第161話「出航と王妃の大戦斧」

 敵に見つからずに目的地に着く事をゲームではスニーキングクエスト、或いはスニーキングミッションと呼称する。


 こういったものは大抵メチャクチャ面倒で、敵の動向を目視とかで良く観察して、背中を向けたタイミングとか、わざと音を立てて相手の意識を誘導して進むのが主な攻略法だ。


 昔のレトロな三人称視点のゲームで、CPUのガバガバな警戒を真横を通って抜けたり、見つかるギリギリラインを攻める事で普通にプレイすると時間の掛かるミッションを、最短でクリアするリアルタイムアタック──通称RTA動画が流行ったりしたが、そういったものはコントローラーではないVRゲームではかなり厳しい。


 とにかく手間が掛かるのがこのクエストの特徴なんだけど、今のオレには最強のレアスキル〈感知〉がある。


 自身を中心に、円形で十メートル以上もの範囲内のモノを常に遮蔽物しゃへいぶつ等を無視して見る事ができるこのスキルによって、オレは兵達の動きをのぞき見ることなく完全に見切り次々に突破していく。


 スニーキングメインのVRゲームはいくつかやった事があるけど、マサイ族以上の視力を持つクソ設定のNPCとやりあって勝利したソラからしてみると、実に楽なものだった。


 街の半分を抜けた辺りで兵士達はフェイントを入れてくるようになったが、それもよく観察してパターンを覚えれば難しいものではない。


 そして難なく港に到着すると、意外にもそこには誰も配置されていなかった。


 感知スキルの範囲内では、少なくとも兵が隠れている様子はない。


 とりあえず警戒しながら港の責任者の老人──リアムに話しかけると、彼は「待っておりました、ラウラ様」と言って船に案内してくれる。


 そうしてソラ達の目の前に現れたのは、全長100メートル以上はある大型の帆船はんせんだった。

 横幅は大体15メートル程。

 マストは3つあり、出航する準備を進めている船員の声が船の甲板かんぱんで飛び交っていた。


 リアムは港から船に乗るためのタラップまでソラ達を案内してくれると、周囲を警戒しながら急ぐよう言った。


「さぁ、過保護な国王様に見つかる前にお行き下さい」


「……ありがとうございます、リアムさん」


「王妃も旅で立派な〈歌姫〉になられました。この旅でラウラ様が王妃と同じくらいの〈歌姫〉になられて、ご帰還される時を楽しみに待っております」


 礼を言って先にラウラ、イノリ、クロの順番で三人を船に乗せると、最後にソラが乗り込む。


 リアムによってタラップが外されると、船のかじを手にしている船長らしきイヌ耳族の男性が、全員に出発の号令をかけた。


「偉大なる冒険者様と姫様が到着された、オマエ等出航するぞぉ!」


「「「アイ・アイ・サーッ!」」」


 腹の底にまで響く船員達の雄叫びが、びりびりと肌を刺激した。


 胸がおどる程の熱意を感じて、ソラは口元に微笑を浮かべる。


 いよいよ〈アストラルオンライン〉で誰も経験したことがない初の船旅が始まる。


 緩やかに動き出す船。


 今頃になって港に兵士達が駆けつける様子が見えるけど、ソラ達を乗せた船は既に出航している。今更どうこうする事も出来ない。


 港から離れた船は、に風を受けて真っ直ぐにはるか先にある島を目指して海上を走り出した。


 すると感知スキルに、一つのモンスター反応が出現する。


 それは海中から浮上して来ると、まるでこの時を待っていたと言わんばかりに進路上に姿を現す。


 船の前方に現れたのは、つい最近戦った巨大なカニ型モンスター〈インクリーシィン・キングクラブ〉だった。


「こ、このタイミングでコイツかよ!?」


 ガニィ、と野太い鳴き声を上げながら、船の進路を遮(さえぎ)るように現れた大きなカニに、オレは舌打ちをする。


 このままでは先に進む事が出来ないので、左右に備え付けてある大砲を叩き込む為に船はかじを左に切り、進路を真っすぐから変更して左に曲がった。


 迎撃する為にソラは、クロと同じように腰に下げている魔剣の柄に手をかけて、遠距離攻撃スキル〈アングリッフ・フリーゲン〉の構えを取る。


「ふふふ、やられた仲間の復讐に来たようじゃが、返り討ちにしてやるのじゃ!」


 暗い笑みを浮かべたイノリが〈インドラの弓〉を構えて、いつでも放てるようにやじりをキングクラブに向ける。


 迎撃の態勢が整うと、次に城のある方角から、何やら地鳴りのような重低音が聞こえた。


 この音は、まさか砲撃?


 娘を行かせない為に、まさかこのタイミングで船を沈めるなんて強硬手段はしないよな……。


 そんな不安を抱いていると、ソラはそれ以上に予想外なモノを、感知スキルの範囲内に捕捉ほそくした。


「は? ウソだろ」


「ソラどうかしたの?」


「あ、いやちょっとこれは、オレの勘違いかなって……」


「ソラ?」


 珍しく歯切れの悪い返事をするソラの、只事ただごとではない様子に、クロとイノリが二人して首を傾げる。


 すると王国から撃たれた砲弾と思われるやたら大きな黒い影が、キングクラブの付近まで接近して、




 ───それまで“大きな砲弾を足場にしていた何者かが、高く跳躍ちょうやくしてキングクラブの頭頂部らへんに着地した”。




 その者は自身が手にしているが長く、片手ではおよそ振り回すことのできなさそうな大戦斧だいせんぷを高く振りかざすと。


「あらあら、娘の旅路を邪魔するいけないカニさんは速やかにご退場しましょうね」


 スキル発動によるまばゆい発光エフェクトを放ち、ズドンッと空間が振動する程の重い一撃を〈インクリィーシン・キングクラブ〉に叩き込んだ。


「う、ウソだろ……!?」


 ソラの見ている目の前で、大戦斧の使い手の攻撃によってキングクラブの二本あるHPの一本が一気に半分消滅。


 モンスターは慌てて自身の頭上を陣取ってるヤバそうな人物を、全力で振り落とそうと身を振るが。


 その者は不安定な足場を固定するスキル〈イモウビリティ〉を発動して、落とされないようにする。


 更に舞うようにもう一撃を放ち、HPを一本消滅させると、スタンしたキングクラブに向かって続けて大きく大戦斧を上段に構える。


 ──戦斧せんぷカテゴリースキルのチャージ強撃〈バーストアックス〉。


 限界までチャージした大戦斧を、全力で脳天に目掛けて振り下ろす。


 三回目の圧倒的な暴力を、その頭頂部に受けたキングクラブのHPは、あっという間に消失して巨体を光の粒子に変えた。


 ……ば、バカな。


 ボスクラスのモンスターを、たった三回の攻撃で撃破して見せただと……!?


 砲弾を利用して飛んできたと思ったら、次にはソロでのボスクラスの討伐。


 信じられない光景の連続にソラは絶句する。


 足場を失う前に、大戦斧を振り回した人物は「とう!」と良くある漫画の登場キャラクターのような掛け声と共に高く跳んで、ソラ達のいる船の甲板に舞い降りた。


 感知スキルである程度の姿と形は把握していたが、そこでようやく人外の技をした者の正体が発覚する。


 それは青い長髪とサファイアのような瞳、頭の左右に髪の色と同じ二枚一対の翼を持つ、ラウラを大人にしたような美しい二十代の女性だった。


 身につけているのは、ひらひらした服でどう見ても戦い向けのモノではない。


 右手に握っている大旋風との不釣り合いな組み合わせは、彼女が只者ただものでない事を周りに印象付ける。


 女性はゆっくり歩み寄り、綺麗なお辞儀をソラにすると自己紹介した。


「はじめまして冒険者様、私はサラ・エノシガイオス。この海の国の王妃であり、ラウラの母です」


「は、はじめまして、冒険者のソラです。こっちは仲間のクロとイノリです」


 余りにも急な展開に呆然としてしまい、慌てて自己紹介と仲間の紹介をする。


 二人が慌てて頭を下げるとサラは笑顔で応え、次に隣りにいるラウラに歩み寄ると左手で軽く頭をでた。


「皆様、どうか未だ未熟なこの子の旅路を助けてあげて下さい」


「はい、それなら任せて下さい」


 三人を代表して、ソラが答える。


 サラは嬉しそうに頷き、ラウラにこう言った。


「あの娘離れができないおバカさんは、私がよーく言い聞かせておくから、安心して行ってきなさいラウラ」


「……はい、お母様。お身体は……?」


「大丈夫、心配しないで。これでも歴代最強の歌姫ですからね、貴女が帰ってくるまで待っていますよ」


 歌姫要素はどこですか、とツッコミを入れたくなったが、先程の大戦斧の一撃を受けたら即死しそうなのでやめておく。


 サラは娘と約束をすると、手すりに歩み寄り、全員に聞こえるように大きな声を出した。


「この旅に付き合ってくださる皆様、どうか娘をよろしくお願いします!」


 船長と船員達は、王妃の願いにビシッと敬礼をして「イエス・マム!」と答える。


 同時に一回り小さな船が隣接した。


 リアムが顔を出して大きな声で「王妃様、入り江を抜けます、お急ぎを!」と叫ぶ。


 彼女は頷いて跳ぶと、リアムと他数名が操る船の甲板に着地した。


「っ!?」


 すると不意に姿勢を崩し、倒れそうになるサラをリアムが慌てて支える。


 それを見ていたソラは、眉をひそめた。


 着地に失敗したわけではない。


 今のは……。


 同じく隣で見ていたラウラが険しい顔をして、ギュッとオレのコートの袖を握ってくる。


 王妃は微笑を浮かべてソラとラウラを見つめると、リアムに離れるように言って、娘の旅が無事に終えるように願いを込めて歌い始めた。


 すると先程の〈インクリィーシン・キングクラブ〉によってアクティブになっていた、海中にいる大から小のモンスター達の反応がノンアクティブに変わる。

 感知スキルの反応が全て沈静化した事に、オレは言葉を失った。


 ……これが、歌姫の力なのか。


 彼女の力強く美しい歌に守られながら、船は無事に大海に出る事に成功した。

 

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