第156話「病弱な少女」
始業式を終えた蒼空達は、再び教室に戻ると教師から今後の授業に関するプリントなどを配られてから、今日は解散となった。
学校が終わったら家に帰って〈アストラルオンライン〉にログインしようと思っていたのだが、蒼空、
目的地は少し歩いた所に建設された、校長達から〈神殿〉と呼ばれる建物。
渡された地図を見たところ、確か廃墟となった教会があった場所だと思われる。
ニ年前くらいに、真司と志郎の二人と肝試しに探索に行った事がある場所なので、オレ達は迷わずに到着する事が出来た。
「これが………神殿?」
到着して地図を手に確認する蒼空。
場所は間違いない。
だが目の前にあるコレは……。
四人の視線の先には〈アストラルオンライン〉の中にある純白に輝く小さなお城みたいな建物があった。
ランクの獲得によってリアルで使用できるようになった〈洞察〉スキルによると、建物に使われている建築材料は木材をベースにしていて、かなり上質なものを使っていると教えてくれる。
中に入ってみると、ゲーム内とは違って椅子が横一列に並んでいる。突き当りにある教卓の後ろの壁には、天使の羽根の装飾が施された十字架が飾られていて、
「ぱっと見は教会だけど、ここでゲームするのか?」
一通り観察した感想を口にするのなら、どう考えてもVRゲームをできるような環境には思えない。
となると左右に沢山ある、個室っぽい扉の先に環境が用意されているんだと考えられるが、それならこの礼拝堂はなんの為にあるのか。
胸の前で腕組して少しだけ考えていると、秀才である二人の親友が答えた。
「まぁ、礼拝堂なんだから神様に歌の演奏とお祈りをするんだろ」
「後あるとしたら、牧師によるメッセージとかでしょうか。最近の宗教って日常生活の問題とか必要を扱ってて、聖書の知識を知らなくても理解できるようになっているらしいですけど」
「お前等、よくそんなこと知ってるな」
「昔まだここの教会がやってた時に、母さんに連れてこられてたんだよ」
「ボクは兄さんですね。シスターの格好をしたくて良く一緒に来てました」
「お、おう。そうか………」
真司はともかく、志郎の最後の言葉の中にだいぶ不穏なものがあったが、触れるといけないような気がしたオレはあえて聞かなかった事にする。
それから神殿内を一通り見て回るが、左右の扉にはカギが掛かっていて開かないし、
もしかして誰もいないのかと思っていると、蒼空達が入ってきた扉が開いて、一人の少女が恐る恐るといった感じで中に入って来る。
その姿は先程体育館で、神様ことエルに指定されて壇上に上がった、セミロングヘアの片目を隠した少女だ。
彼女の姿を確認した蒼空達は探索を一旦やめると、挨拶しに向かう。
四人で一斉に声を掛けると驚かせてしまうので、先ずはオレが一人で話をする方針で行くことにした。
「こんにちは
「……こ、こんにちは。蒼空君、なんだよね。本当に見た目が、ゲームキャラになったんだ……」
話しかけてきた男子の制服を身に纏う銀髪碧眼の蒼空の姿を見て、祈理と呼ばれた少女は信じられないといわんばかりに目を見開く。
「ああ、そうだよ。オマケに魔王を倒さないと戻れない、クソみたいな呪いだ」
「………それは、とても大変な事だね」
祈理は顔を伏せて、オレに対して気遣うように声のトーンを落として呟く。
蒼空は苦笑すると、話題を変える事にした。
「それにしても相変わらずリアルだと気が弱いな。黎乃の事を紹介したいんだけど、体調の方は大丈夫か?」
「………さ、さっきは沢山の人がいたから、かなりしんどかったけど。今なら、だだ大丈夫……タブン」
見たところ顔が真っ青で大丈夫に思えないし、最後に多分と付け加えていて、かなり不安にさせられる。
オレはちらりと背中に張り付いて、彼女の事を顔だけ出して伺うように見ている黎乃に視線を向けた。
「黎乃はもう察しがついてると思うけど、彼女が〈アストラルオンライン〉で錬金術士をしている」
「イノリちゃん、だよね?」
「………ふ、
「
蒼空を間に挟んで、やや緊張した面持ちで挨拶を交わす二人の少女。
そう、目の前にいる少女の〈アストラルオンライン〉でのプレイヤーネームは、ゲーム内で活発で変わった語尾をつける女の子──イノリだ。
ゲーム内では三大クランの一つである〈
リアルの彼女は見てわかるほどの引っ込み思案であり、オマケにかなりの
特に体力は普通の人間よりも圧倒的に足りないため、体育の授業とかに出るとすぐに倒れて保健室送りになる程。
そういった理由で高校に入学してからは、学校を休みがちで無理をさせたらいけないと思い、落ち着くまで接触は極力控えるという話になっていたのだが。
「いつもより顔色が良いかな?」
「………じ、じつは〈アストラルオンライン〉の冒険者ランクの認定を貰ってから、少しだけ体調が良くなったの……」
「なるほど、あのゲームの影響は悪い事ばかりじゃないんだな」
しかし体調が良いからといって、居虚弱体質が完全に無くなったとは考え難い。
よく見ると少女がプルプル震えているので、近くにある椅子に座るように言う。
祈理が椅子に腰掛けて一息つくと、黎乃が苦笑して一番に思った事を口にした。
「ゲームの中とだいぶ性格が違うんだね。少しびっくりしちゃった」
「………わ、われ。VRゲームだと元気に動き回れるから、ちょっとだけテンションが上がって、強気になっちゃう、の……」
「まぁ、VRゲームってなりたい自分になれる場所だからな。祈理みたいに、リアルとギャップがある人って実はそこまで珍しくないんだよ」
「そ、そうなんだ。VRゲームってすごいんだね」
たしかネットで行われたアンケートでは、VRゲームをプレイして性格が変わる人で半分以上の内気な人が、活発キャラになるという結果になったはず。
前に目を通したVRゲームのウェブ記事の内容を思い出していると、不意に礼拝堂の奥の扉の一つが開く。
そこから現れたのは、三人の黒いシスターの姿をした白髪の少女。
つい先程会ったばかりの自称神様エル・オーラムと以前に我が家にやってきた二人の〈
何故にシスターのコスプレをしているんだと考えてしまうが、ここは神殿だからむしろ普通なのか。
エルは蒼空の前で立ち止まり、優雅に一礼して「ようこそ冒険者様」と、まるでゲームの中のキャラクターみたいなセリフを口にする。
「エル、呼ばれたから来たけどここは……」
「もちろん、冒険者が安心して〈アストラルオンライン〉をプレイして頂く為に作られた神殿です。居住スペースもありますので、万が一ご自宅が無くなってもここで安心して攻略ができますよ」
安心要素なのかそれは?
と、一瞬ツッコミを入れたかったが、今までの現象を考えると自宅が使えなくなるというケースは、わりと普通に考えられる範囲だ。
同じことを考えているのか、他の四人も額にびっしり汗を浮かべて、今後の事に少し不安そうな顔をしていた。
「というわけで、皆さんが不安になられている今後の事も考えて、施設をご案内いたします」
そう言ったエルの顔は、実に楽しそうだった。
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