第159話「ラウラの依頼」


 ネ タ バ レ。


 ソラが常時発動している洞察スキルが、ラウラと名乗った小さな少女の正体を、この時点で簡単に見抜いてしまう。


 【名前】ラウラ・エノシガイオス。

 【種族】セイレーン。

 【レベル】60。

 【職業】召喚士。


 キャラクターの詳細に関しては、シークレットデータになっていて見ることは出来ないが、彼女の名前の後ろについている“エノシガイオス”とはこの国の名だ。


 更には髪の色や瞳の色も判断材料の一つであり、大きな貿易港ぼうえきこうの一つであるこの海の国は、イヌ耳族とかネコ耳族とか、多種多様な種族がいる。


 その中でも海の王族は綺麗な水色の髪とサファイアのような瞳が特徴だと、港の水精霊のおっさんから聞いたことがあった。


 以上の二つから、彼女は海の国の王族──オレの直感だとお姫様なのではないかと推測する。


「ソラ、どうする?」


「ソラ君の判断に任せるのじゃ」


 NPCの小さな女の子の申し出に、クロとイノリの判断をゆだねる視線が、オレに向けられる。


 同時にパーティーのリーダーであるソラの目の前には、四方型のウィンドウ画面が自動で出現して、そこには【謎の少女】から申請が来ています、という表示がされていた。


 この普通ではないシチュエーション。


 先ず間違いなく、ユニーククエスト関連だと思われる。


 となると此処で断ってフラグを折ってしまう事態は、ゲーマーとしては絶対に避けなければいけない。


 二択の【Yes】か【No】かなんて、考えるまでもなかった。


 虎穴こけつに入らずんば虎子こじず、というコトワザがある。


 こちとら世界の攻略に挑む冒険者、危険困難は望むところ。


 ソラは勢いよくYesをタッチすると、少女に笑顔で答えた。


「良いよ、よろしくラウラ」


「はい、ありがとうございます……」


 大分感情の起伏きふくが少ない返事をするが、ラウラは微かに嬉しそうな顔をした。


 視界の左上のパーティー欄に上からソラ、クロ、イノリの順番で並んでいるところにラウラの名前が追加されると、二人の少女は挨拶をする。


「わたし、クロ。よろしくね、ラウラちゃん」


「われはイノリじゃ。見たところ、われ達よりも幼そうなのじゃ。ここは年上として、しっかり面倒を見てやらなければならぬな!」


「よろしくおねがいします、クロ様、イノリ様……」


 挨拶を済ませると、気の良い二人の少女はすぐに幼いラウラを歓迎して受け入れてくれる。


 そんな微笑ましい彼女達のやり取りを眺めながら、ソラは先程の洞察スキルで得た、種族の情報についてふと考えた。


 セイレーンというと、上半身が女性で羽があって下半身が鳥というのが、ファンタジーだと定番ネタではある。


 ラウラの身体にはそんな要素は一つも見当たらなく、どこからどう見ても普通の可愛い人間タイプの女の子にしか見えなかった。


 少女はオレの視線に気がつくと急にハッとした顔をして「仲間になってくれた方々に顔を隠したままとは、一生の不覚です……」と慌てた様子で周囲に誰もいないか確認した後に、頭を隠すフードを脱いだ。


「おお、これは」


「うわぁ、かわいい」


「ふむ、おぬしセイレーンじゃったのか。ということは王族なのじゃな」


 肩で切り揃えられた青い髪。


 その左右に小さな二枚一対の青い羽が生えていた。


 この国の〈転移門〉がある中央広場には、セイレーンの石像が設置されているので、イノリは直ぐに正解にたどり着く。


 王族というワードを聞いたラウラは、顔を赤くして直ぐにフードで頭を隠した。


「す、すみませんがわらわが王族だという発言は、なるべく控えて頂けると助かります………」


 その周りを警戒するただならぬ様子を見て、ソラは直ぐにピンときた。


「あー、キミはもしかして城から黙って抜け出した系かな?」


「どうしてそれを……! ソラ様は、伝説の千里眼の持ち主ですか……!?」


 あの言い方だとそう考えるのが普通だと思うのだが、どうやらこのお嬢様は以前に一緒に冒険した風精霊のお姫様、アリアに負けず劣らず抜けている所があるらしい。


 それにメタい話なんだが、大抵のファンタジー物のストーリーで、こういうお姫様とかが抜け出す展開は、昔から使い古されている定番の一つだ。


 物珍しさはないが、物語に出演するヒロインパワーを押し上げる要素の一つとしては、シンプルかつ強力である。


 とりあえずこれで、城の者達が大騒ぎしていた原因が、彼女にある事を知ることが出来た。

 そりゃ王族のお嬢様がいなくなったら、みんな大慌てになるだろう。


 こうなると次の展開としては、オレの推測だと恐らくだが── 


「……お願いします、ソラ様。二つの大国を救ったその御力で、妾を“海底にある神殿”に連れて行って欲しいのです」


「わかった。それならオレに任せ………………海底の神殿?」


 胸を叩いて引き受けようとして、最後に聞いた思わぬワードに対して、頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。


 海底の神殿?


 何それ知らない。


 この国にあるクエストやダンジョンは、全て冒険者達によってマッピング済みだ。


 リンネから仕入れた丸秘情報の中には、そんな名前のダンジョンは記されていなかったと思う。


 ちらりとクロとイノリを見ると、彼女達も当然だが首を横に振って知らないという顔をする。


 ソラ達が首をかしげていると、ラウラは苦笑した。


「……そなた達が海底の神殿を知らないのも無理はありません。何故ならそこに至る為には、この国を船で出発して遠く離れた島の村にある、ダンジョンに潜らないといけないからです」


「ふ、船に乗らないと行けない場所か。それならオレ達が知らないのも無理はないな」


 ラウラから聞かされた話に、ソラは納得する。


 何せ現状で冒険者達には、NPC達が利用している船に乗る方法が無いから。


 前に〈海の国〉に到着して間もない頃、どうしても乗せてもらえない事に対して最終手段として、忍者の職業を取った者達が隠蔽いんぺいマシマシにして船内に隠れ海に出ようとした事がある。


 しかし全員、突如覚醒をしたスーパーマッスル船乗りに見つかり、抵抗する事も出来ずに船の外につまみ出された。


 つまり冒険者達は、現状ではどう頑張ったとしても港にある船に乗って、海に出ることが出来ないのだ。


 となると彼女がいることで、そこら辺の問題はクリアされているのか。


 その件について話をしてみると、ラウラは微笑と共に答えた。


「……それなら大丈夫です。ソラ様達は海の最強種の一つである〈キングクラブ〉を打ち倒し、強者である証を船乗りの方々に示しました。今なら乗船を拒絶されることはないと思います」


「なるほど、そういう仕組みになっていたのか」


 納得すると同時に、ソラは今後も緊急クエスト関連は、発生したら率先して受けないとダメだなと思った。


「それでいつ出発するのじゃ? われ達はいつでも行けるのじゃ」


「……港の管理人様に聞いたところ、準備をするのに丸一日は掛かるそうです。ですから今日は、ソラ様達の宿に泊めて頂けると助かります」


「一度帰らないの? お城の人達心配してたみたいだけど?」


「……それならご安心ください、ちゃんと手紙で冒険に出かけますので心配しないようにと、書き残しておきましたので」


 ご家族と家臣の方々は心配するんじゃないかな。


 と心の中で思いながらもソラは、目の前に出現したタイトル【海の国の皇女と海底に眠る青の秘宝】というユニーククエストを、引き受けるか否かの選択肢と相対する。


 ここで引き下がるのはゲーマーの名折れ。


 勢いよく引き受ける選択【Yes】ボタン、本日二回目をタッチするとラウラに向かって笑顔で握手を求める。


「わかった、今日からよろしく頼むよラウラ」


「……ありがとうございます」


 恥ずかしそうに頬を赤く染めた彼女は、少しだけ逡巡(しゅんじゅん)した後に握手をした。


 そういうわけで今回のゲームプレイを中断するために、彼女を連れて宿屋に戻ることにしたソラ達。


 流石に四人は無理なので、部屋を一つ追加しようと思っていたのだが……。


 まさか空いていた部屋が全て埋まっていて、狭いダブルベッドに四人で寝る事になるなんて、この時は知る由もなかった。

 

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