第164話「モンスター同士の争い」

 ぐぎぎぎぎ、まさかあんな逆転のされ方をするなんて……ッ!


 釣りバトルの結果が決まり、予想もしていなかった敗北にソラは内心で悔しがる。


 まさかクロとイノリが釣り上げるごとに、毎回3〜5匹単位の魚達が尻尾に噛みついているとは。

 一体どれだけの幸運が重なれば、そんな現象が立て続けに起きるのか。


 それに対して、オレとラウラが釣り上げていたのは基本的には大物が多く、質を考えるのならば此方の方が上であった。


 しかし自分で『たくさん釣り上げたら勝ち』と言ってしまった以上、質ではなく数で勝る二人の勝利を受け入れなければいけない。


 ハイタッチをする、クロとイノリ。


 勝者である彼女達の考えによって、本日のベッドでログアウトするときの順番は、二人がソラをはさむ形となった。


 ……やれやれ、そんなに人肌恋しいのならオレを巻き込まないで、自分達だけでくっついていれば良いのに。


 ため息を吐きながらも釣りバトルを終えたソラ達は道具をルーカスに返却、その次はみんなで残るもう一つの『掃除クエスト』をする事となった。


 クエスト内容としてはこちらもシンプルなもので、決められた制限時間内でどれだけ船内を綺麗に出来るかで、獲得できる経験値が大きく上下するらしい。


 掃除する範囲は、船の甲板と中の通路のみんなが共有している部分だけ。

 手分けして掃除する方が効率は良さそうだけど、今日は今後の事を考えて四人で横一列に並び、レース形式で掃除をする事にした。


 拭くだけでどんな汚れも綺麗になり、乾拭きも要らないというリアルにも欲しくなるようなモップを手に、ソラ達は甲板の上を右に左に駆け回る。


 もちろんただ普通にレースをするのは面白くないので、付与スキルの枠を全て〈素早さ上昇付与〉にして、通常よりも制御が難しい速い動きの中で掃除という中々に難しいチャレンジをしていた。


「よっと、お先!」


 開始して数分、担当していたラインの甲板を拭き終えると、次にソラは船内の通路に飛び込んだ。


 後に続いてくるのは、クロ、イノリ、ラウラの順番である。


 すると先頭を突き進みながらも、キチンと綺麗にしていくソラの体捌たいさばきに、必死に後ろに続くクロが声を上げた。


「むー、ソラはやい!」


「流石にバランス感覚が桁違いじゃな。流石はスカイファンタジーで誰もが揺れる足場のせいで、マトモに動けない不評だらけのスカイシップ戦で乗り込まれたら終わりと評された〈黒閃〉じゃ」


「……足が床に吸い付いてるみたい、常時足場を固定する事のできる〈イモウビリティ〉を発動しているのでしょうか」


「ははは! スキルなんて要らないんだなぁ、こういうのにはコツがあるのだよコツが!」


 時折小さく揺れる足場を、重心を巧みにコントロールする事で平坦な道を走るかの如く駆け抜ける。


 あっという間に後続のクロ達を置き去りにしたソラは、時折現れる船員を華麗かれいな身のこなしで避けながら拭き掃除を済ませていく。


 この動きに付いてこれるのは、今の所はシンとロウの二人に加えて、師匠であるシノくらいだろう。


 そう思っていた矢先の事。


 四人の中で一人だけ独走していたソラの背後から、猛烈な追い上げをしてくる者がいた。


 〈感知〉スキルを常時発動しているオレは振り返る事なく、その人物がクロだと分かる。


 彼女は走りながら今のソラと遜色そんしょくない動きを見せ、楽しそうに言った。


「コツが分かってきたよ!」


「マジかよ!?」


 相変わらず学んでから身につけるまでが早いクロの学習能力の高さに、ソラはびっくりさせられる。


 だが流石にオレを相手に序盤から中盤にかけて生まれた差を埋める事は、クロでも容易ではない。

 そのままソラ、クロの順番でゴールすると、3位にイノリで4位がラウラの順番で掃除レースは終わった。


 モップを船長に返すとかなりの経験値が入ってきて、ソラ達のレベルがそれぞれ1上がる。


 これによってオレはレベル70になり、ステータスの積載量が270となる。

 更には以前に入手したアイテムでプラス20されているので、トータル積載量は290になるのだが、主にメイン武器である〈白銀の魔剣〉と防衣であり、メイン防具を兼ねている〈エンヴィー・オブ・ダークネスコート〉の二つが容量を圧迫して常に余裕がない。


 これも基本積載量が少ない小柄なアバターの宿命ではあるのだが、レベル50とかで、450もあるM型のアバターが実に羨ましく思う。


 まぁ、無い物ねだりしていても容量が増えるわけではないので、ソラは大人しく確認のために開いていたウィンドウ画面をタッチして閉じた。


 すると今まで真っ直ぐ走っていた船が、急に進路を右に変える。

 何事かと思い視線を船長のルーカスに向けると、彼は望遠鏡を取り出し、海上に視線を向けて船員達に指示を出していた。


 何かあったのか質問をして見ると、ルーカスは苦々しい顔をする。


「どうやら前方で大型がやり合ってるみたいでな。このまま進むと巻き添えをくらうから、迂回しないといけないんだ」


「大型……」


 望遠鏡を借りて彼が見ていた進路に視線を向けると、海上で激しい水飛沫と共にドラゴンっぽいモンスターと、大きなイカが戦っている様子が見えた。


 洞察スキルによると、ドラゴンの方はレベル100の〈キング・シードラゴン〉という名前で全長は20メートル、オレ達にとっては過去最大サイズのモンスターだ。


 そんな化け物と互角の戦いを繰り広げているのはレベル100の大きなイカこと〈クラーケン〉で、足を束ねて槍状にした専用のスキル〈クラーケン・トルネードピアス〉なる技でドラゴンを倒さんとする。


 しかし〈シードラゴン〉は下段から上段に拳を振り上げる〈ドラゴンアッパー〉というスキルを発動。


 自身に刺さる前に鋭い〈クラーケン〉の槍を本体ごと上空に殴り飛ばす。


 殴り飛ばされた〈クラーケン〉は、そのまま落下して海面に叩きつけられた。


 ──おお、モンスター同士の戦いだ。


 そういえば〈アストラルオンライン〉でモンスター同士で戦っている姿を見るのは初めてなのではなかろうか。


 感動して望遠鏡で見入るソラに、クロが見せてほしいというので渡してあげると、彼女は戦う二体の大型モンスターを見て「すごーい!」と声を上げた。


 その様子を微笑ましく眺めていると、ふと疑問に思った隣りにいるイノリが、ルーカスに質問をした。


「そういえば聞くのをすっかり忘れていたのじゃが、この船は海中にいる大型モンスターに襲われる事はないのじゃ?」


「ああ、その心配はない。全ての船には神殿の〈大司祭〉から提供される世界樹の欠片が使用されていてな、油断してコッチから思いっきりぶつからない限りは襲われる事はない」


「ふむ、世界樹の欠片を使用すると何で襲われないのじゃ?」


「俺も詳しくは知らないんだが。〈大司祭〉の話だと世界樹は全ての命を生み出した始祖と言われていて、その欠片を使用することでモンスター達から敵だと認識されないらしい」


「ふむふむ、なるほどなのじゃ」


 イノリは、何やら納得して仕切りに頷いた。


「ただ世界樹の欠片を使っているからと言って、全てのモンスター達から無視されるわけじゃない」


「船長、それは一体……」


「ゴーストシップ、幽霊船だよ。アイツ等には世界樹の効果が効かないらしくてな。遭遇すると確実に戦闘になる」


「ゆ、ゆゆゆゆうれい……ッ!?」


 苦手なクロが過敏に反応して、慌てて望遠鏡で眺めるのをやめてオレの後ろに逃げる。

 恐る恐る顔を覗かせる彼女の頭を撫でながら、ソラは苦笑するルーカスに続きをお願いした。


「アイツ等が一番厄介でな、船乗りになるための条件として、第一にゴーストとかスケルトンと戦えるくらいに強くないといけないくらいには遭遇する頻度は高い。大体のペースで言うなら、月に3回は接敵するな」


「なるほど、それでオレから一つだけ聞きたいんだけど良いかな?」


「ああ、良い機会だ。答えられるやつなら何でも答えてやるぞ」


 ルーカスがそう言うので、ソラは遠慮なく聞くことにした。


「幽霊船には、宝箱とかあるのか」


「は?」


「いや、だからゴーストシップには宝箱とかあるのかなって」


「まぁ、幽霊船だからな。宝箱の二つ三つあるけど、それがどうか………」



「よし、今から幽霊船を探しに行こ──ぐふぅ!?」



 宝箱の存在に目を輝かせたソラの脇腹に、幽霊大っ嫌いなクロの拳が突き刺さった。

 

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