第150話「美少女で廃人ゲーマー」

 どこか落ち着いて話ができる場所で、ゆっくりしたいという桃色の少女の願いを聞いてあげたソラは、場所を移動して海が見えるオープンカフェに来た。


 ちょうど海を見渡せる席が空いていたので、オレ達はそこに案内してもらう。


 白い円卓を中心にして、最初に座ったソラの左右にクロとイノリが座る形になると、三人は自動で開いたウィンドウ画面に表示されている店のメニューとにらめっこする。


 とりあえず飲み物と、このカフェのオススメメニューを選択して支払いを済ませ、ウィンドウ画面を閉じた。

 注文をして一分後に各々が選んだ飲み物が到着する。

 コーヒーっぽい飲み物を頼んだイノリは、中身を一口だけ飲んでホッと一息つく。


「あー、眠気覚まし用じゃないコーヒーを口にするのは、実に一ヶ月ぶりなのじゃ」


「おまえまさか、このゲーム始めてずっとログインしていたのか?」


「まさか、われも人間だからの。流石にご飯の時間とトイレと風呂の時はログアウトしたのじゃ。ただいつもゲーム内で寝落ちはしておったけど」


「うわぁ、オレより廃人はいじんプレイしているじゃないか」


 思わずドン引きしてしまうソラ。


 聞いている限りイノリは、必要最低限の生活をした後は全てゲームに時間を費やしていたっぽい。


 オレですら寝るときはちゃんと毎回ログアウトしていたというのに、この研究狂いは相変わらずというかなんというか。


 呆れていると隣りにいるクロが「二人はどんな関係なの?」と尋ねてきたので、イノリが胸に手を当てて改めて自己紹介をした。


「改めて名乗ろう、われは〈錬金術士〉のイノリじゃ。ソラ君とは別のゲームで知り合った中での、手取り足取りVRゲームの楽しさを教えてもらった師であり友なのじゃ」


 肩書は〈天目一箇テンモクイッコ〉の団長で、職業は生産職の〈錬金術師アルケミスト〉を選択しているオレと同年齢である15歳の女の子。


 メイン武器は弓。


 レベル2の〈洞察〉スキルで見たところ、魔鉄を使用した上質なランク【B】の武器〈インドラの弓〉を愛用している。

 矢筒やづつが見当たらないけど、以前にアリアが使用していたアイテムストレージを利用してムダに重量を増やさないようにしているのか。


 防衣も実に良いものを使っている。

 この国に来る途中にいるエリアボスっぽい巨大な蛇〈ヨルムンガンド〉の皮を使用しており、その防御力はオレのコートに勝るとも劣らない。

 総防御力は、恐らく【B】は確実にある。


 しかし注目すべきは装備よりも、彼女のレベルが【60】とクロに迫るほどに高い事。


 前線とか効率の良い狩り場で、今まで一度も姿を見なかったことから推測するに、恐らくはアイテム作成で得られる経験値だけでレベル上げをしていたのだと思われる。


 しかし最前線でモンスターを狩っている者達に匹敵するレベルとは、一体どれだけの量のアイテムを作成してきたのか。


 噂で生産したときのアイテムのクオリティで、経験値も上下すると聞いた事があるけど、並の量ではここまでレベルを上げる事は出来ないだろう。


 恐らくは数百、それ以上ならば数千単位。


 自分には全く想像もできない領域だ。


 これは素直に称賛しょうさんされるべき行いだろう、とソラは思った。


「それにしても〈錬金術士〉か。昔っからイノリは物を作るのが好きだよな」


「うむ、色々と組み合わせる事で新しいものを作るのは、どのゲームでもとても楽しい事なのじゃ」


 特に〈アストラルオンライン〉の錬金術のスキルは、色々な遊び方が出来るとイノリは楽しそうに語った。


「大体のゲームの〈錬金術士〉は素材を合成する事で、新しい物の作成をしていくのじゃが、このゲームはそれだけではなくての。

 素材を分解する事で下位素材に変換したり、同じ素材を一定数合成することで上位素材に変換したり、何よりも面白いのが加工する事で素材の特性を色々なモノに変質させる事なのじゃ。

 例えば始まりの草原で弱いスライムを倒すと、スライムゼリーが入手できるじゃろ? アレを適当な水と合成する事で普通の〈ポーション〉になるのじゃが、合成する前に変化のスキルでグリーンスライムゼリーにする事で、それをマジックポーションにする事が可能になり更には───」


 何やら長くなりそうだったので、ソラは途中で熱が入ったイノリの解説を聞くのを止めた。


 一度こうなった彼女は、自身の知識を満足行くまで語るまで熱が冷める事はない。


 満足するまで喋ったら、その内終わるだろう。


 そう思っていると、隣りにいるクロが熱心にイノリの早口解説を聞いている事に気がつく。


 ウソだろ?


 驚いたソラは熱弁しているイノリに聞こえないように、クロにそっと耳打ちをした。


「あのさ、真面目に聞いてるところ悪いんだけど、イノリが言ってる意味分かるの?」


「うん、錬金術士って奥が深いんだね!」


 しきりに頷きながら身を乗り出して、イノリの錬金術士の解説に対して目を輝かせ、楽しそうな顔をするクロ。


 もしかしてこうやって何事もちゃんと人の話を聞いて、理解する能力があるからシノから教わる勉強も次から次に覚えていくのか。


 これも一種の才能。


 自分には、けして真似ができない事だ。


 感心していると、真剣に自分の話を聞いてくれるクロを見たイノリが、とても嬉しそうな顔をして話を継続させた。


「それでの、それでの! ここからが一番面白いのじゃが〈鍛冶職人スミス〉が武器作成に使うインゴットに〈錬金術士〉が変化を与える事によって特殊なスキルを付与できる事が分かっての。我はコレを利用して───」




 それから何時間が経過しただろうか。




 運ばれてきたやたら甘ったるいケーキを食べ終わり、程よい苦味のあるコーヒーで口直しをして、それからついうたた寝をしていると。


「………良いかクロよ。こういう時は気配を全て消して、波風立てないそよ風の如き動きでそっと近づくのじゃ」


 誰かの話し声が、近くで聞こえる。


 そしてそれは段々と近づいて来ると、ソラのむき出しの頬に迫ってきて、


「起きてるソラ君は、正に鉄壁の要塞。先程のように小田原城のような防御力を誇るのじゃ、だから不意をつくのならば今が絶好のぷぎゅ!」


 その昔色々とあって鍛え抜かれた『対イノリ用のセンサー』が、危険を察知して即座に反応。


 恐る恐る気配を消して近づいて来ていた少女の顔面を、頬に接触する前に無意識の内に正面から鷲掴みにした。


 それに伴い目が覚めたソラは、ゆっくり頭を上げて軽く背筋を伸ばすと、あくびを噛み締めながら二人に尋ねる。


「ふぁぁ、もう話は終わった………?」


「いだだだだだだだだだだだ! ソラ君ぎぶ、ギブアップなのじゃあ!?」


 無意識でミシミシ頭部を粉砕せんと右手に込められる力に、イノリが悲鳴を上げる。


 そこでようやく意識がハッキリしてきたソラが、視線を向けて苦しむ彼女を見て、何となく状況を察した。


「………おまえ、また何か変な事しようとしてたな?」


 仕方ないので手を離すと、開放されたイノリは痛む顔を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。


「うぬぅ、あと少しだったのに残念じゃ。ソラ君のセンサーが全くびついてなかったのは、誤算だったのじゃ」


「あー、患者さんまだ頭の中にうみが溜まってるみたいデスねー」


「ご、ごめんなさいなのじゃ!?」


 慌ててクロの後ろに隠れるイノリ。


 どうやら二人は、この短時間の間でとても仲が良くなったらしい。


 少し緊張した面持ちで、クロが両手を左右に広げて庇ってあげるのを見て、ソラは上げてみせた右手を下ろす。


「ご、ごめんね、ソラ。イノリちゃんに、どうやってソラとの距離を縮めたら良いのか聞いたの、わたしなの」


「なるほど、それで物理的に距離を縮めてきたのか」


 十分に距離は近い気がするけど、クロ的にはまだ遠いと感じているのか。


 寝起きだからか、上手く思考が纏まらない。


 少し考えた後に歩み寄ると、ソラは二人の手を握ってこう言った。


「ほら、これで良いだろ」


 ソラがそう言うと、何やらポカーンとしたクロとイノリは互いに顔を見合わせて、くすりと笑った。


 一体何が可笑しいんだ。


 疑問に思うけれど、その答えは出てこない。


 すると海の方から、何やら大きな悲鳴が聞こえてくる。


 二人の手を引いて港の全体が見渡せる所まで行くと、そこには先程戦ったモンスター〈インクリーシィン・クラブ〉よりも二回り大きなカニが暴れている姿があった。


 先程港にいた中級の冒険者達が他の上級者達と挑んでいるみたいだが、圧倒的な防御力に蹴散らされている。


 ソラが振り向いて二人を見ると、クロとイノリは戦う決意をその瞳に宿して頷く。


「よし、行こう」


 レベル5の〈速度上昇付与〉を発動して自身と二人を強化したソラは、二人と共に戦場に向かって駆け出した。

 

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