第167話「白銀と灰色の激突」
夜空に広げる漆黒と純白の二枚の翼。
美しい顔立ちの、見た目が十代前半くらいだと思われる少女。
灰色の髪は膝裏に届くほどに長く、そして切れ長の瞳はオッドアイで、右は金色で左が碧色と異なる色を宿している。
怖いくらいに細い身体に身に着けているのは、無垢の証である背中の部分が大きく露出した真っ白なバトルドレスで、防具の
要注意なのは右手に持っている、武器というよりは芸術品のような灰色の片手用直剣。
レベル2の洞察スキルで、名前すら読み取る事の出来ない正体不明の天使。
目の前に現れた強敵を警戒しながら、先ず感知スキルで周囲の状況を確認する。
甲板の上では争った形跡がなく、気絶した夜間担当の船員達が全員転がっていた。
視界の端に横たわっているのをチラリと見たところ〈気絶〉の状態異常に
まさか誰にも騒がれる事なく、こんな暗殺者みたいな隠密作業を、目の前のコイツが全てやったのか。
疑問に思いながらも、ソラはいつでも抜けるように愛剣の柄に右手をかける。
敵意を向けられているというのに、その様子を嬉しそうに眺めながら、身体を左右に揺らして灰色の天使は、船首から跳躍して十メートルくらい離れた床に着地した。
その時点で背中の翼は消えている。
直立して、色彩の違う二つの
「久しぶりですね、イヴの愛しい伴侶(ルシファー)君」
「っ!?」
〈ソニックソードⅩ〉の発動を洞察スキルが事前に読み取ったと同時に、目の前まで灰色の天使が迫る。
何という瞬間的な加速力。敵が手に握る片手直剣が、右下から左上に振り上げられるのを、人並み外れた
静寂に響き渡るのは、攻撃と防御のスキルによる激しい衝突音。
勢いを受け止めきれずに、ソラの身体が後ろに数歩分だけずり下がる。
あと少し反応するのが遅れたら、恐らくは身体が真っ二つにされていたかもしれない。
自身の刃を受け止める白銀の冒険者の姿に、灰色の天使は嬉しそうに笑った。
「ああ、あの愚かな
「金色……イリヤの事か?」
付与枠を五つ〈攻撃力上昇〉に切り替えて、押され気味の
「あの忌々しい〈金色〉をご存知で?」
「知ってるも何も、オレの一番弟子だからな」
「ふーん、それは面白い事を聞きました。今度会ったら、しっかり八つ裂きにして命を一つ削っておいてあげましょう」
「出来るもんならやってみな。その前にここでオマエは、オレに倒されるかも知れないけどッ!」
鍔迫り合いの状態で、攻撃力上昇の中級スキル〈ストレングス〉を発動。
瞬間的に増幅した力押しで、敵を大きく弾き飛ばし、剣を横に構えて水平二連撃〈デュアルネイルⅤ〉で灰色の天使に斬り掛かる。
「………ハッ」
すると少女は楽しそうに笑い、剣を横に構えてソラと全く同じモーションで〈デュアルネイルⅩ〉を発動させた。
眩い緑色のエフェクトを放ち、白銀と灰色の刃が正面から衝突。
しかし、全くの五分ではない。
まさかのソラが威力負けして、初撃の姿勢を僅かに崩され、続けて繰り出した二撃目の交差で後方に弾き飛ばされる。
初めて正面から押し負けた事に、ソラは体勢を立て直しながら戦慄した。
コイツ、想定以上に強い!?
洞察スキルですら、情報を読み取ることが出来ない敵の力量。
唯一見抜くことができる、スキルのレベルが【10】である事から無理やり推定するのならば、単純に灰色の天使はオレの二倍以上の強さを持っていると推定できる。
という事は、レベルは最低でも150以上か。
「やはり剣で語るのが一番良いですね。今のアナタを良く知る事ができます」
「ああ、オマエがメチャクチャ強いってのは理解したよ」
「ええ、こちらもビックリです。普通なら今のは一撃目で姿勢が崩れて、二撃目で死んでたはずなんですよ」
「それは残念だったな、オレはピンピンしてるぞ」
「ならこれはどうです?」
灰色の剣が、スキルのエフェクトで眩い光を放つ。
灰色の少女は剣を右肩に担ぎ、力をためるような動作を見せると右足を強く前に踏み出し。
──ッ!
洞察スキルで何が来るのか見抜いたソラは、とっさに一回のダメージを0にする〈パーフェクト・プロテクト・コール〉を使用して、敵が剣を振り下ろすと同時に放った三日月状の飛ぶ斬撃を防御の刃で受ける。
まるで昔に全長100メートルの巨大な飛空艇の突撃を、真正面から受けた時と同じ負荷がソラを襲った。
当然人間の脚力で止められるようなものではなく、踏ん張る足は飛ぶ斬撃の勢いに負けてずり下がる。
「く、そがぁ……!」
以前にアリスが無効化出来なかったのと同様に、無敵スキルを無視してガリガリと五割ほど削られるHP。
やはり防御スキルか無敵スキルを無効にする特殊能力が、敵にはあるのか。
とっさにオレは〈ソニックソードⅤ〉を使用して、斬撃の勢いにブレーキを強制的にかける。
前後からの強い力に身体が悲鳴を上げてHPが更に減少するが、ソラは呼吸を止め自身がこれまで
「……っ、ぶはぁ!」
今ので一回無敵のスキルは使用してしまった、この戦いではもう使えない。
危ないところを切り抜けて、敵がまだいるというのにソラは、片膝をついてしまう。
しかし灰色の少女は、この上ない好機だというのに、嬉しそうな顔をして両手で称賛するように拍手をする。
「まさか必殺技の一つを受け流すなんて、流石はルシファーです」
ソラは察した。
これは、間違いなく手加減をされていると。
先程から敵に余力が見られるのが、何よりも一番の証拠だろう。
舐められたものだな、とソラの闘志に火がつく。
怒りを燃料に、殺意を剣に込めて。
移動速度上昇の中級スキル〈アクセラレータ〉を始動させたソラは、立ち上がる勢いを利用して弾丸の如く駆け出す。
「!?」
小刻みに左右にステップを踏みながら、残像すら発生させる程の超加速を利用して、フェイントを織り交ぜる事で敵の背後に回り込む。
しかし、敵も感知スキルを持っているのだろう。
急に後ろを振り向くと同時に、横薙ぎの一閃が胴を真っ二つにせんと迫る。
とっさに反応したソラは、バックステップして紙一重で回避。
そのまま剣を左下段から右上段に振り上げて、先程の意趣返しとして三日月状の飛ぶ斬撃〈アングリッフ・フリーゲン〉を放つ。
灰色の少女は、それを〈ソードガードⅩ〉で受け止めて簡単に受け流して見せる。
その僅かに生じた受けの時間を利用して、ソラは地面に接地した足にタメを作り、甲板にヒビが入るほどの
距離を詰めると剣を構え、必殺の刺突技〈ストライクソードⅤ〉を敵の大きく開いている胸目がけて容赦なく突きだす。
青い鮮烈なエフェクトが、灰色の少女の肌に突き刺さる寸前。
敵もソラに負けず劣らずの超反応を見せて〈ソニックステップ〉を使用、横に短い緊急回避をして刺突を空振らせた。
「この勝負、もらいました!」
無防備な側面を見せるソラに、灰色の少女の下段からの強撃〈レイジ・スラントⅩ〉が放たれる。
───ここだぁッ!
刃が迫る寸前、クイックチェンジを発動。
〈白銀の魔剣〉をストレージに収納して、両腕に肘まで覆うドラゴンのエンブレムが施された白銀のガントレットを召喚。
これぞオレの切り札の一つ。
前回のラストアタックボーナスで獲得した〈プライド・オブ・ガントレット〉。
下段から迫る刃はシノの斬撃に比べたら、その速度は遅い。
かつて師匠を相手にして、対戦ゲームで幾度となく修練した素手による受けの技を〈ソードガードⅤ〉を併用して実行。
シビアなタイミングだったが、右手の
それまで左腕に溜め続けていた〈バースト・チャージ〉を解き放つ。
左足で地面を強く踏み込み、全身全霊を込めた白銀の左拳で、ソラは灰色の少女の胴体の中心を撃ち抜いた。
「ガハッ!?」
ソラの渾身の一撃を受けた少女は身体をくの字に折り曲げ、船体を揺らす程の衝撃によって船の手すりまで飛ばされ、背中を強かに打ち付ける。
HPは三本ある内の一本が消失。
倒れて動かなくなった敵に、ソラは息を切らしながらこう告げた。
「はぁ……はぁ、アリスとサタナスが受けた痛みの分は、きっちり返したぞ……」
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