第170話「内気な姫様」
その日の昼に船は中継地点のロデー島に到着すると、ソラ達は上陸して今日は補給の為に一日滞在する事となった。
イノリは新作の矢を大量生産する為に鍛冶職人の猫耳族の女性と船に残り、クロは半年ぶりに再会した母親と二人っきりにさせてあげたいので、自然とオレは一人になる。
何か一人になるのは久しぶりだな、と思いながら船を降りてどうするか考えるソラ。
やはりスキルショップから回るべきかとウィンドウ画面に表示されているマップを眺めながら悩んでいると、ふと感知スキルで此方を見ている者がいる事を、サポートシステムの〈ルシフェル〉が教えてくれた。
顔はウィンドウ画面に固定したまま、ちらりと視線だけその方角に向けてみる。
すると木の陰に半身を隠して、此方を見ている人物に目が止まる。
それはフードを目深まで被っている青い髪のセイレーンの少女、海の国の姫ラウラだった。
なんで顔を隠しているのか疑問を抱きながら、彼女もボッチかとつい微笑ましく思う。
見たところ「街を回るのに誘いたいけど、忙しいからごめんって断られたらどうしよう……」という尻込みした雰囲気がビシバシ感じられた。
〘私には分かりませんが、どうしてそこまで彼女の思考を読む事が出来るのですか?〙
「先ず最初のポイントとしては木の陰に隠れているからだ。分かるか? 誘う奴はあんな風に隠れたりしないで堂々と正面から来るんだ。
そして第二のポイントは、コッチをずっと伺っているだろ。誘う気がないなら、そもそもあんな場所でこちらを眺めたりなんかしない。船の中に残るかとっくにどこかに行くだろう
誘いたいけどどうやって誘おう、でも断られたら嫌だなみたいな思考に陥ってあんな事になってるんだ」
早口で分かりやすく説明してあげると〈ルシフェル〉は少しの沈黙の後に戸惑うような雰囲気でこう言った。
〘何となく理解できました。つまりマスターは彼女の同類だったから、そこまで細かく説明できるのですね〙
ど う し て そ う な る。
心の中でツッコミを入れると、ルシフェルは無感情な少女の声で淡々と答えた。
〘天上で妹様から色々と情報交換をしている際に、マスターが昔はシン様とロウ様がいなければ、他人とろくに会話もできないほどに人見知りであったと教えてくれました〙
「アイツ、なんて余計なことを……ッ」
リアルではスマートフォンの姿になっているサポートシステムのルシフェル。
どうやら他の端末に移動することもできるらしく、最近は妹のシオのスマートフォンに遊びに行ったりしているのだが、まさかオレの昔話をしているとは。
これは次にリアルに戻ったら釘を刺しておかなければ。
ソラは胸に誓うと、取り敢えずウィンドウ画面を閉じて困っている様子のラウラに話しかけることにした。
「ラウラ、どうかしたのか?」
「い、いえ! なななんでもありませんっ!?」
「ちょっとストップ!」
話しかけると、急に逃げようとしたラウラの腕をとっさに掴む。
これが元の男の姿だったら事案だなと思いながら、ソラは単刀直入に言った。
「オレさ、今日一人なんだよ。もし良かったら一緒に見て回らないか?」
「よ、良いのですか。
「うん、全然構わないよ」
「あ、ありがとうございます、ソラ様……!」
さっきまでの不安そうな表情が一変。
パアッと花のような笑顔を浮かべるラウラ。
実に可愛らしいその様に、ソラは少しだけ見惚れてしまう。
やはり美少女の笑顔というのは良いものだ。
見ているだけで、自然とソラも微笑を浮かべてしまう。
「それじゃ、どこに行こうか。最初はレディーファーストって事でラウラが決めてよ」
「は、はい……わかりましたッ! こういった事は初めてですが、精一杯がんばります!」
そこまで気合を入れなければいけない事なのかと、つい苦笑してしまう。
というわけで、今日は二人で島の街を回ることになったオレとラウラ。
お姫様は気合を入れて白銀の冒険者の手を握ると、真っ直ぐスイーツ店に向かって駆け出した。
◆ ◆ ◆
ロデー島はユグドラシル大陸の〈エノシガイオス国〉から海底神殿の入り口がある〈トリートン島〉に向かうための中継地点となっている唯一の島だ。
他の海の国〈ネプテューヌ〉と〈エーギル〉の貨物船が中継地点とする為に物資は豊富であり、海の上の大市場と呼ばれる〈ユグドラシル大陸〉の海の民にとっては無くてはならない場所らしく、街は活気に溢れていた。
他の国から見たことが無い食べ物とか、アイテムが運び込まれる為、冒険者としては中々に面白い場所だと言える。
イノリとかがいれば、間違いなく錬金術に使えるアイテムを求めて周辺の屋台の物を買い占めて回っていたかもしれない。
そんな見て回るのも楽しい市場を、クリームと果物をふんだんに使用してクレープ生地で包んだ甘味を片手に、ラウラと一緒に散策していると屋台の年配の女性からこんな事を言われた。
「お嬢ちゃんたち付き合ってんのかい?」
「いや、ただの旅仲間だよ」
「あら、そうなの。手を繋いでいるから、てっきり付き合ってんのかとばかり」
そういえば前々から謎なのだがこの〈アストラルオンライン〉は、やたら女性同士の絡みについて意味深な行動を取る者が多い。
どういうことなのかとサポートシステムのルシフェルに聞いてみると、彼女はこう答えた。
〘同性婚は普通にありますので、この〈アストラル大陸〉で同性が付き合うのは普通の事です。ちなみに最近は百合が流行っているらしいですよ〙
流行り?
百合って流行るものなのか。
なんか聞いて納得したような、逆に謎が深まったような複雑な気持ちだ。
というか出会ってそんなに間もないのに、ラウラは何で付き合ってるのか発言に対して嬉しそうな顔をしているのだろう。
オレ達お互いの事、まだそんなに知らないと思うのですが。
「えっと、なんでラウラは嬉しそうなんだ?」
「……え、だって少なくとも友達に見えてるって事ですよね……」
「………………っ」
わーお、なんてこったい。
こっちはこっちで、何だか切実で悲しくなるようなお話だった。
「あれ、でもアリアとアリスと交流はあるんだよな」
「……え、だって二人は姫としての交流ですから、お友達と言えるのか分からないのです。妾だけがお友達と思ってても、向こうがそのつもりじゃなかったらって思うと、そんな希望的観測はできません……」
「不安になる気持ちはわかるけど、あの二人なら喜んで友達だって言ってくれると思うぞ」
「…………本当ですか、たった数回しか合っていませんのに?」
「大丈夫だ、問題ない」
「……う、嘘だったら、どうするのです。妾は控えめに言って、二度と立ち直れなくなります」
「嘘じゃないよ、実際に会ったオレが言うんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
胸を叩いて、自信満々に告げるとラウラはゴクリと唾を飲み込んで弱々しく頷いた。
「……た、旅が終わったら、勇気を出して聞いてみます」
とても緊張した面持ちで、両手に軽く握りこぶしを作ったお姫様は一つ決意した様子。
全体的に内気な子なんだな、となんとも言えない顔で軽く拍手しながら眺めていると。
何もない空間に突然魔法陣みたいなのが出現して、陣の真ん中から一匹のスライムが現れた。
「この子は……召喚獣?」
全長は50センチ程度の球体のフォルム。水色でプリンのようにぷよぷよしている。
頭にリボンを付けて、両目が縦線のスライムは、地面に着地するとラウラの足にピッタリ寄り添う。
彼女はスライムを両手で持ち上げると、軽く自己紹介した。
「……この子は、妾が初めて召喚したスライムのスーちゃんです。他の子たちと少しだけ変わっていて、呼び出さなくても勝手に出てくるんです。どうやら妾達と一緒に街を回りたいみたいですね」
それは確かに変わったスライムだね、とソラは苦笑してスーちゃんの同行を許可した。
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