第162話」初めての航海」
浜辺や港で何度も見ていた海。
濃く鮮やかな水面は穏やかに波を立て、天上の陽射しによって輝く様は、ここがゲームの中だと忘れてしまう程に美しく見入ってしまう。
日の光の熱さは、体感温度の設定をオフにしているから分からないけど、潮の匂いを含んだそよ風が頬を撫でる感覚は実に心地良い。
果てが見えない程に広大な海を、クロが嬉しそうに身を乗り出して眺める。
念の為に海に落ちないように警戒しているソラに対して、彼女は振り返り目を輝かせた。
「うわぁ、ゲームの中の海ってこんなにも広いんだね!」
「他のゲームとは比較にならない程に綺麗じゃな。流石はVRゲーム史上最高のリアル感を演出すると、大々的に宣伝されていただけはあるのじゃ」
「二人共、楽しそうで何よりだよ」
遠くでは見慣れないイルカっぽいフォルムの──〈イルルカン〉というノンアクティブのモンスターが何やら海中から海上に飛び出して遊んでいた。
クロとイノリは二人でそれを指さして、ウィンドウ画面を開きカメラ機能を使用。
撮影しては、珍しいモノを求めて海上を仲良く眺めている。
そんな彼女達を見守りながらソラは、隣で少しだけ気落ちしているような雰囲気のラウラに話しかけた。
「ありがとう、王妃のおかげで色々と助かったよ」
「……いえ、お母様は立派な歌姫ですから、きっと船が無事に出られた事を今頃は喜んでいると思います」
元が気の弱い感じだからか、頑張って笑顔を浮かべようとする姿が実に痛々しい。
先程とっさに出てきた『お身体は』というワードから推測するのならば、王妃の身体に何かが起きているのは間違いないだろう。
それ以上の事は現状ではいくら考えても何も分からないが、RPGのお約束的な展開だとラウラの旅はきっと母親が関係している可能性が高い。
とりあえずフラグ立てのメタい意味も込めて、彼女に質問をしてみる事にした。
「ラウラ、大丈夫か?」
「……あ、はい。大丈夫です、ご心配される程ではありません」
「さっきの王妃との話しは、一体どういう意味」
「すみません、今はちょっと」
言葉を
旅はまだ始まったばかり、急いで聞き出す必要はない。
それに“今は”というセリフを使ったという事は、フラグ立てが成功したという事。
今後どこかのタイミングで、王妃について話してくれるかも知れない。
となるとここでオレが取るべき最善の選択は、無理して聞き出そうとしないで、彼女が自主的に話してくれるのを待つ事だ。
こういう時は、焦ってはいけない。
ラウラが申し訳無さそうな顔をするので、ソラは謝罪して気にしないように言った。
するとクロがやってきて、遠くで潮を噴いているクジラっぽいノンアクティブのモンスターを指さし、一緒に見ようと手を握って誘ってくる。
彼女に手を引かれる形でラウラと手すり付近までいくと、視線が合ったクジラが歓迎するように大きな潮を背中から噴射して、小さな虹を作り出す。
その光景に益々テンションを上げたクロが、嬉しそうな顔をした。
「ソラ、ゲームの中でもクジラっているんだね!」
「あー、あれは〈カーム・ホエール〉といって大きいけど気性が穏やかなモンスターらしいな。こっちから攻撃をしない限りは、敵対しないし
「なんと、それは実に頼もしいのじゃ」
目を輝かせてクジラが仲間にできることを喜ぶイノリ。
肝心のその条件が〈洞察〉スキルでも
しばらくして海を眺めていたソラ達の元に、船員と操舵を代わったイヌ耳族の男性、船長のルーカスが訪れると四人は挨拶をした。
「ルーカスだ、よろしく頼む!」
「オレは冒険者のソラ、こちらこそよろしく頼むよ」
「わたしは、冒険者クロです!」
「冒険者イノリなのじゃ」
「……ルーカスさん、今回は長旅になりそうですが、よろしくお願いします」
最後にラウラが頭を下げると、それから船長直々にソラ達は船内を案内してもらう。
先ずはそれぞれに割り当てられている個室と、次にそれなりに広い食堂、それとアイテムを補充するための道具屋、武器をメンテナンスするための小さな鍛冶職人の店。
スキルショップなども存在していたけど、つい最近散財したばかりなので、覗くのはやめておこうと心に誓う(というかクロとイノリから禁止令が出された)。
一通りの案内が終わると、ソラ達はとりあえず話し合って、今日のところはログアウトする為に部屋に入ることにした。
「ふぅ、流石に疲れたな……」
ホッと一息つくソラ。
船の個室にしては中々に広く、ハッキリ言ってリアルの自分の部屋と大差ない。
これに更には風呂を完備しているのだから、どれだけこの船が大きいのかを改めて認識させられる。
オマケにセキュリティもしっかりしていて、部屋の主と同じパーティー以外は鍵を開けられないようになっているのは有り難いところ。
チラリと右上の自身のHPとMPの下にある、経験値と隣合わせの疲労度ゲージを確認して見ると、既に三割ほど蓄積されている。
アイテムを使うのは勿体ないので、軽くシャワーだけ浴びて蓄積された疲労度を回復することにしたソラは、装備を解除して溶岩地帯で入手した水着に着替えると浴室に入って道具をタッチして操作、温かいお湯を頭から被った。
すると疲労度が徐々に減り始める。
お湯に
疲労度が0になり浴室から出ると、何となく潮風を受けていたシャツとズボンを避けて、ルームウェアに変更すると広いダブルベッドの上に大の字で寝転がった。
このままログアウトしようと思って、ウィンドウ画面を出そうとした時〈感知〉スキルが部屋の前に三つの反応が集まってきたのを教えてくれる。
ノックされて、ソラが入って良いよと言うと扉が開けられて先程別れた三人の少女達が恐る恐る入ってきた。
「お、おじゃまします……」
何故か申し訳無さそうな顔をするクロは、オレの顔を見ると次にこう言った。
「その、なんか一人だと落ち着かなくて。やっぱりソラと一緒のベッドで、ログアウトしても良いかな……?」
「われも同じくなのじゃ……」
「妾も、よろしいでしょうか……」
クロは分かるとしてなんでイノリやラウラまでいるのかは、全くもって理解できない。
一応尋ねてみると、二人はこう
「みんなで一緒のほうが、なんかとても落ち着くのじゃ」
「妾は、その……」
「あー、わかったわかった。もう一人来たら二人になろうが三人になろうが一緒だ。端っこに寄るから勝手に詰めてくれ」
イノリはともかく、ラウラの今の心境を考えたソラは、一人にするのは可哀想だと思った。
細かい思考をするのを
すると目の前にクロが立つと、何故か転がされて真ん中の位置で大の字に。
そこをすかさず両脇にクロとラウラが陣取り、最後にベッド端にイノリが寝転がると三人共、オレの腕を枕にした。
……こいつ等、なんという見事な連携。
思考する間もなくこの姿勢にさせられた事に対して、思わず
油断していたとはいえ、もうこうなっては受け入れるしかない。
ラウラがスリープモードに入ったのを確認すると、ソラ達はログアウトボタンを押して視界をブラックアウトさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます