだよ。今やったら、負けるのはオレかも知れないな」


「ほんと? わたし成長してる?」


「もちろんだとも」


 クロは手を握って立ち上がると、ソラが手にしている〈黎明の剣〉を受け取った。


「それじゃあ、ソラも〈決闘〉しょう! それでわたしが1勝できたら、同じベッド!」


 おっと、今日はそういう展開になるのか。


 経験値は入らないが、スキルユナイテッドを利用した良い修行にはなる。


 オレは了承すると、クエストを終えるためにルーカスの元にバケツを持っていった。

 

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