第169話「母と娘の再会」

 アリサにその場で待っててもらうように言って、慌ててログアウトすると既にリアルの時刻は朝の8時になっていた。


 蒼空は一階に降りると、リビングでゆっくりしていた黎乃くろのに声をかけて〈アストラルオンライン〉にログインするように言うと二人で自室に戻る。


 何故か彼女は当たり前のように同じベッドで準備を進めるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。


 二人で同時にゲームスタートして最後にログアウトした自分の船室に戻ると、そこにはラウラとイノリの姿は見当たらなかった。


 恐らくイノリは、一度休憩すると言っていたのでログアウトしたのだろう。


 試しに感知スキルを使用してみると、ラウラは甲板かんぱんにいることを把握することができた。


 その近くには、アリサがいることも知覚できる。


 思わずホッと胸をなでおろすと、クロには詳細を伏せてただ来てほしいとしか言っていないので、隣でルームウェアからバトルドレスに変更しながら「どうしたんだろう」とオレを見て小首を傾げた。


 しかし別れる際に、アリサからクロにはサプライズとして詳細は言わないでほしいと頼まれている。


 ここで彼女の意に反する事を行えば、後にその矛先は間違いなくオレに向けられるような気がした。


 準備が整うと、二人で甲板に上がる。


 久しぶりの親子の再会だ、何だかこちらも緊張してしまう。


 少しだけ歩いて、緊張からかいつもより長く感じた道のりを経て甲板に到着する。


 すると少し離れた場所で、ラウラと何か会話をしていた黒髪の美しい女性が此方に気づいてゆっくりと振り返った。


 黒い瞳が、クロとソラを見据える。


 セミロングヘアの髪に、美しい顔立ちの女性。

 背はそこまで高くはなく、恐らくは160後半。

 今のクロはまだ中学1年生の年齢なので、背丈がもう少し成長したら彼女と同じくらいになるだろう。


 赤と白の法衣を身に纏う女性──アリサは、此方を見ると視線を真っ直ぐ隣りにいる少女に定める。


 彼女はこの場にいるのが、NPCと少女のリアルを知るオレしかいない事を理解しているので、遠慮なく自身が本物であることを証明するために、クロのリアルネームを口にした。


黎乃くろの、久しぶりね」


「………ぁ」


 隣りにいる小さな少女の口から、掠れるような声が漏れた。


 様々な感情が溢れ出して、唇をギュッと横一文字に引き締めるクロ。 


 少しだけ疑いのまなざしを向けるが、目の前にいるのは自分の母親だ。


 疑いは直ぐに確信へと変わり、少女は我慢できなくなってソラの横から飛び出す。


 無言で両手を広げた母親に、クロは両目から沢山の雫を宙に散らしながら、勢いそのままに抱きついた。


 アリサはそんな彼女を受け止めて、優しく抱きしめる。


「ママ! ママ、ママぁ……っ!?」


 何度も、思いをぶつけるように少女は母親を呼ぶ。


 それに応えてアリサは、彼女の頭をそっと撫でる。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい、くろちゃん。あなたをたった一人にしてしまうなんて、私は母親失格よ……」


「……そんなこと、ない……そんな、ことない……ママ……ッ」


 涙を流して、何度も嗚咽おえつしながら、かつて孤独に涙した娘は母親の懺悔ざんげを否定する。


「だって、ママたちも辛かったってしってるもん! ……わざと、わたしをおいていったわけじゃないって、しってるもん……っ!」


 愛されていたことを、知っていたから。


 互いに大切な存在であることを、誰よりも理解していたから。


 娘は母を許して、思いを口にする。


「ママ、だいすきだよ……」


「くろ……ッ」


 親子は瞳からポロポロと涙を流して抱き締め合う。


 これで父親だけでなく母親とも、ゲームの中だが再会することができた。


 問題は解決していないが、良かったとソラは心の中で思う。


 周囲の者達が一言も発さず、その光景に背を向けて目尻に浮かんだ涙を拭う中。


 ただ一人、ラウラだけは羨ましそうな顔で二人を眺めていた。





◆  ◆  ◆





 後に何でこんな所にいたのか聞いてみると、一度ハルトと出会ったが、彼は捕まった事を反省して鍛え直すとの事で荒野の鬼の国に滞在しているらしい。

 アリサは攻略の進行度から推測して、クロに会うのとついでにレベル上げを兼ねて小さな島を転々としていたとの事。


 オレの洞察スキルで見る事が出来る、鍛えた彼女のステータスは以下の通りだ。


 【ベータプレイヤー】アリサ


 【レベル】180


 【職業】聖騎士


 【魔槍(まそう)熟練度】96


 【上半身】高位の法衣装


 【下半身】高位の法衣装


 【右手】ゲイボルグ

 

 レベル180というのも実に驚きポイントが高いのだが、それ以上に驚いたのは職業の聖騎士と、魔槍という現状では見たことがない武器熟練度が設定されていること。


 ハルト氏は自身に設定されている黒騎士を、どうやって入手したのか分からないという実に残念な姿を見せてくれたが、彼女は果たしてどうだろうか。


 尋ねてみると、泣きつかれて眠ってしまったクロを大切に腕に抱えながら、アリサは快く教えてくれた。


「先ず職業の聖騎士だけど、これは騎士のスキルレベルを150にしてジョブクエストを受けて、上級騎士にランクアップする必要があるわ」


「ふむ……スキルレベル150で上級に上がる試験クエストですか」


「ええ、そして〈聖騎士〉は上級騎士になった後に光の国の王様〈騎士王〉からジョブクエストを受けて、これをクリアすることでなれるの」


「〈騎士王〉……」


「名前は、アーサー王をモチーフにしたアルサ・ペンドラゴン。ゲームをする者ならアーサー王の名は、一度くらいは耳にするメジャーな歴史上の人物ね。このゲームでは、何故か女の子になってたけど」


「ふむふむ、ということは最強クラスの武器〈聖剣エクスカリバー〉を持ってるのかな?」


「腰に何かすごそうな剣を下げているのなら見たことがあるけど、多分それだと思うわ」


「そうですか、情報提供ありがとうございます」


 礼を口にして、ソラは少しだけ考える素振りをする。


 聖剣エクスカリバーか……。


 普通のRPGならば、魔王に対抗できる最強の武器の一つだ。


 どうにかして入手する方法があるんだろうか、と少しだけ心を弾ませながら。


 次にソラは、恐らくはその〈聖剣エクスカリバー〉に勝るとも劣らない最上級の代物に視線を向ける。


 洞察スキルによって見る事ができる、アリサが背中に所有している真紅の槍の情報。

 見間違いか幻覚の類でなければ、自身の見抜くスキルによって目の前に表示されているのは、ユニークレジェンドウェポン〈ゲイボルグ〉【EX】ランクの魔槍と確かに表記されていた。


 ユニークレジェンドウェポン?


 【EX】ランクってなに?


 疑問に思うソラに、サポートシステムのルシフェルはこう答えた。


〘ユニークレジェンドウェポンは、特殊条件をクリアした者しか所有できない固有武器です。【EX】ランクは〈アストラルオンライン〉ではこの上が存在しない、最上位のレアリティとなります〙


 オーケー相棒、説明ありがとう。


 最後のボス戦でも十二分に使えそうな最高レアリティの武器を、一体どうやって入手したのか。


 一応質問してみると、アリサはこれも隠す事なくあっさりと答えてくれた。


「これは影の国の女王〈スカアハ〉とのタイマンで半日くらい攻撃を耐えてたら貰ったわ」


「は、半日ですか……」


 ちなみにその時の戦闘の全てを聞いたオレは、危うく思考がフリーズしかけたので一部分だけ抜粋すると、


 ──投げた一本の槍が千本以上に分裂してくる絨毯じゅうたん爆撃ばくげき


 ──時折分身みたいな事をして、オマケに槍なのに常に飛ぶ斬撃みたいなのを無制限に放ってくる。


 ──苦労して接近しても、此方の攻撃を全てロイヤルガードでジャストガードしてくるバカみたいな超反応速度。


 とにかく身を守る事に専念したら、合格と言われてこの伝説の武器を貰ったらしい。


 バケモノかな?


 そんな無理ゲーのNPCと半日もやり合えるなんて、何だかシノと同種どころか、それ以上のナニカだと思えてきた。


 かなりドン引きしていると、アリサは眠るクロに頬ずりしながら最後にこう言った。


「久しぶりに娘と一緒にいたいし、なにより貴方の事が知りたいわ。この旅が終わるまで、同行しても良いかしら?」



 これほど心強い仲間はいない、とソラは彼女のパーティー申請を承諾した。


 

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