第163話「雨の異変と釣りバトル」

 9月3日の朝、昨日の天気予報では今週は晴れだったはずなのに全て雨になっていた。


 しかもそれは日本だけでなく世界規模で起きているらしく、もしかしたら今度の災害はこの雨なのかもしれない、とニュースでは取り上げられている。


 実際のところはどうなのかと傘を手に歩きながら、スマートフォンとなっているサポートシステムの〈ルシフェル〉に尋ねると、彼女は無機質な声でワイヤレスイヤホンを利用して答えた。


〘微かですが、この雨にはリアル世界に存在しない成分を感知できます。

 〈アストラルオンライン〉による災害の確率は99パーセントだと私は判断します〙


「なるほど、わかった。しかし雨か、雨が次の世界災害だとしたら、どんな影響があるんだろ」


 そんな蒼空の疑問に答えたのは、最近〈アストラルオンライン〉でレベル上げを頑張っている妹の詩織しおりだった。


 隣に並び歩く制服姿の彼女は、傘を手に少し考えるような素振りを見せると、頭の中の知識から雨によって起こる事を一つだけ上げる。


「そうね、お日様を浴びることがなくなると、人は病気になりやすくなるって聞いたことはあるわ」


「なるほど、それはそれで面倒そうだな」


「でもスキルを使えたりする今の私達って、普通の人間と同じ物差しで考えて良いのかしら?」


「言われてみると、確かに……」


 現在のオレに至ってはゲームで設定している職業〈付与魔術士〉としてのスキルを全て使用できる。


 例えば属性を付与したら身体の表面をその属性が覆ったり、攻撃力上昇付与を使えば手刀で枝くらいなら真っ二つに出来る感じだ。


 今は状態異常耐性の付与を使用しているので、もしかしたら風邪とかには一生掛からないのではないだろうか。


 雨が降ると気圧の問題で頭が痛くなる詩織が、今日は元気なのもそれのおかげだと思う。


「普通じゃなくなるのは少し怖いけど、お兄ちゃんのおかげで頭痛がないから気分が良いわ」


「それは何より、黎乃くろのは……いつも通り元気だな」


「るん、るんるん♪」


 何故か同じかさの中に入り腕組みして、鼻歌混じりに歩いている銀髪碧眼の少女──黎乃の楽しそうな姿に、蒼空は苦笑した。


 彼女がご機嫌な理由は単純なもので、オレと一緒に学校に行けるから、ただそれだけである。


 詩織はくすりと笑い、黎乃にこう言った。


「黎乃ちゃん、学校楽しい?」


「うん、みんな面白くて楽しいよ」


「うちのクラスの奴ら、みんな良い意味で変わってるからなぁ」


 果たして変わっているという一言で済ませて良いのか、判断に迷うときもあるけど、基本的に悪い人は奇跡的に一人もいない。


 ただ黎乃に関して言えば、特に委員長の前田が溺愛できあいしていて、油断していると彼女をすぐにお持ち帰りしようとするので要注意だ。


 今日は一体どんな方法でかどわかそうとするか、黎乃の保護者として気を引き締めなければ。


 委員長と戦う決意を胸に、彼女と組んでいる左腕にぐっと力を込める。


 その様子を見ていた妹の詩織は、どこか呆れた目をして「大変ね」と呟いた。





◆  ◆  ◆





 午前の授業を終えて、自宅に帰り〈アストラルオンライン〉にログインしたソラは、部屋の板張りの床で正座をしていた。


「……ソラ様、大丈夫ですか?」


 ラウラが心配して声をかけてくるので、オレは作り笑いを浮かべて答える。


「あ、あぁ……うん。大丈夫だ、問題はないよ」


「……とても疲れた顔をされてますが」


「ちょっと天上で色々とあってね」


 苦笑して答えるソラ。


 何でログインしたばかりだというのに、疲れた顔をしているのか。


 それは今日学校で、ひたすら黎乃を委員長から守るために、激しい攻防を繰り広げていたから。

 激戦の末に辛くも勝利したオレは、その代償として体力と精神力の殆どを消費してしまった。


 だからというわけでは無いのだが……。


 ついさっきログインすると同時、ソラは先ず左右を少女に挟まれた状況から脱する際に姿勢を崩してしまい、ラウラの胸に顔面ダイブするという失態をやらかした。


 お姫様に不敬を働く姿を見たクロには、ムッとした顔をされて、かなり強めに左の頬を摘(つま)まれた。


 以前にベッドの上で彼女を相手に事故って、平手打ちされて綺麗に空中回転を決めた事があるので、姫の胸に顔を埋めた罰が指で摘むだけで済んだのはとても優しい。


 そんな事を考えながら、反省の意を込めて自主的に正座をしていると、ログインしてきたイノリに怪訝けげんな顔をされた。


 彼女は凶悪としか言いようがない二つの山をぶら下げて、Yシャツ姿というマニアックすぎる格好で、軽く動作確認のストレッチをしながら質問する。


「ソラ君、なにをやっておるのじゃ?」


「いや、自主的に罰を受けておりまして」


「なるほど、分からんのじゃ」


 むしろ、分かったら凄いと思う。


 イノリが合流したことで、部屋を出て甲板に上がることにしたソラ達。


 正座するのをやめたオレを含め全員、現在装備しているルームウェアから、メインの防衣と防具に変更。

 最後にメイン武器を腰に下げて準備を終えると、部屋を出て船長のルーカスに会いに行く。


 甲板に上がると〈アストラルオンライン〉の太陽はまだ上ったばかりで、目がくらむような光がソラ達の目に飛び込んできた。


「うわ、眩しいな……」


 周囲を見回してみると、船員達が作業をしている中、ルーカスは船の端っこで椅子に腰掛けて何やら釣りをしていた。


 歩み寄り挨拶をしたら、イヌ耳族の彼は頭頂部にある耳をピクッと動かして此方に視線を配らせる。


「おう、良く眠れたみたいだな!」


「お陰様でね。えっと……」


 何か言おうかとすると、突然ソラの目の前にウィンドウ画面が出現する。

 そこにはいくつか、彼から受ける事が出来るクエストが記されていた。


 【掃除クエスト】

 【内容】文字通り船の掃除。完了した時の評価で獲得できる経験値が上下する。


 【釣りクエスト】

 【内容】文字通り釣りをするだけのクエスト。釣った内容で獲得できる経験値が上下する。


 ふむ、流石は航海している船の上。見事なまでに出来ることが少ない。


 とりあえず釣りクエストを受注すると、ルーカスから「よろしく頼む!」と言われて、釣り竿と釣った魚を入れるためのボックスが支給される。


 左上のパーティーの一覧の横には、それぞれ【0】という数字が付け足された。

 サポートシステムのルシフェルに確認してみたところ、どうやら個人スコア的なものらしい。


 ソラ達は釣り竿を片手に手すりの前で横並びになると、海に向かってエサを取り付けた釣り針をオーバースローで投げ入れる。


 ソラとラウラは開始すぐに魚がエサに食い付き、強い引きに少しばかり苦戦するけど、しっかりと釣り上げた。

 二人共マグロっぽい大きな魚を初っ端から釣ると、クロとイノリが驚いた顔をして拍手する。


「おお、早い」


「二人共、釣りが上手いのじや」


 と褒めてもらっているところ悪いが、オレは〈感知〉スキルによって、魚が多いところを目掛けて投げ入れているだけだ。


 効率よく次から次に釣り上げては、ボックスに放り込んでいくソラ。


 感知スキルを持っていない筈なのに、ラウラも負けずと同じくらいのペースで釣れているのは、中々に驚かされる。


 同じ疑問を抱いたクロがアジっぽい魚を釣り上げながら聞くと、ラウラは少しだけ考える素振りを見せて答えた。


「……釣りは、城を抜け出して良くお母様と変装して港でやってたから」


 なるほど、王妃と姫が並んで釣りをしているというのは中々にシュールな絵面だが、それなら彼女が得意なのも頷ける。


 このまま、ただ釣りをしているだけではつまらないので、ソラは一つだけ提案した。


「よーし、制限時間までに誰がたくさん釣れるか競争しようか。順位が高い人が、ベッドの並び順とか決めると面白いかな?」


「「ッ!?」」


 なんて挑発するような事を言ってみると、不意に左右にいたクロとイノリから、凄まじい闘気が放たれる。


 クロさん?


 イノリさん?


 ………不味い目がガチだ、これは本気を出さなければ負ける気がする。


 左右を女子に挟まれる事のない一番端のスペースを確保する為に、慌ててオレは釣るペースを上げた。


 しかしその直後に猛烈な追い上げを見せた二人が、一回釣るごとに──エサに食い付いた先頭の魚の尻尾に、他の魚が食いつくというウソみたいな──驚異的な幸運を何度も発揮。


 そのままソラとラウラを抜き去り、ワンツーのトップで釣りバトルを制した。

 

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