第166話「作業と雑談」


 少し強い雨音が屋根を叩いている。


 一日経つごとに、現実世界を覆っている雨は、その勢いが少しずつだが強くなっている気がした。


 ゲームがリアルにもたらす災厄。


 これを退けるには、恐らくは今までと同じように大災害を倒すしかないのだろう。


 詩織とおやすみの挨拶をして自室に戻った蒼空は、エナジードリンクを一本飲み干すと、ベッドに腰を下ろしてVRヘッドギアを手にする。


 チラリと視線を落とすと、壁際には何故か自分のベッドで眠るハトコの少女がいた。


 すると不意に、少女は閉じた瞳から一滴の涙を流し、その小さなさくらんぼ色の口で何かを呟く。


「パパ……ママ……」


 オレの耳には、確かにそう聞こえた。


「……黎乃くろの


 未だゲームに囚われている両親を呼ぶ少女の手に、蒼空はそっと触れて隣りに寝転がる。


 けして口には出さないけど、幼い少女が不安を抱いていない筈がない。


 努力はしているが、オレは父親と母親の代わりにはなれないのだから。


 彼女は触れる手を強く握り、少しだけホッと安堵の表情を浮かべる。


 蒼空は決意を胸に「ゲームスタート」と口にして、意識を仮想世界にダイブさせた。





◆  ◆  ◆





 付与スキルに使用するMPは50ポイント必要とする。

 魔剣のスキル効果で一秒に5ポイント回復するのを待つだけでは、毎回10秒待つ時間的ロスが出てしまう。


 だから定期的にマジックポーションを飲みながら、ソラは目の前に並べられたアイテム達に付与スキルを使用していく。


 作業を始めてから数時間が経過すると、口から離した何本目になるか分からない空の瓶が光の粒子になる。

 ソラは最後のスチールインゴット十個に付与スキルを使用して、ラウラがすやすやと眠っているベッドに倒れた。


「だー! オレのノルマ終わったぞぉーッ!」


「うむ、後は任せるのじゃ」


 現在イノリが鍋っぽい物を取り出してチャレンジしているのは、闇属性の耐性ポーションの作成。


 スライムゼリーを鍋に入れて溶かしたものに〈普通の水〉という名のアイテムを入れて、ゆっくり棒でかき混ぜていく。


 すると真っ黒な液体の〈ダークポーション〉が完成する。


 イノリはそれを5本作り、今度は全て鍋に纏めて投入。今度は普通の水の上位アイテム、綺麗な水を入れて同じようにゆっくりかき混ぜた。

 しばらく待つと黒い水面が淡い光を放ち、鍋から出現したのはレベル2の〈ダークポーションⅡ〉だった。


「ふむ、まぁまぁじゃな」


 透明な瓶に入った黒い液体のアイテムを手渡されたソラは、指先でタッチしてプロパティを確認してみる。


 効果としては、闇属性ダメージに対する耐性が10パーセント上がるので、それなりに良いものだと思った。


 イノリは同じ手順でスライムゼリーを加工して、属性ポーションの作成を済ませると、次に各身体能力が上がるポーションの作成を始める。


 手元にあるサンプル品を眺めながら、ソラは一つだけ思った。


 どうやら〈付与魔術士〉が扱うスキルと違い、錬金術で加工したアイテムは時間制限が付いているようだ、と。


 レベル1のポーションで、持続時間は一分。


 レベル2のポーションで、持続時間は二分といった感じ。


「ふむ、錬金術で作成されると時間制になるのは面白いな」


「そういえば元の付与スキルは回数制じゃったな」


 イノリの言葉に、ソラは頷いた。


 〈付与魔術士〉のスキルは効果が高い代わりに、殆どがカウントするタイプである。

 分かりやすく説明するのなら、スキル無しの通常攻撃なら一回、スキル攻撃なら二連撃の〈デュアルネイル〉でも三連撃の〈トリプルストリーム〉でも一回でカウントされる。


 この仕様が現在でも〈付与魔術士〉の評価を下げている原因の一つだ。


 効果は高いけど、一回殴れば再度付与をしないといけない上に、MPの燃費が悪すぎる。


 弱くはないのだが、付与スキルは使い所が難しい。

 そんな玄人向けのレッテルを、大多数の冒険者達から貼られていた。


「まぁ、大体の〈付与魔術士〉の戦闘スタイルとしては、モンスターを攻撃する前に自身に付与するタイプが多いのじゃ。

 後はここぞという時まで温存しておいて、フルアタックの時に味方にバフをまいたりするのがベターなのじゃ」


「普通はそうなるよな。オレみたいに戦闘中に付与スキルを常に重ねがけするなんて、普通は出来ないだろうし……」


「ソラ君は魔剣の能力で、常にMPが回復するチートみたいな状態じゃからの。知っておるか? 前回の魔鉄を入手した最前線の者達が主武器を更新した時に、誰一人としてその剣と同じスキルを入手出来なかったことを」


「あー、それはシンから聞いたよ。アイツも〈魔術士〉だから同じスキル欲しかったみたいだけど、無かったからって最大MPが100増えるスキルにしてたかな」


 だから魔剣のスキルは、今の所ソラだけが所持する固有のものとなっている。

 他の者からして見たら、ユニークスキルと変わらないだろう。


 イノリは手際よく〈攻撃力上昇付与〉が施されたスライムゼリーを鍋でかき混ぜながら、魔剣のスキルに対して自身の予想を口にする。


「まぁ、ソラ君の剣がレアスキルを設定できたのは、間違いなく最初の剣をベースにしているってところがポイントじゃろうな」


 わかる範囲で言えば、それしかないだろう。

 オレも心当たりはそれしか思い当たらない。

 イノリは鍋を混ぜながら、苦笑した。


「そもそも鍛冶職人にならんと、武器の経験値なんて他の冒険者達は知りようがないしの。……とは言ってみたが、実際のところあの最初の剣の経験値を貯めるのは、並大抵の努力をしても無理じゃ」


「そうなのか?」


「うむ、実はあの剣はかなり経験値が貯まりづらい仕様らしくての。

 一例を上げるのならば、はじまりの草原でスライム狩ってレベルを20まで上げたとして、剣の経験値はやっと1割貯まるくらいじゃ」


「それは……辛いな」


「じゃろ? だからレベルが上がってエルもそれなりに増えた者は、大抵新しく強い武器に変更した方が効率が良いのじゃ。

 それか短時間で経験値をカンストさせたいのならば、例えばソラ君みたいにラスボスである魔王の一撃を、剣で受けるくらいはしないと無理なのじゃ」


「それがなかったら、多分オレも経験値貯まる前に装備を変えてたかもな」


 レベルが上がればそれに合わせた装備にして、次のステージに上がるのはゲームプレイヤーとして当然の判断だ。


 初期装備は耐久力が高くても攻撃力は低いし、今はスタートした時と違って鍛冶職人達が提供している初心者用のセット販売が、だいぶ安いとキリエから聞いている。


 服を売った値段でちょうど買える値段にしているから、最近始めた初心者達に飛ぶように売れてるらしい。


 トップクラスの鍛冶職人から装備一式を買えるのならば、初期の剣が大器晩成とはいえオレもそちらをオススメする。


 そこまで思考を巡らせて、ソラはふとストレージに入れている魔剣を手元に呼び出す。


 プロパティを開いてみると、経験値があと少しでカンストしそうだった。

 これはまたキリエにお願いして、武器の更新をしないといけなくなるだろう。


 しかし今は船旅の真っ最中なので、頼むとしてもラウラの一件が済んでからになりそうだ。


「うむ? 武器の経験値がもう貯まりそうなのじゃ?」


「ああ、あと数戦したら貯まるかな」


「次に更新する時は、われも呼んで欲しいのじゃ」


「なんでだ?」


「ソラ君のインゴットをちょっと見せてもらいたい。もしかしたら少しだけじゃが、力になれるかも知れないのじゃ」


「ああ、分かった。その時は呼ぶよ」


 そう言って、ソラは立ち上がる。


 扉に近寄ると、イノリが首を傾げた。


「どうしたのじゃ?」


「いや、ちょっと夜風に当たりに」


「ふむ、リスポン地点はここに固定されておるが、海に落ちないように気をつけるのじゃよ」


「ああ、気をつけるよ」


 そう言って、ソラは部屋を出て甲板に向かって足を進める。


 ウィンドウ画面を開いて、ルームウェアからフル装備に変更。

 木製の階段を上がりながら、緩んでいた気を引き締めて外に出ると、感知スキルで把握している敵がいる場所──船首を見据える。


 ソラは最強の冒険者として、月に照らされる最凶と相対した。


 眼前にいるのは、かつて竜王祭でサタナスを殺そうとし、アリスを死ぬ寸前まで追いやった人物。



 ───灰色の髪の天使だった。


 

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