第155話「始業式と神様」

 今日からクラスの一員となった黎乃くろのの座席は、ずっと空席になっていた蒼空の隣になった。


 これが小説の中とかなら、きっと飛び級してきた天才美少女との、ほのぼのとしたラブコメが始まっていたかも知れない。


 しかしオレはロリコンではないし、第一に〈アストラルオンライン〉に囚われているベータプレイヤーである黎乃の父親から、彼女の事を任されている身だ。


 父親代理として彼の期待や信頼を裏切るような事は、考えてはいけないし絶対にやってはいけないと心に決めている。


 落ち着け、オレは兄として黎乃を支えないといけないんだ。


 けして異性として見てはいけない、オーケー?


 そんな自問自答をしていると、黎乃が小首をかしげて尋ねてきた。


「蒼空、どうかしたの」


「うーん、なんでもないよ」


 冷静に返事をして、高鳴る胸の鼓動を落ち着かせるために深呼吸を何度かする。


 そうしていると、担当教師の皐月が簡単な連絡事項を手早く済ませて、あっという間にホームルームが終わる。


 ホームルームが終われば、次に生徒達にやってくる恒例となる行事は、体育館で行う始業式だ。


 皐月がいなくなると、蒼空と黎乃はクラスメート達に取り囲まれて質問攻めをされた。


 わりと複雑で語れない部分がある黎乃については、分かりやすく両親がワケあって不在でその間、自分が従姉あねと妹の三人で引き取っている関係だと教える。


 すると次の体育館の移動について、前田達クラスメートが周りを囲んで経路を護送する、と余りにもツッコミ所が多すぎる提案をしてきたので、これを蒼空は呆れた顔をして却下した。


 理由としては初めて我が校にやってきて右も左も分からない黎乃に、初っ端からそんな珍妙な体験をさせるのは、ハトコの兄として許すわけにはいかない。


 だから気持ちだけ受け取ることにして、


「みんな、ありがとう。嬉しいけど黎乃はオレが守るよ。彼女の父親とそう約束したからさ」


 とハッキリ言ったら、何故か周りの女子が「きゃー!」と黄色い声を上げて、黎乃が顔を真っ赤に染めた。


 別に兄でありパートナーとして、黎乃を守るのは当然の事だと思うのだが、彼女達は一体何に興奮しているのか。


 触れるのは嫌な予感がしたので、とりあえず蒼空は黎乃の手を握り、最低限の護衛の親友二人と共に体育館に向かう事にした。


 何かあったら直ぐに対処できるようにと、少し後方を委員長を先頭にしたクラスメート達がついて来る。


 先を歩くは二人の銀髪碧眼の少女。

 それも超がつく美形の出現に、道行く先々で他の学生達の注目を集めた。


 お近づきになろうと声を掛けようとしてくる輩(やから)は、オレが一睨みしただけで直ぐに退散する。


 流石に〈Cランク〉を与えられた冒険者の圧に耐えられる者は、この学校には一人もいない。


 黎乃をエスコートしながら蒼空が蹴散けちらすことで、誰にも邪魔されること無くスムーズに体育館に到着。


 自分たちのクラスの場所に委員長の主導の下で並び立ち──あいうえお順なのに何故か黎乃は蒼空の横にいるが──全てのクラスが集まり並び終わると、スーツ姿の校長が姿を現して話を始めた。


 最初は挨拶から始まり、次に各学年に対する在り方としてのアドバイス。


 世界が大変な状況であるからこそ、未来を担う若者として今後どうあるべきなのか、教師達も含めて今一度見直す時だと彼は最後に言った。


『以上で、一般の学生の皆さんに対する話は終わりです。ですがもう一つだけ、皆さんにお伝えしないといけない事があります』


 その内容は、やはり予想していた通りに〈冒険者カード〉を持つ一部の生徒達の今後の学業の変更。


 『冒険者制度』と呼ばれるソレは、午前は普通に授業を受けて、午後は自宅か学校の側に建設された〈神殿しんでん〉で〈アストラルオンライン〉の攻略を進める形となるらしい。


 神殿とは一体。


 疑問に思う蒼空の目の前で、校長が壇上だんじょうから退く形で一人の少女が姿を現す。


 それは真っ白な髪と金色の瞳を持つ、絶世の美少女と言っても過言ではない現世界の支配者、自称神様のエル・オーラムだった。


 彼女の姿はメディアによって、何度もテレビに出ている。


 だから世界中で、エルの姿を知らないものはいない。


 流石にクラスメート達も含めた、周りにいる全ての生徒達が「本物なのか」と呟いてざわめく。


 唯一彼女に対して落ち着いて嫌な顔をしているのは、何度か出会って直接話をしている蒼空だけだ。


「うわ、でた……」


「アレが神様……」


 白髪の少女の姿に対して、全く真逆の感想を口にするオレと黎乃。


 そういえば彼女も初見なのか。


 可愛らしく上品に口に左手を当てて驚く少女に、アレはそんな大層なもんじゃないぞ、と指摘してあげたい衝動を我慢しながら、蒼空はエルの言葉に耳を傾ける。


「はじめまして、私はエル・オーラム。この世界の神様です」


 マイクを一切使っていないのに、耳に鮮明に聞こえる神を名乗る少女の声。


 この不思議な現象も彼女の力によるものか。


 エルが話した内容としては、夏休みの初めから起きた〈精霊の森〉事件、そしてつい最近で起きた〈溶岩地帯〉事件に関する事。


 いずれも進行が進めば人類滅亡に繋がっていたとエルは語り、これらを止めて世界を二度も救った英雄達は盛大にたたえられるべきだと言った。


 彼女は右手を天に向けて、パチンと親指と人差し指をこすり音を鳴らす。


 すると天から差し込んだ複数のスポットライトみたいなのが、蒼空、黎乃、真司、志郎、そして他一名の学生を照らした。


「天の光をその身に受けし五人の冒険者は、私の前に来てください」



 うわぁ、嫌だなぁ。



 全力で拒否したい面倒そうな事態に苦い顔をすると、親友二人と黎乃が素直に従うものだから、蒼空も渋々と後に続く。


 オレ達四人が壇上に上がると、最後に壇上に上がったのは、黒いセミロングヘアで片目が隠れている巨乳の女生徒だった。


 とても自身のなさそうな顔をしている彼女は、オレ達と顔を合わせると顔を真っ赤に染めて、うつむいてしまう。


 名前を呼ぼうとすると、蒼空よりも先に彼女の容姿を見た黎乃が「イノリちゃん?」と呟く。


 すると少女の顔は更に赤くなり、最終的には耐えられなくなって顔を背けてしまった。


 全校生徒の前で大声での説明はできないから、蒼空は黎乃に後で説明するから今は彼女の事を放っといてあげてとお願いした。


 そんなやり取りを微笑ましい顔で眺めているエルは、改めてオレ達に感謝を述べる。


「アナタ達は〈アストラルオンライン〉から世界を守ることにとても尽力してくれている最高の冒険者です。よって私から賞状をプレゼントします」


 賞状、そんなの要らない。


 さらし者にされている現状に対して、かなりイライラしている蒼空が心の底から思う。

 その一方で他の三人は少し違った。


「賞状なんてもらうの初めて!」


「まぁ、褒められて悪い気はしないな」


「小鳥遊さん、良かったですね」


 黎乃達は少しだけ、嬉しそうな顔をしている。


 ただの紙切れなんて貰っても、何の役にも立たないと思うのだが。


 心の中で重たい溜め息を吐いていると、他の四人が先に手渡されて、最後に蒼空の順番がやって来た。


「今回もありがとうございました、ソラ様」


「はいはい、どういたしまして」


 生徒達にオレの声は聞こえないので、適当に返事をしながら、自称神様のエルから賞状を両手で受け取る。


 すると普通の賞状には、けして有り得ない現象が起きた。


 五人に行き渡ると、紙で出来ている賞状が急に謎の光を放ち、目の前に〈アストラルオンライン〉のゲーム内で見かけるウィンドウ画面が出現した。


 何事と驚いてよく見てみると、そこには『報酬の受け取りが完了しました』と表示されている事に気がつく。


「今回の功労者達には、スキルをプレゼントします。次にゲーム内にログインするとプレゼントボックスから一つだけ選択できるので、スキルスロットを上手く活用して、今後とも攻略を頑張って下さい」



「ありがとうございます神様ッ!」



 それまでやる気のないムードを漂わせていた上條蒼空は、圧倒的な速度で手のひら返しをすると。


 全校生徒の目の前で、エルに対してお手本のような美しいフォームで深々と頭を下げた。

 

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