第175話「海のレベリング」
船上で戦うと流石に船の耐久値がヤバいとの事で、ソラ達は海に飛び込んでの連続バトルを行うことになった。
唯一の懸念であった水中の機動力の低下は、アリサの持つ〈ゲイボルグ〉のパッシブスキル、パーティメンバー全員に常に水中の能力低下を無効にして、更には水中に限り全ステータスを常に向上させる〈水中適正〉のレベル5が付与される事によって解決した。
しかもこの〈水中適正〉スキル、付与されていると放った弓矢が地上と同じように打つことができるという優れもの。
とはいえ、そもそも弓兵が海の中に入って弓で戦うこと自体がおかしいのだけど、そこは主導しているアリサに意見できるものが誰一人としていないのでどうすることもできない。
水中でも矢を問題なく扱えるようになったイノリは、弓使いだからといって海の中に入る事を拒む事ができなくなり、この世の終わりみたいな顔をしていた。
「われ……リアルの身体がアレだから、泳いだこと全く無いのじゃ……」
「それなら大丈夫よ、私がちゃんとレクチャーしてあげるし、この〈ユグドラシル・リーフ〉を噛んでいれば溺れて死ぬこともないから」
「クロの母は鬼なのじゃ……ッ!?」
「イノリちゃん、一緒に頑張ろ……」
「
二人の少女が絶望した顔をしている中でただ一人、ラウラだけがやる気に満ちた顔をしている。
アスモデウスと戦う事を考えるのならば、強くなるチャンスを逃すことはできない。
きっと母を助けるためにも、彼女はやる気に満ちているのだろう。
と、考えていたのだが、前言を撤回しよう。
顔はキリッとしているけど、どこか青ざめているように見える。それによく観察すると、足が小刻みに震えていた。
……アレは、強がっているだけか。
地上と
流石に戦闘を成立させる為のゲームの仕様で、アリサいわく全長20メートル以上のモンスターは出てこないらしいが、それでも海のモンスターというのは並のホラーゲームを軽く上回るレベルで怖い。
冷静でいるように努めているけど、オレもホラーとかそういうのは、得意なジャンルではない。
さて、全体的に士気が低くて危うさしか感じないこの状況、果たしてどうしたものか。
このまま始めると、普通にこのゲーム固有のシステム〈天命残数〉をいくらか減らすことになりそうだが。
そう思っていると、アリサが咳ばらいを一つ。
彼女は我に秘策あり、と言わんばかりの笑顔を浮かべて、全員にこう告げた。
「流石にベッドが狭いから、今日からリザルト画面を確認してダメージを一番多く取った人だけが、ソラちゃんと同じ部屋で寝られるようにしましょう」
「「「───ッ!!?」」」
バッと三人の少女達が真顔になって、全く同時にアリサに顔を向ける。
少女たちの視線を涼しい顔で受け止めながら彼女は、実に小悪魔的な笑みを浮かべた。
「あら、だっていつまでも四人であんな狭く寝ているのは、コンディション面で考えるとあまり良くはないじゃない?」
「あのー、聞いておきますけど、オレが一番を獲得したらどうするんですか」
「そしたらソラちゃんは、一人で寝れるようにしましょう。誰かと寝たいなら、一人だけ好きに選んでも良いわよ」
我が世の春ここに到来。
久しぶりの一人を満喫する為に、ソラは全力を出す事にした。
◆ ◆ ◆
深海大型モンスターの一体〈キングシャーク〉。
レベルは100で、危険度で言うのなら〈クラーケン〉と同格。
見た目はリアルのホオジロザメと全く同じなのだが、サイズが全長10メートルとかなりでかい。
しっかりした
攻撃のパターンはタックルと尻尾による打撃、それと鋭い刃のようなヒレを利用したタックルと併用しての斬撃くらい。
必要なことは焦らずに冷静に、敵の予備動作を見てしっかり回避すること。
三回目を避ければ〈キングシャーク〉はスキル硬直に入るので、これを逃さずに持てる最大火力を叩き込むことによって装甲のない敵のHPは三本あろうが、四人の攻撃によって一気に一本の半分が消失。
更には〈スキルユナイテッド〉によって新たに体得した攻撃を試みたところ、一度のアタックでHPゲージを一本消し飛ばすことに成功した。
そうやって本日間に何回か休憩を入れて7体もの〈キングシャーク〉を倒して、最後の一体と相対するソラ達。
美しい装飾が施された青色の細剣〈ブルーローズ〉を手にしたラウラと、鮮やかなラベンダーカラーの〈
各々が選択した突進スキルと強撃をユナイテッドさせた強烈な一撃が、サメのHPを残り半分まで減少させる。
すると仕返しと言わんばかりに〈キングシャーク〉は尻尾からスキルエフェクトを放ち、スキル硬直で僅かに動きが止まった少女二人を、纏めて殴り飛ばそうとした。
『スラーッ!』
それをさせまいと、ラウラの召喚獣であるスライムのスーちゃんが前に出てシールドみたいな形状になり、尾ビレによる打撃を防御する。
硬直が解けて、反撃しようとする少女達から逃れるために〈キングシャーク〉は、その場から全力の泳ぎで一時離脱。
今度は全身にスキルエフェクトを発生させて、勢いそのままに身体を大きくUターン。
スピンしながら弾丸のように突っ込んでくる巨体を、クロとラウラは緊急回避スキル〈ソニックステップ〉で避けると、巨大なサメはスキル硬直で動きが止まる。
時間的には数秒間の硬直だが、タイミングを見計らっていたソラには絶好の好機。
『ここだぁッ!』
海の中なので心の中で叫び、飛び出した白銀の冒険者が先ず選択するのは、突進攻撃の〈ソニックソード〉
そして第二に選択したのは、雷属性を付与した強撃の〈ライジング・スラント〉
〈スキルユナイテッド〉によって合体した二つのスキルは〈ライジング・レイジソード〉という名前になった。
効果は自身に雷を纏い、速度と攻撃力を一時的に大幅に強化して放つ強撃。
全身に雷を纏って、稲妻の如き速度で動きの止まったモンスターに接近すると、ソラは全身全霊を込めて右下段から左上段に刃を振り抜いた。
『─────────ッ!!?』
無防備な背中に強烈な一撃を食らい、残っていた最後のHPゲージが減少して、一気に0になる。
光の粒子に変わる巨大なサメ。
経験値がかなり入って、称号の効果と合わさってレベルが75となった。
流石はレベル100のモンスター、経験値が段違いで美味しい。
今日はこれで切り上げるとアリサからメッセージが来ると、船からいつでも上がれるように下ろしてあるロープを使い、五人は船に戻る。
そこで今日の戦果発表がされた。
「はい、本日のダメージMVPはソラちゃん、もうダントツのトップね!」
「むぅ、ソラ強すぎる……」
「もう少し手加減して欲しいのじゃ……」
「スーちゃんと妾の合計でも追いつけないとは、思いもしなかったのです……」
オレの結果に女性陣からは、非難の声が上がる。
何せ海中での戦いは以前にプレイした宇宙を舞台にしたVRゲーム〈スペースウォーズ〉に感覚としては似ていて、手足を使っての移動は直ぐに慣れた。
クロ達はアリサに教わっていたが、慣れるのに二戦ほど必要としたのでソラが勝つのは当然だ。
しかしこれは勝負の世界、勝者として久しぶりの一人を満喫させてもらう為に、オレは一切の手加減をしなかった。
少しだけ可哀想だったかな、と思いながらも内心で拳を強く握りしめていると、不満そうなクロから軽く脇を小突かれた。
何か異議を申し立てられるのかと思うと、少女はソラの鼻先に右手の人差し指を突き付けて宣言する。
「次は、ソラに勝つからね」
彼女の瞳には、不屈の闘志が燃えていた。
かつて同じ目をして、シノと刃を交えていた自分の姿が少女と重なる。
面白いと微笑を浮かべて、その挑戦をオレは兄弟子として快く受けた。
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